2・無能者
「助けてくださって、ありがとうございました」嬉しくて少し涙ぐんでしまった。
「何で泣くんだ?」
「何でもないです。嬉しいだけ」
「ふうん。痛みが引いてきたから送るよ。家は近い?」
「ふもとの村外れなので近いです」
「…わたしの一族は仰る通り、アヤカシの血を引く末裔たちの集まりで
先祖代々悪い事をするアヤカシと戦ってきていて、
アヤカシは敵だと思っています。
いいアヤカシは人間に関わってこないと思ってるので
一人でいる霧島さまのようなアヤカシは攻撃されます」
「人間の攻撃など、怖くはないよ。あと『さま』はいらないから」
「はい。ではそうします」
「とにかく、この辺りには人喰い鬼が出るから送るよ」
「人喰い?」
「そうだ。わたしは村人を喰い殺したそいつを追って来た。名は羅刹。
此花も気をつけなさい」
*
人家が見えた。
「もう大丈夫。ありがとうございました。
わたしの仲間に見られるのはまずいと思いますので、これにて」
言い終わった瞬間に、弓矢が飛んできた。
受け止める霧島。
「こんなものではやられないよ。じゃあね、此花。」
「ありがとうございました」去って行く霧島の後ろ姿にお辞儀をする此花だった。
*
「こいつ、男と帰ってきた」 「男には角があったぞ。鬼だ。アヤカシだ」
「何をしていた?」
「能力がない腹いせに、我らを売るつもりではあるまいな?」と
一族の長の屋敷で此花を蹴り上げ、踏みつけて責め立てる。
特にいとこの楓は此花を憎んでいた。
「売るなんて、そんな事はしません。あの者は霧島さま。西のお山の主です。
守りのアヤカシです」此花は申し開きをするが、信じてもらえない。
「そんな都合のいい話し、信じられるわけないでしょ。
わたしの両親もあんたの両親もあんたを庇ってアヤカシと戦って死んだ。
たった半年前の話しなのに、あんたは相変わらず何もできずに
何してるのよ。 敵討ちくらい考えないの?」
ビクっとする此花。
半年前の悪夢が蘇る。
*
「此花、逃げなさい。なにをしているの!?」
母の言葉は耳に入らなかった。
ただ、目の前の大きなアヤカシが怖かった。 巨大な蜘蛛。
座り込んだまま、動けなかったのだ。
地方を見て回って、帰って来たところだった。
村はずれの空き家で休んでいたところを巨大な蜘蛛に襲われて
楓の母が白い糸に巻かれて喰われていったのが見えた。
「母さまぁぁぁ」楓の悲鳴が響いた。
「樹、そこから出るな」 父親が縁の下に隠れた樹に声をかけて
此花も行くように言ったが、身体が動かない。
楓の父が楓と此花を縁の下に隠して、親たちは蜘蛛に向かっていった。
どのくらい経ったのか。 たくさんの人の声が聞こえて縁の下から出た時は
蜘蛛は倒され、此花と楓の親たちは息絶えていた。
楓は気を失い、此花は弟の樹を抱いて震える事しかできなかった。
*
「あーあ。蜘蛛やられちゃった。まぁいいか。
末裔とやらがどの程度かわかったし。これから、これから。うひゃひゃ」
野次馬の中で不気味な影が笑っているのを、誰も気が付かなかった。
*
「…楓さん…ごめんなさい」
「それしか言えないの?腹が立つ」と、楓は此花の髪を掴んで引っ張った。
「あ…いっ…」
ブチブチと、髪がちぎれる音がする。
「おいおい、やりすぎるなよ」と男たちが笑った。
これは、わたしに科せられた罰だ。
一生かけて償わなければならない罰…。そう思う此花だった。
「皆さん、姉さまは悪い事はしません。姉さまを家に帰してください」
部屋に飛び込んできた弟が此花を庇って懇願する。
「樹…」
此花には特別な能力がない。 アヤカシの血を引く末裔であるならば
傷を癒す能力、秀でた頭脳、飛びぬけた身体能力があるはずなのだが、
此花には何もないのだ。
それに反して弟の樹は弓の天才で、視力が良くて
わずか14歳にして、一族の1、2を争うほどの腕だった。
*
両親が生きていた頃は、家族みんなで暮らしていたが
今は優秀な弟は長の屋敷で、此花は屋敷の離れの小さな小屋で暮らしている。
此花の一日の仕事は、夜明け前に起きて食事の支度。掃除。水汲み。
風呂を沸かす。あらゆる雑用をこなすために、離れで暮らすように言われたのだ。
昼の間は村から手伝いの人が来て、此花の小屋の周りも
人が行き来するが夜は誰もいなくなる。
それを知っていて、村の男がやってきた。
此花に夜の相手をさせようと来たのだ。
「16になったって?男を知ってもいい年だろ?俺が最初になってやるよ」
そう言って此花に襲いかかった。
「やめて。誰か…」助けを求めても、離れでは声が届かない。
「お前は無能なんだろ?このくらい役に立てよ」
逃げ回る此花を捕まえて着物を剥いだとたん、男が悲鳴をあげて
「うあっ。何だ?バケモノか?気色悪い」と、逃げて行った。
此花の肌は肩も背中も胸も鱗のようにひび割れて、傷だらけだ。
「う…えっえっ。気持ち悪い。汚い」
此花は泣きながら触られた肌を水でゴシゴシ擦って洗った。
霧島の背中…わたしを守ってくれたあの背中は、とても頼りになった。
霧島の顔が浮かんで、また涙がこぼれた。
ここのいると腕に足に、身体中に発疹ができてかゆくなる。
かきむしって出血して、傷跡になってそれが鱗のように固くなっていた。
…山にいる時は、こんな事はないのに。
だがこの傷痕が首筋から見えるおかげで、此花に今夜のような事はなくなった。
読んでくださってありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




