第十七話 花嫁支度
結婚式の準備が始まると、村長の家はにわかに騒がしくなった。
「まずは、婚礼衣装からですね」
舞美がそう言って、広げられた布地を手に取る。パール村から届いたという、艶やかな生成りの布だった。
「真珠色、って感じですね。綺麗」
江理がそう漏らすと、アイリスが照れくさそうに頷いた。
「パール村の名前の由来にもなってる真珠を、ボタンや飾りに使う予定なんです」
「じゃあ、ピーコック村の分も欲しいですね」
舞美が布の端を軽くつまみながら呟く。
「襟元と裾に、緑がかった刺繍を入れましょう。光の加減で色が変わって見えるくらいの、控えめな感じで」
「さすが舞美さん、分かってる」
江理が感心すると、舞美はいたずらっぽく笑った。
「踊り子時代の癖です。見せ方には、少しうるさいんですよ」
ハンナも布の裁ち方を手伝い、慣れた手つきで針を進めていく。
数日かけて、少しずつ形になっていく衣装。そしてついに、アイリスが袖を通す日がやってきた。
舞美が髪を結い上げ、ハンナが裾の乱れを直す。江理はその様子を、少し離れた場所から見守っていた。
鏡の前に立ったアイリスは、いつもと違う、大人びた美しさをまとっていた。
その瞬間、部屋中の空気が、ふわりと揺れた。
『かわいい!』
『アイリス、およめさん!』
『おはな!』
『これつける!』
十の光が、一斉にアイリスの周りへ集まってくる。誰も見ていないはずなのに、アイリスがふと、辺りを見回した。
「……みんな、ここにいるんですね」
「うん。全員いるよ」
江理がそう答えると、アイリスの目が、じんわりと潤んだ。
妖精の一人が選んだ小さな白い花を、江理はそっと受け取り、アイリスの髪へ挿した。
「よし、これで完成」
「……ありがとうございます」
鏡の中のアイリスは、これ以上ないくらい、幸せそうに笑っていた。
夕方になると、村長の家に男性陣も集まり始め、食卓の準備が始まった。パン屋のオーウェンが、大きな焼き菓子を抱えてやってくる。
「見てくれ、頼まれてた祝い菓子だ。みんなで切り分けられる大きさにしてみたぞ」
蜂蜜と果物をふんだんに使った、艶やかな焼き菓子だった。
「江理先生に聞いた『みんなで分ける大きなお菓子』ってやつ、うちで手に入る材料でどこまでできるか、色々試してみたんだ」
「わあ、美味しそう」
早速、テオが真っ先に手を伸ばす。
「味を確かめる人も必要ですよね」
「テオ、それもう三個目じゃない?」
「確認です、確認」
悪びれもせず食べ続けるテオに、周りから笑いが起きた。
エイトが、隣に座る舞美をちらりと見て、しみじみと呟く。
「……舞美も、あの衣装を着たら似合うだろうな」
「エイトさん、今は私たちの話じゃないですよ」
舞美にたしなめられ、エイトが照れくさそうに咳払いをする。
そこへ、イアンが顔を出した。
「準備は順調そうだな」
「本当に、いい式になりそうです」
イアンが目を細める。娘の晴れ姿を思い浮かべているのだろう。隣では、ハンナも柔らかく微笑んでいた。
「パール村の方からも、便りが届いていてね。フィン君のご両親も、心待ちにしていると」
「そうなんですね」
二つの村の親たちが、同じように結婚式を楽しみにしている。その温かさに、江理も自然と口元が緩んだ。
賑やかな食卓を囲みながら、江理はふと自分の立ち位置に気づいた。
異世界に落ちてきたばかりの頃なら、村の娘の結婚式など、他人事だったはずだ。
それが今は、花の色も、菓子の味も、衣装の仕上がりも、本気で気にしている。
窓の外はすっかり日が暮れ、卓上の灯りが、みんなの顔を柔らかく照らしていた。
完成に近づいた衣装を思い浮かべながら、江理はアイリスに小さく声をかけた。
「もうすぐだね」
「はい。……楽しみです」
「うん。楽しみだね」
二人で顔を見合わせ、静かに笑い合った。




