5・末裔
「この山の主よ。もしおられるのなら、一晩だけこの場所をお貸しください。
そして我らが必要な分だけの木の実や魚を捕る事をお許しください」
霧島がそう挨拶すると、どこからか「承知!」と声がした。
「今の声は?」 「山の主だよ」
「ありがとうございます」霧島は主にそう言って火を起こした。
もうすぐ6月だが、焚火に当たっても山の中の夜はまだ寒い。
両肩を自分で抱いても震えてしまう。
「すまない。 小屋もない場所へ連れて来てしまったわたしのせいだ。許せ」
霧島はそう言って此花を包むように抱いた。
「少しは震えが止まるといいんだが」
「は…はい」
いつかの夜、男が来たときと違う。
少し恥ずかしいけれど温かくて心地いい。と思う此花だった。
…体のかゆみが、傷が消えている?
首筋を触ると、でこぼこした傷痕の感触がない。かゆみもない。
「首の傷が…」他の場所のかゆみも無くなっていた。
「本当だ。治ったようだね…此花は花のような匂いがするな。善良の匂いだ。」
木にもたれた霧島に後ろから抱かれて、
此花はそのままぐっすりと眠ってしまった。
*
目が覚めた時、なんてはしたない。と思いながらも
安心して眠らせてくれた霧島の傍に、もっといられたらいいのに。と思った。
「池の水で顔を洗っておいで。その間に魚を捕ってくるよ」
普通にしている霧島を意識しないように、自分も普通に接するようにするのは
此花にとって、とても努力が必要なことだった。
霧島が捕ってきた魚を熱した石に置いて焼いて食べる。
「おいしい」
「捕れたては違うな」
食事を美味しいと思ったのは、いつぶりだろう。
「食べたら村へ帰ろう。昨日みたいに飛べばすぐだ」
「うん…。あの。少し歩いてもいい?」
霧島と少しでも一緒にいたかった。
森の中は木々の間から日が差して、光っている。
「あそこ」
霧島が指さす方に鹿の親子がいて、産まれたばかりの小さな子を
母鹿が守るようにこちらを見ている。
「怖がるから、あまり見ないでやって」
「はい。でもすごくかわいい。見れて得しちゃった」
「段に気を付けて」霧島が此花の手を取って段差を越える。
いつの間にか手を繋いで、此花と霧島は森を歩いていた。
「…昨日の声の山の主さまは出てこられないのでしょうか?」
「わたしたちに関心がないんだよ。普通に通るだけなら何もしないし
何も言ってこない」
*
「アヤカシはいろいろなんですね。敵だったり、守って下さったり。
…その、好…き…あったり」
『好き』という言葉に胸が爆発しそうな此花だった。
「そうだね。 アヤカシはね、長寿のせいか子供がなかなか産まれないんだ。
だから子供ができやすい人間と恋仲になれたらいいと思っている者は
確かにいる。
あ、でも無理矢理どうこうしようとは思ってないよ。
その結果、産まれた子にもある程度の特徴が継がれている。
身体能力が高いのは烏天狗とか狐。頭が良くて手先が器用なのは狸。
泳ぎが得意なのは河童の血筋。我々鬼は力がある。
身体には羽根や角や水かきを持って産まれる子もいるかもしれない」
頷いて此花は話しを聞いている。
「中でも傷を癒して死者と話す比十族は人間に似ていて
関係を結びやすかったから、その分子孫も多い。
それから末裔同士が交わって、人間たちはいろんな能力を得たんだ。
アヤカシはできれば子孫のために人間とは仲良くやっていきたいと思ってる。
でもたまに人間を食べ物だと考える、羅刹みたいなのもいる」
「能力を得なかった人間もいますよね?」
「うん。でも能力をうまく出せないだけかもしれない。
それに能力があってもなくても普通に暮らせばいい」
「はい…」
*
「此花っ」
霧島に突き飛ばされて転びそうになったその瞬間。
ボスッ
嫌な音がして見ると大きな弓矢が霧島の胸に刺さり、背中まで貫通して着物が赤く染まっていく。
「いやああああ」
悲鳴をあげて霧島を抱える此花。
「霧島、霧島ぁ。しっかりして」
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