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プロローグ ~三万年前のある夜~

マンガはこちら

https://note.com/lush_plover1590/n/n85709af909bc

~三万年前のある夜~


 ヒトは火のまわりで輪になっていた。


 焚き火は光と熱をくれた。

 危険な獣たちを遠ざけ、肉の調理を可能にした。だが、それ以上に夜に明かりをもたらしたことで、「他人の心を読む時間」を与えた。


 狩猟採集民たちは、食料や子育てを共有し、語り合い、笑い、嫉妬した。

 群れの中で誰が信頼に値するのか、誰が仲間を裏切るのか─その判断は、生き延びるための技術だった。


 ある若い男がいた。狩りはうまくない。

 体力も腕力も、群れの中では平凡だった。

 だが、彼は人の気配に敏感だった。


 誰が誰を見ているのか。

 誰の話に笑いが起き、誰の失敗が注目されたか。

 彼は、観察していた。無意識のうちに、だ。


 ある日、彼は焚き火のそばで、年かさの女に燻された肉をもらった。

 「よく気がつく子だね」と言われて、はじめて気づいた。

 他人を見ることは、自分を見つけてもらうことなのだ、と。


 観察する力。共感する力。

 小さなジェスチャーを手がかりに、心の奥を推し量る力。

 それは道具を作る手とともに、ヒトをヒトにした。


 焚き火のまわりで育まれたこの能力は、

 今日も会議室で、カフェで、電車の中で、静かに発揮されている。


 たとえば─


 ひとりの青年が「なぜ自分は好かれないのか」と首をかしげていた。

 その横で、別の誰かが「なぜあの人ばかり好かれるのか」と観察していた。

 そんな風に、焚き火の火はまだ消えていない。


 いまこの瞬間も、誰かが誰かを観察している。

 もしかしたら、あなたのことも─。

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