1・此花と霧島
「霧島さまー!大変です、村人が襲われました。喰われました」
村人が山の守り主であるアヤカシ・鬼族の霧島のところへ来た時、
二人目の犠牲者が出たところだった。
一人目は熊だったので、熊に言い聞かせて人を喰うなと教えた。
だが今回は喰い方がちがう。
熊ならやわらかい腹を裂いて内臓を食べる。
遺体は内臓を残したまま、皮がバラバラにはがされ、肉が食われていた。
この喰い方は話に聞いて知っている。
羅刹───
昔から伝わる、大陸から来た人喰い鬼だ。
源平の乱世が終わり、ようやく世が落ち着いたというのに。
「うえっ。うえーん。父ちゃん。仇を取ってやる!」
父親を殺された子供が泣いているのを見て、
このままにしておけないという想いが強くなった。
放っておけば、次々に犠牲が出るだろう。
「霧島殿、匂いが東に向かっている」
隣の山の嗅覚が鋭い狐族が血の匂いを辿って、そう教えてくれた。
「坊や、わたしがそなたの代わりに仇を討とう」
霧島は東に向けて旅立ち、行く先々でひとり、ふたりと
喰われた犠牲者を見るたびに、近くに住む狐族の嗅覚や目撃者を頼りに
羅刹の痕跡を追った。
*
ザッザッザ …はあ はあ はあ…
「暗くなってしまうわ。早く帰らなきゃ」
長い髪を後ろに縛って、茶色の袴を脚絆でまとめて
薄桃色の着物を着た16歳の少女──此花は山道を急いで下って行く。
薬草を取っていたら夢中になって日が落ちそうになってしまったのだ。
松明は持っていないので、月あかりだけが頼りになる。
もしも月が出なかったら、暗闇の中ではアヤカシが出ることがある。
人間に災いを招くアヤカシ。
悪いことはしないアヤカシもいて、山や海の守り神として
祀られている者もいるけれど
誰がそうなのか区別がつかないので、用心するにこした事はない。
*
「う…うう…」
茂みの向こうからうめき声が聞こえる。
何だろう? 声のする方へ行くと、倒れている鬼がいた。
アヤカシの鬼族。
白銀の髪。額から出る二本の白い角。白い着物と紺色の袴に脚絆。赤い瞳。
腰には反りのある太刀。
年の頃なら──人間でいえば17~18歳くらいか?
整った顔立ちが、凶悪そうには見えない。
だがアヤカシだ。油断はできない。
鬼は肩と足から出血していて痛そうだった。
顔を上げた鬼と目が合った。
後ずさりする此花に「それ以上行くな。さっき熊がいた」彼はそう言った。
「アヤカシは人間を騙すために人間と話す。って教えられたわ」
此花がそう言うと
「そなたが馬鹿ではないのはわかったよ」と、鬼は笑った。
「アヤカシはいろいろだ。鬼もいろいろ。わたしは人間は喰わない。
わたしは霧島。西の方から来た。」
西の方に、霧島山という山があるのは知っていた。
本当に霧島ならば、その一帯を守るアヤカシだ。
人間を襲うことはない。
「…わたし薬草を持っています。手当、してもいいですか?」
此花の言葉に「頼む」と答えた。
此花は取った薬草で痛そうにする彼の傷の手当をした。
「その傷、どうした?」
此花の首筋にいくつもの傷跡が見えて、霧島が聞いた。
慌てて首をすくめる此花。
「なんでもないです。かゆくて、かいてしまった痕なだけの事です。
はい、これでいいわ」
「…痛みが軽くなった。そなたは人間か?傷を治すアヤカシ・比十族か?」
「比十の末裔ですが、わたしは何の能力もないただの人間です。無能者です。
傷が良くなったのは薬草のおかげでしょう」
「そうかな?でも、ありがとう」
霧島の言葉に驚く此花だった。
何をしても家族以外の人間にお礼を言われたことがないのだ。
無能な此花はそういう一族の中にいた。
「いえ…大ケガでなくてよかったわ。それじゃあ…」と
その場を離れようとしたとき、獣の息づかいが聞こえた。
「熊だ。わたしの後ろへ」
言われた通りにすると、霧島の背中は大きくて守られている安心感が広がった。
草むらから出てきた熊は、今にも襲い掛かってきそうだったが、
霧島が手のひらを出して
「なんでもない。我々は敵じゃない。餌でもないぞ。他を当たれ」
そう言うと、霧島の手をクンクン嗅いで熊はおとなしく去って行った。
さすがは山の主。 山は違えども動物が言う事を聞く。
「これで貸し借りなしだな」
笑った霧島は『山の守り』として祀られるにふさわしいと思うほど優しかった。
読んでくださってありがとうございました。
外伝が続きますが、次回もよろしくお願いいたします。




