↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第1章 辺境の村ピーコックで、初めての医者になっちゃった。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/105

第一話 召喚

 当直の合間、仮眠室のベッドに倒れ込んだところまでは覚えている。

 次に前村江理が目を開けたとき、天井の蛍光灯は消えていた。

 代わりにあったのは、木の梁がむき出しになった低い天井と、埃っぽい藁の匂いだった。

 仰向けのまま、しばらく動けなかった。

 ――寝過ごした。それにしても、やけに天井が近い。

 状況を把握しようと、ゆっくり首を巡らせる。こういうとき、パニックになるより先に体が勝手に「観察」を始めるのは、医者という仕事の癖のようなものだった。バイタルを確認する要領で、まず自分の呼吸、視界、四肢の感覚を順に確かめる。異常なし。次に、周囲。


 板張りの床には、白い粉のようなもので描かれた円と、見覚えのない文字の連なり。

 その円を囲むようにして、初老の男が二人。片方はふくよかな体格に人の好さそうな丸顔、もう片方は痩せぎすで、灰色のローブを羽織っていた。

 ローブの男の方が、額の汗を拭いながら、安堵とも疲労ともつかない息を吐く。

「……成功、ですね。イアン殿」

「ああ、シリル殿のおかげだ。本当に助かった」

 丸顔の男――イアンと呼ばれた方が、深々と頭を下げた。

 江理はゆっくりと上体を起こし、二人を交互に見た。

 着ているものが違う。自分は夜勤のスクラブのままだというのに、彼らは時代劇にでも出てきそうな、詰め襟の上着と長いローブ姿だった。

 寝起きの頭でも、これだけは分かる。

 ――ここ、病院じゃない。


「あの、すみません」

 努めて平静な声を出したつもりだったが、我ながら少し上ずっていた。

「ここは、どこですか」

 イアンと呼ばれた男は、江理の顔を見ると、堪えきれないというように表情を緩めた。

「ああ、本当に来てくださった……。ここはピーコック村、私はこの村の村長です」

「ピーコック村……?」

 聞き覚えのない地名だった。もちろん、日本のどこかとも思えない。

 ――待って。何を言っているんだろう、この人。

 頭のどこかで、まだ状況を否定したがっている自分がいる。疲労でおかしな夢でも見ているんじゃないか、これは何かのドッキリなんじゃないか。都合のいい可能性を、片っ端から探してしまう。

 でも、藁の匂いも、床に描かれた円も、目の前の二人の姿も、夢にしてはあまりに鮮明だった。

 江理は視線を落とし、もう一度床の円を見た。白い粉で描かれた模様、その中央に自分がいる。

 ――何かの儀式?

 いや、まさか。


「すみません、状況が全く飲み込めていません。私は今夜、当直の合間に仮眠を取っていたはずなんですが」

「ああ、それは……」

 イアンが言い淀むと、隣のシリルが一歩進み出た。

「私が、召喚術を使いました。イアン殿からの依頼で」

「しょ、召喚?」

 江理はその言葉を、そのまま口の中で繰り返した。実感が伴わない。

「なぜ、私を」

 自分でも青ざめて、手に汗を握っているのは何となく分かる。

「本来お呼びするはずだった方とは、違ったのです。申し訳ありません」

 シリルは目を伏せた。取り繕う様子もなく、素直な物言いだった。

「詳しい事情は、追ってご説明します。ただ――」

「ただ?」

「この村には今、優れた医者が必要なのです」

 イアンが、シリルの言葉を引き取るようにして続けた。

「病人が、何人も。まともに診られる者がおらず……。どうか、力を貸していただけないでしょうか」

 深々と頭を下げるイアン。


 (いや、待って。冗談じゃない)

 さっきまで普通に当直してたのに。家族にも「また明日」って言ったのに。それが今、知らない世界で、知らないおじさんに土下座級の勢いで頭を下げられている。

 状況、飲み込むだけで精一杯なんですけど。

 頭の中は「帰りたい」の二文字で埋め尽くされている。なのに、目の前でずっと頭を下げ続けられると、さすがに「知りません」で立ち去るのも気が引けてしまう。

 医者という生き物は、困った人を見ると反射的に構ってしまう性質があるらしい。江理自身、割と嫌いじゃないその性質を、今このタイミングで発揮されても困る。


「……少し、考えさせてください」

 絞り出した声は、我ながら煮え切らなかった。

 もっとはっきり言えたらいいのに。でも今の江理には、それが精一杯だった。

「……もちろんです。急かして、申し訳ありませんでした」

 イアンが引き下がってくれたことに、内心ほっとする。

 江理は視線を落とし、もう一度、床に残る白い粉の円を見つめた。

 (これから、どうしよう……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。