第十四話 村と、外とつながる
朝の診療所に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「先生、見てくれよ、もうすっかりだ!」
元気よく腕を振り回してみせるトビアスに、江理は思わず笑ってしまった。
「うん、もう傷跡も目立たないね。無理しないでよ」
「へーき! パン屋のオーウェンのおっさんに、力仕事頼まれてるくらいだし」
その名前を聞いて、江理は自然と村の顔ぶれを思い浮かべた。噂好きのオーウェン、気さくな八百屋のマーゴ、何でも屋のデニス。村に来て数ヶ月、患者だった人たちが、いつの間にか名前と暮らしのある「村人」になっていた。
腰痛のモーガンが、体操を終えてエイトに深々と頭を下げる。胃腸とめまいが多いグレースは、マイミの診察を受けながら、すっかり打ち解けた様子で世間話をしていた。
診療の合間、江理はアイリスと二人、薬棚の在庫を数えていた。
「包帯、また足りなくなりそうです」
「布、村だけじゃもう賄いきれないよね」
そんな折、診療所の扉が勢いよく開いた。
「聞いてくれ! いい話を持ってきたぞ!」
シリルが、珍しく得意げな顔で立っていた。
「先日、王都へ向かうというので、試しにいくつか図面を預けておいたんだが」
「あ、あの医療用品の?」
「王都に知り合いの商人がいてな。医療品を扱う商会の担当者だ。見せたら、えらく興味を持っていた」
「本当ですか」
「ああ。量産できるものは向こうで作らせて、こっちに卸してもらう、という話もできる」
シリルの後ろから、一枚の紹介状を差し出す仕草をしながら、彼は続けた。
「名前はマルコ・ヴァンス。今度、村まで挨拶に来るそうだ」
「シリルさん、本当に頼りになってきましたね」
「……お前に言われると、複雑な気分だ」
肩をすくめるシリルに、診療所の一同が小さく笑った。
夕刻、診療を終えた一同がくつろいでいると、イアンがふらりと診療所を訪れた。
「エイト先生、少しよろしいか。井戸の水質のことで、村の者たちと話がまとまらなくてね」
「拝見しましょう」
医療のことだけでなく、村の困りごとまでエイトに相談する光景は、この頃すっかり見慣れたものになっていた。長年王宮で培った知見は、村のどんな場面でも頼りにされる。
「さすが元王宮医師、って感じですね」
江理がそう漏らすと、エイトは穏やかに首を振った。
「江理殿の現代の知識にも、私はいつも驚かされてばかりですよ。お互い様です」
その言葉に、江理は少しくすぐったい気持ちになった。
話が一段落したところで、イアンがふと、思い出したように切り出した。
「そういえば、アイリスから聞いていないか? フィン君のことを」
「フィンさんの?」
ちょうどそこへ、頬を紅潮させたアイリスが駆け込んできた。
「エリーさん! 聞いてください」
「どうしたの」
「フィンから、正式に結婚を申し込まれました」
その報告に、診療所にいた全員が、一斉に歓声を上げた。
「おめでとう、アイリス!」
「よかったですね!」
テオが真っ先に拍手を送り、マイミも柔らかく微笑む。
「前から話していた通り、式は二つの村で一緒に祝おうって。パール村の皆さんも、楽しみにしてくださっているそうです」
弾んだ声でそう話すアイリスの表情は、これまで見た中で一番幸せそうだった。
診療所という小さな場所から、村と、村の外と、少しずつ繋がりが広がっていく。
誰かの幸せを、みんなで一緒に喜べる場所。
江理は今、確かにその真ん中にいた。




