第十六話 パール村へ
「今日、フィンのところに行ってくるね」
支度をしていると、枕元の光がいくつも一斉に揺れた。
『エリー、どこいくの?』
「パール村だよ。アイリスの婚約者に会いに」
『フィン!』
『アイリスのフィン!』
『いく!』
『わたしもー!』
次々に声が重なり、気づけば十の光すべてが、そわそわと部屋を飛び回っていた。
「……全員来るの?」
結局、妖精たちを引き連れたまま、江理はアイリスと連れ立って村を出た。
道すがら、江理はふと尋ねてみた。
「そういえば、フィンとはいつからの知り合いなの?」
「物心ついた頃には、もう一緒に遊んでました。二つの村、そんなに離れてないので」
そう話すアイリスの横顔が、いつもより少し柔らかい。
『アイリス、うれしそう!』
妖精の一人がはしゃいだ声を上げ、江理は思わず笑ってしまった。
「どうしたんですか?」
「ううん、なんでもない」
パール村に着くと、ピーコック村とはまた違う空気が江理を迎えた。石畳の小道、軒先に吊るされた干し草の香り。
『はじめて!』
『こっちにもおはな!』
『ピーコックとちがう!』
妖精たちが歓声を上げながら、あちこちへ散っていく。
その姿を追うように歩いていると、村人たちがどこか不思議そうな顔をし始めた。
「今日は妙に空気が気持ちいいな」
「あら、朝は萎れてた花が、こんなに開いて」
誰かが首を傾げる声を聞きながら、江理は内心で得心した。
――もしかして、この子たちのせいかな。
妖精たちが通った跡だけ、ほんの少し村の空気が軽くなっている。奇跡というほどではない、けれど確かな何か。
アイリスも、村中を飛び交う小さな光をじっと見つめていた。
「今日はずいぶん賑やかですね」
「うん。全員ついてきちゃったみたい」
そんな話をしていると、向こうから一人の青年が駆けてきた。
「来たか、アイリス」
フィンだった。当たり前のように荷物を受け取り、アイリスの隣に並ぶ。
「初めまして。フィン・パールです。いつもアイリスがお世話になっています」
「それ、私が言う言葉じゃない?」
アイリスがくすくす笑う。二人のやり取りには、余計な力みが一切なかった。
江理は、その自然な距離感を見て、なんとなく納得した。
――ああ、アイリスがこの人を好きなの、分かる気がする。
『フィン!』
『フィンだ!』
『アイリスのフィン!』
『なかよし!』
妖精たちがフィンの周りを飛び回るが、当然、本人には見えていない。
「なんだか、光まで喜んでくれているみたいです」
アイリスがそう言って、笑った。
その後、フィンの案内で村を歩いた。すれ違う村人たちが、次々にアイリスへ声をかける。
「アイリスちゃん、久しぶり」
「いよいよフィンのお嫁さんだね」
照れるフィンと、負けじと赤くなるアイリス。江理はその様子を見ながら、二人の結婚が、本人たちだけでなく、二つの村みんなの喜びなのだと実感した。
途中、アイリスが顔見知りに呼び止められ、江理とフィンが二人きりになる瞬間があった。
「江理先生が来てから、アイリスは楽しそうです」
思いがけない言葉に、江理は少し驚いた。
「私の方が、助けてもらってばかりだけど」
「昔から、人の世話を焼くのが好きなやつでした。でも今は、それだけじゃなくて、自分がやりたいことを見つけたみたいで」
その言葉に、江理は胸の奥が温かくなるのを感じた。自分がアイリスに何かを与えていたなんて、あまり意識したことがなかった。
戻ってきたアイリスと三人で話しているうちに、結婚式の話になった。
「二つの村のみんなで、お祝いしようって話になってるんです」
「もちろん、私も手伝うよ」
江理がそう言うと、アイリスが嬉しそうに目を細めた。
「ドレスも、お花も、まだ決めなきゃいけないことがいっぱいで」
『おはな!』
『やる!』
『けっこんしき!』
妖精たちが勝手に参加を宣言し、江理は苦笑した。
帰り道、夕暮れに染まる道を、アイリスと並んで歩く。
「今日は、来てくれてありがとうございました」
「ううん。フィン、いい人だね」
「……はい」
少し照れた様子のアイリスの周りを、妖精たちの光がふわふわと舞っている。
「みんなも、フィンのこと気に入ったみたい」
「良かった」
二人で顔を見合わせて笑った。
パール村の灯りが、後ろに小さく遠ざかっていく。




