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第1章 モテと嫉妬のミクロ戦争 ─好意のゆらぎ ②

マンガはこちら

https://note.com/lush_plover1590/n/na2df6904b1b7

「現場に行く前に、ちょっと休憩しませんか」


 凛の提案で、二人はキャンパス内のカフェに入った。平日の昼過ぎ、学生たちのざわめきが背景に広がる。


「柳澤さんが最近よく口にする進化心理学って、まだ一般にはあまり知られていないですよね?私もよく知りませんし」


 柳澤は元々、理学系の自然科学を学び、その後に情報学へ転じた。現在は 「科学を応用するコンサルタント」として、心理、経済、教育などの文系領域も扱っている。最近は進化心理学の知見を使って、現場のトラブルや課題を解釈する手法も取り入れていた。


 一方、凛の方は社会学を専攻した文系出身ではあるが、社会学においてデータ分析の訓練を受けており、知的好奇心も旺盛である。


 カフェラテをすすりながら、柳澤はうなずいた。


「そうだな。進化心理学は、からだの器官と同じように『人間の心のはたらきも進化してきた』と考える立場だ。まず、ダーウィンの進化論は知っているよな?」


 凛は思い出しながら話す。


「昔、学校で習いましたね。自然淘汰、生存に有利な形質が生き残って、っていう。チーターから逃げるガゼルの群れでは、より速く走れるガゼルが生き残りやすいから、ガゼルは足が速くなるように進化する、と。」


「そう。同じように人間の手足や胃などの内臓が進化によるものであるように、嫉妬や恋愛感情を含めた人間の心がどう動くのか、も進化の産物だという発想なんだ」


 凛は目を丸くした。


「え……そんな感情や人間関係の悩みも、進化の視点で説明できる、ってことですか?」


「できる。そしてものすごく説得力がある。ヒトの祖先は何百万年もアフリカのサバンナで暮らし続けた。その環境で、身体の器官と同じように生き残りやすい脳、つまり心が進化したんだ。」


 柳澤が続ける。


「たとえば『なぜダイエットがつらいか』 。

 祖先が生きてきた環境では、カロリー摂取が困難だった。それでたまに得られるカロリーが高い糖分や肉をとてもうまい、と感じ、できるだけ脂肪を貯めこむ傾向を持つ個体が生存に有利だったんだ。

 現代では甘いもの、肉がふんだんにある環境だけど、これを必要以上に食べ続けてしまう。ジャンクフードが典型だな。サバンナではありえなかった状況だ。

 太ってなかなかやせられないのは、脂肪を溜めこもうとする、石器時代から受け継がれる心の設計のせいなんだよ。

 だってこれを食べないと死ぬ、食べたらものすごく気持ちいい、と脳、つまり心が衝動を止められないんだがら」


「……我々の心は石器時代のサバンナ環境用にチューニングされたまま、現代社会を生きている、ってことになるわけですか」


「そういうことだ。三万年前からヒトの脳の構造、心の風景はほとんど変わらない、と考えられている。実は、その時代からほぼ心は進化していない、ってことだ。」


 柳澤の顔が真剣になり、独り言のようになってきた。


「本当に様々なことが説明できる。嫉妬、母性、恐怖、信仰や芸術性……本当にいろいろなことが。人間社会、この世界がなぜこうなっているか、なぜ自分がこんな感情を持つのか、まで説明できてしまう」


「ちょ、ちょっと。なんだか、すごい話になってきてますよ」


 柳澤の表情が緩んだ。


「ああ、すまない。これ以上は、ま、おいおいな。今回の依頼で話題になりそうな恋愛でも同じだ。三万年前のサバンナでは、自分が誰を選ぶか、また、自分を選んでくれる人をどうやって見分けるか、が生死に関わった」


「特別扱い、みたいなことに敏感ってことですか。確かに恋愛や人間関係でポイントになりますよね」


 凛はカップを置いた。


「なるほど、もしかすると今日の話にぴったりかもしれませんね」


「だろう?じゃ、いよいよ観察スタートだ」


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