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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第1章 辺境の村ピーコックで、初めての医者になっちゃった。

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第十八話 二つの村の結婚式

 結婚式の朝、ピーコック村は夜明け前から騒がしかった。

 パール村から次々と人がやってくる。村の広場には長い卓が並べられ、花で飾りつけられていく。

 八百屋のマーゴが荷馬車いっぱいの野菜を運び込み、萬屋のデニスは椅子や卓を黙々と組み立てている。防具屋のコーラは、布の飾り付けを几帳面な手つきで整え、武器屋のガレスは頼まれていた燭台を届けに来た。

「先生、今日はおめでたいねえ」

 通りすがりのグレースに声をかけられ、江理は笑顔で頭を下げた。

 妖精たちも、朝からずっとお祭り騒ぎだった。

『けっこんしき!』

『アイリス!』

『フィンくる?』

『おはなもってく!』

 力自慢のロトが花かごを抱えて飛び回り、音楽好きのセナは鼻歌交じりに周りを漂う。几帳面なミトは、飾りの曲がりが気になるのか、何度も同じ場所を直していた。好奇心旺盛なカイは式の道具を一つずつ確かめ、のんびり屋のヒナだけは、朝から早くも木陰でうとうとしている。内気なルルは、飾られた花の陰に隠れるようにして、嬉しそうにその香りを嗅いでいた。

『うるさいなあ』

 物知りのウィズがそう呟きながらも、まんざらでもない様子で祭りの支度を眺めていた。

 村長の家では、舞美がアイリスの最後の身支度を整えていた。真珠色の衣装に、パール村の真珠と、ピーコックブルーの刺繍。髪には、あの日妖精が選んだ白い花。

「綺麗だよ、アイリス」

 鏡の前に立つアイリスに、江理は率直にそう伝えた。

「……変じゃないですか?」

 緊張した面持ちで問い返すアイリスに、江理は思わず笑ってしまった。こういうところは、いつも通りのアイリスだった。

「変じゃないよ。すごく綺麗」

 会場に向かうと、既に村人たちが集まり始めていた。パン屋のオーウェンが、祝い菓子を大切そうに卓へ運んでいる。トビアスが元気よく駆け回り、モーガンが腰をさすりながらも笑顔で椅子に腰かけていた。

 フィンの姿を見つけると、江理はそっと後ろへ下がった。

 花嫁姿のアイリスを見た瞬間、フィンが完全に言葉を失う。

「……何か言ってください」

「いや……その……綺麗だ」

 絞り出すような一言に、アイリスが頬を染めた。

『フィン、まっか!』

『アイリスも!』

『おんなじ!』

 ピコとフィオが、二人の周りをからかうようにくるくると回る。妖精たちがはしゃぐ声に、江理は思わず笑った。

 式は、この村ならではの簡素なものだった。豪華な祭壇も、聖職者もいない。二つの村の代表者と、家族と、村人たちが見守る中、フィンとアイリスが向き合い、誓いの言葉を交わす。

 そうして、フィン・パールとアイリス・ピーコックは、正式に夫婦になった。

 その瞬間、十の光が、二人の頭上をくるくると舞った。

「……すごく、綺麗」

 アイリスが空を見上げて呟く。

「何が?」

 フィンが不思議そうに尋ねる。

「内緒です」

 悪戯っぽく笑うアイリスの表情は、これまでで一番晴れやかだった。

 祝宴が始まると、広場は一気に賑やかになった。オーウェンの祝い菓子が運ばれてくる。蜂蜜と果物をふんだんに使った、艶やかな一品――先日みんなで味見した試作品から、さらに磨きがかかった完成形だった。

「今度こそ味見じゃありませんよ」

 テオが真剣な顔でフォークを構える。

「誰も聞いてないけど」

 江理が茶化すと、周りから笑い声が上がった。

 エイトは、隣で楽しそうにしている舞美を、優しい目で見つめている。ハンナはイアンの隣に静かに座り、イアンは村人たちに酒を注いで回っていた。オーウェンは、自分の菓子がどんどん減っていくのを、満足げに眺めている。

 リナが両親に手を引かれながら、物珍しそうに卓の間を歩き回っていた。ダレルは既に顔を赤くして、パール村の男たちと肩を組んで笑っている。

 ピーコック村とパール村の人たちが、隔てなく同じ食卓を囲んでいる。

 その光景を眺めながら、江理はふと、自分のことを振り返った。

 召喚された日、ここがどこかも分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた自分。あの頃からは、想像もできない光景だった。

 ――私、ここで笑ってる。

 それだけで、十分だと思えた。

 日が傾き始めても、宴の賑わいは衰える気配がなかった。

 子どもたちが会場を駆け回り、村の男たちが陽気に歌う。フィンとアイリスは、あちこちから祝福の声をかけられ、忙しそうに、それでも幸せそうに笑っていた。

 その周りを、妖精十人が、飽きることなく飛び回っている。ノアだけは少し離れた場所で、満足げに江理の肩のあたりに留まっていた。

『よかったね』

「うん。本当に」

 江理も、その賑やかな輪の中で、心から笑っていた。

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