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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第2章 山賊の砦で、二つ目の家族ができちゃった。

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第三十三話 追う者たち

 門を抜けた時には、もう蹄の音は遠かった。

「オスカー、乗れ!」

 ライリーが手綱を引き、片手を差し出す。走ってきたオジーがその腕を掴み、鞍の後ろへ跳び上がった。

 馬が地を蹴る。

 前方、街道の先に土煙が上がっている。数は十騎ほど。そのどこかに、江理がいる。

「父上、右の連中、荷を捨てていきます!」

「囮だ。目をくれるな」

 ライリーの声は冷たいほど落ち着いていたが、手綱を握る手の甲には血管が浮いていた。

 後ろから、配下の馬が次々と追いついてくる。

 距離は、少しずつ詰まっていた。あと数町。先頭の馬の輪郭が、はっきり見えるところまで来ていた。

 だが、街道が林に差しかかったところで、前方の集団が割れた。

 三方向。

 どれも似たような速さで、似たような数を引き連れて散っていく。どの馬にも、布をかけられた荷のようなものが乗っていた。

「くそっ」

 オジーが叫んだ。

「どれだ!? どれに江理が――」

「静かにしろ」

 ライリーが馬の足を緩める。目だけを動かし、三つの土煙を追った。

 右は、林の奥へ。正面は、街道をそのまま。左は、川沿いの細い道へ。

 やがて、ライリーは正面を選んだ。

 配下を分け、自らは街道を駆ける。オジーは父の背にしがみついたまま、前だけを見ていた。

 追いつめたのは、日が傾き始めた頃だった。

 馬を囲み、布をはぎ取る。

 中にあったのは、麦の袋だった。

 オジーが鞍から滑り落ちるように降りて、その袋を殴りつけた。

「どこだ……どこにいるんだよ!」

「オスカー」

「俺が! 俺が一緒に行ってれば!」

 声が震えていた。目元も、頬も、砂と汗で汚れている。

「江理は、俺が守るって……」

 ライリーは馬から降り、息子の肩を掴んだ。

「取り乱すな。ここからが仕事だ」

「でも――」

「相手が誰かは分かってる」

 オジーが顔を上げた。

「鎧に紋があった。ガルドだ」

 ライリーは、遠ざかる街道の先を見据えていた。

「ガルド卿。この地の領主だ。俺たちを討てば手柄になると、たぶんそう考えたんだろう」

「じゃあ、江理は」

「殺しはしない。あの女を連れて行った意味を考えろ」

 言いながら、ライリーの眉間に深い皺が寄った。

「……負けた手ぶらで領地へ帰れば、あいつの立場がない。だから何か持ち帰る必要があった」

「江理は荷物じゃない!」

「そうだ」

 ライリーは静かに言った。

「だから、必ず取り返す」

 城塞に戻った時には、すっかり日が落ちていた。

 城の門では、マイミとエイト、テオ、アイリス、ハンナが待っていた。話は既に伝わっているらしく、誰の顔にも血の気がなかった。

「江理ちゃんは」

 真っ先にマイミが駆け寄ってくる。ライリーは首を横に振った。

「三手に分かれて撒かれた。追ったのは囮だった」

「そんな……」

 アイリスが口を押さえる。隣でテオが、拳を握りしめていた。

「ガルド卿の手の者だ」

 その名に、エイトの表情が変わった。

「……ガルド卿」

「知っているのか、先生」

「この地の領主です。王宮にも出入りしております」

 エイトはしばらく黙ってから、続けた。

「あの方は、功を焦る質でした。手柄が欲しいのでしょう。ならば――江理殿は、おそらく王都へ」

「王都」

 その言葉に、その場の空気が変わった。

 マーサが、ゆっくりと前に出てくる。

「王都なら、殺されはしないね」

「はい」

「だが、すぐには戻せない」

「……ええ」

 エイトが頭を下げるように目を伏せた。

「あちらに渡れば、こちらの理屈は通りません」

 沈黙が落ちた。

 その静けさを破ったのは、ふわり、と現れた小さな光だった。

『エリーが、いない』

 ノアだった。その後ろに、ほかの妖精たちも次々と集まってくる。

『よんでも、こたえない』

『とおくにいる』

『すごく、とおい』

 江理と妖精たちの間には、結界も距離も関係がないはずだった。それでも、呼べば返ってくるはずの声が、返ってこないという。

「探せるか」

 ライリーの問いに、妖精たちは顔を見合わせた。

『さがす』

『でも、ひろいの』

『みんなで、さがす』

 光が一斉に散っていく。

 その夜、城塞の灯りは、いつまでも消えなかった。

 ピーコック村へ知らせが届いたのは、翌日の昼過ぎのことだった。

 診療所の前に立ったイアンは、話を聞き終えても、しばらく何も言えずにいた。

「……エリー先生が」

「必ず、お戻しします」

 使者としてやってきたライリーの配下は、深く頭を下げた。

「頭からの言付けです。二つの村の警備は、これまで通り続ける。何かあれば、いつでも城塞を頼ってほしい、と」

 イアンは何度か口を開きかけ、その度に言葉を飲み込んだ。

 診療所の中では、卓の上に、江理が書きかけた診療記録が広げられたままになっていた。

 次に診る人の名前と、確かめることが、几帳面な字で並んでいる。

 誰も、それを片付けようとしなかった。

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