第十五話 帝都から来た商人
約束の日、診療所の前に一台の馬車が停まった。
「初めまして。マルコ・ヴァンスと申します」
馬車から降りてきたのは、恰幅の良い、如才ない笑みを浮かべた商人だった。シリルに案内されながら、興味深そうに診療所の中を見回している。
「辺境の小さな診療所と聞いていましたが……」
その視線が、奥にいたエイトの姿で止まった。
「……エイト・クロフォード先生?」
「ご無沙汰しております」
エイトが軽く会釈すると、マルコは明らかに驚いた様子で目を見開いた。
「まさか、こんな場所で先生にお会いできるとは」
その瞬間、マルコの中で「辺境の小さな診療所」という認識が、大きく揺らいだのが分かった。
早速、江理たちは実際の医療用品を見せることにした。三角巾を一枚取り出し、テオが自分の腕を吊って見せる。
「こうやって腕を固定したり、患部を包んだり、いろいろな使い方ができるんです。布一枚なので、量産もしやすいと思います」
「なるほど……これは、どなたが考案を?」
マルコが自然とエイトの方を見る。エイトは静かに首を振った。
「いいえ。考えたのは江理殿ですよ。私も、彼女の知識から学ぶことばかりです」
その言葉に、マルコが江理を見る目が明らかに変わった。
「これは、王都でも十分に売れる品ですね」
商人としての言葉に、江理は少し慎重に応じた。
「売るだけだと、正しい使い方が伝わらないまま広まってしまう気がして」
「と、言いますと?」
「王都に、実際に商品を手に取って、使い方まで教えてもらえる場所を作れませんか」
三角巾なら実際に腕を吊ってみる。包帯なら実際に巻いてみる。分からないことはその場で聞ける、そんな場所。
「見て、触って、使い方まで教えてもらえる場所……」
マルコが考え込むように呟いた。
そこへ、テオが口を挟んだ。
「それ、いいと思います。説明を読むだけより、一度自分でやってみた方がずっと分かりやすいですから」
若手医師らしい実感のこもった一言に、江理のアイデアが少しずつ形になっていく。
受付を担っていたハンナも、控えめに意見を添えた。
「でも、医療用品だけのお店だと、怪我も病気もしていない人は入りにくくありませんか」
「確かに」
「薬草のお茶を飲める場所なんかがあったら、入りやすいかもしれませんね」
その一言に、テオが目を輝かせた。
「あ、それなら、アイリスさんの入浴剤も置いたらどうですか。僕も使いましたけど、良かったですよ」
「僕も使いましたって、あの時は駄々こねてただけじゃ」
江理が茶化すと、テオが赤くなって黙り込む。周りから小さな笑いが起きた。
「薬草を漬けた酒なら、王都でも馴染みがあります。それも扱えそうですね」
マルコが商人らしく、すかさず話に乗ってくる。
医療用品の展示と体験スペース。薬草茶や、アイリスの入浴剤のような日用品。そして大人向けの薬草酒。話は自然と膨らんでいった。
「ただし、これは治療とは分けて考えたいんです」
江理が念のため、はっきりと言い添えた。
「お茶やお酒を飲めば病気が治る、みたいな扱いはしません。治す場所と、休んだり楽しんだりする場所は、ちゃんと分けておきたくて」
「それは私からも」
エイトが頷く。
「薬草や薬についてなら、私が監修できます」
「私も、薬草については力になれると思います」
アイリスも自然と会話に加わってくる。
その様子を眺めながら、マルコが感心したように呟いた。
「先生がお考えなのは、商品を並べて売るだけの店ではないんですね。品物を試し、使い方を学び、休憩もできる。ここへ来ること自体に意味がある店、ということですか」
「そんな大げさなものじゃないと思うんですけど……」
江理が苦笑いすると、マルコは首を振った。
「いいえ。これは、面白いことになりそうです」
商人としての目に、はっきりと光が宿っていた。
「試作品と図面、お預かりしてもよろしいですか。王都に戻り次第、職人や店舗のことを検討してみます」
「お願いします。ただ」
江理は、マルコの目をまっすぐに見た。
「儲けよりも、必要な人が正しく使えるものにしてください。そこだけは、譲れません」
その言葉に、マルコは一瞬だけ驚いたような顔をしてから、深く頷いた。
「承知しました。あなたは、商売人というより、根っからの医者なんですね」
商談を終え、馬車が去っていくのを見送ったあと、診療所には穏やかな空気が戻ってきた。
「なんだか、大きな話になっちゃいましたね」
アイリスがそう言いながら、江理の隣に並ぶ。
「うん。びっくりだよ、本当に」
その時、アイリスが少し改まった様子で口を開いた。
「江理さん、お願いがあるんですけど」
「なに?」
「今度、パール村に一緒に来てもらえませんか。フィンのこと、皆さんに紹介したくて」
その申し出に、江理は迷わず頷いた。
「もちろん。楽しみにしてる」




