第1章 モテと嫉妬のミクロ戦争 ─好意のゆらぎ ①
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第1章 モテと嫉妬のミクロ戦争 ─好意のゆらぎ
五月の終わり。空がきれいに晴れわたり、空気が熱を帯びた午後。
柳澤晴臣は、都内の某私立大学の門をくぐった。
柳澤は三十代前半で細身の体をしており、肩に黒い薄型のPCバッグを掛けている。
その隣には、白いブラウスにスラックス姿の女性─新卒三年目の三島凛が歩いていた。
二人は民間のコンサルティング会社「ヒューマン・トラッカーズ」の職員である。
「なんだか……潜入捜査みたいですね」
凛がハンカチで顔を仰ぎながら、軽口を叩いた。
「女子学生が一人、〝失踪〟って穏やかじゃないよな」
柳澤は少し伸びをしながら、晴れ間を見上げた。
今回の大学への派遣は、大学から仕事を請け負ったクライアント企業からの委託であり、下請けの仕事である。
「人間関係を含む組織課題の分析・改善支援」と大げさなお題目が掲げられているが、結局は何でも屋のように個別の依頼に対応する予定だ。
柳澤と凛、二人の上司である奥田からは、
「君ら、そういう仕事が専門、というか好きだよね。まあ、委託を受けた企業は得意先だし、大学とも良い関係を築いておきたいから、何でも対応しておいてね」
と言われていた。確かに何でも屋である。
「この依頼案件、ちょっと変なんですよね」
凛がスマホを操作しながら言った。
「最初は普通の人間関係の可視化の依頼だったのに、途中から、研究室内での揉め事が発生、って追加で連絡がありましたよね」
「研究室での揉め事、な」
柳澤は小さく笑った。
「人間行動の研究室ってとこが、また皮肉だな」
「人間関係の研究者たちが人間関係で揉めるって、ちょっと笑えますよね?」
「まあ、医者が風邪をひくようなもんだ」
二人は大学構内の坂を登りながら、依頼内容の詳細を再確認する。
大学の事務当局を通して連絡のあった依頼主は、学際的な情報系研究室の田貝教授。心理、経済、行動、情報科学の境界領域を扱っている。人間行動の数理モデルを専門とするベテランだ。
教授は大型予算獲得のために奔走しており、最近は研究室を不在にすることが多かった。
「学生たちの関係がギクシャクして、研究室内の雰囲気が悪くなっているようだ。できれば、外部から客観的に見た概況を報告してほしい」
というのが多忙な教授からの依頼であった。
「恋愛絡みらしい、という話もあるみたいですね」
凛がファイルをめくりながら補足した。
「直接的なハラスメントとか暴力ではないらしいけど、女子学生の一人が急に来なくなった。大げさに言うと〝失踪〟したみたいで」
「ありがちで、だけど根が深いかもしれないパターンだな」
組織課題の分析という名目のもと、大学はこのコンサルティングを導入していた。学生同士のトラブル解決になり、学内の対人構造が健全化するという建前は、大学にとって悪くない。
「じゃあ、お仕事開始ですね」
「まずは火種を見つけることからだな」




