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第2章-⑩ ~決着~

第2章は全14話(①〜⑭)予定です。


マンガはこちら(第2章-①②③)

https://note.com/lush_plover1590/n/n336a21ab9b03

 文学部大会議室は、第二ラウンドの投票用紙の回収を終え、開票を待っていた。


 緊張の糸が張り詰めたまま、誰もが椅子に深く腰掛けて目の前の机に視線を落としている。時計の針の音だけが、妙に大きく響いた。


 やがて清水が第一ラウンドのときと同様に開票を始め、淡々と票を読み上げていく。


「安田、一票……安田、一票……神谷……神谷……神谷……」


 神谷の票が積みあがると、清水がそっと息を飲んだ。表情は崩さないが目元にわずかな期待の光が宿る。


 しかし安田に六票目が入る。


 予想通り、西原陣営の二票が加わったはずだ。あと一票で安田の勝利。


 そして、最後の票は神谷に入った。


 室内の空気がわずかに揺れた。誰かが椅子の背にもたれる音がした。


 七票目が入ったのは神谷。


「……!」


 一瞬、室内が凍りついたような沈黙が落ちた。


「投票の結果、神谷先生が七票、安田先生が六票で、次期研究科長に神谷先生が選出されました」


 清水の心なしか震えた声が静寂を切り裂く。すぐに、教授たちのあいだでざわめきが広がった。


「え? 神谷が……?」


「なんで……?」


「西原の票が安田に行ったはずじゃ……」


 神谷本人も目を丸くしていた。第一ラウンドの結果の票読みから、まさか自分が選ばれるとは思っていなかったようだ。


 小さく頭を下げながらも、戸惑いの色は隠せない。


 安田はゆっくりと目を閉じ、表情を整えようとするかのように深く息を吐いた。


 清水はその場で立ち上がることもせず、机の端に指先を添えたまま、茫然と票読み表を見つめていた。


 予想が外れた─わずか一票。


 会議が散会すると、教授たちは三々五々に立ち去っていった。その背中に戸惑いや興奮がまだ尾を引いていた。柳澤と凛は、廊下の窓際に立っていた清水のもとへ歩み寄った。 


「……お見事、というべきか、それとも……」柳澤の声に、清水はゆっくりと顔を上げた。


「……まったく予想外でした。西原陣営の二票が安田先生に行ったのは確実のはずです。安田先生も計算上、それで勝てると踏んでいた」


「でも、どこかで一票が動いた」凛が口を挟んだ。


「ええ。一票だけ風向きが変わった……その一票が、すべてを変えてしまった」


 無記名投票。


 だからこそ、誰がどう動いたかは確定できない。疑念は誰にでも向けられうる。そのとき、凛が思い出したように言った。


「第二回投票の直前、大迫名誉教授の部屋に浜崎先生と村瀬先生が入っていったの、覚えています?」


「……ああ、そうだったよな」柳澤がうなずく。


「時間にしてほんの五分ほど。けど、この結果を見てから振り返ると─意味深ですよね」


「裏で調整があった?」


「それとも風向きを誰かが変えたのかもしれない」


 清水は目を伏せた。あくまで選挙を管理運営する立場の彼にとって、何かを言うのは控えるべきと判断したようだ。


「いずれにせよ、票のズレが起きた。そのズレを生んだのは誰か─」


「裏切りか、再考か、覚悟の変更か」柳澤はつぶやいた。


「我々の仕事は選挙運営のお手伝い、そして外部コンサルタントとして透明性向上を後押しすること。ズレが誰によるものであるかを知る必要はないです。本来のお仕事はここまで」凛は微笑を浮かべて続ける。


「でも人間行動を分析、理解するのが好物の私たちが、ここで観察をやめてしまうのはありえないですね」


 凛はメモ帳を開きながら言った。


「じゃあ、『ズレた一票』の正体を探りに行きますか」


 風は、確かにどこかで吹いていた。

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