第2章-⑧ ~運命の教授会~
第2章は全14話(①〜⑭)予定です。
マンガはこちら(第2章-①②③)
https://note.com/lush_plover1590/n/n336a21ab9b03
午後一時。文学部の大会議室には、文学部の全教授が揃っていた。重たい空気がゆっくりと室内に沈殿していく。窓の外では雨脚がやや強まり、しとしととした音が絶え間なく降り注いでいる。
「では、教授会を開始いたします」
司会進行役の壇上の清水が静かに口火を切る。手元の時計に目をやりつつ、進行を確認するその姿には、どこか神経質な張り詰めが見えた。
まずは候補者によるスピーチが始まる。順番は事前にくじで決められており、最初に登壇したのは安田教授だった。
安田は大柄で恰幅の良い男性で、その声には張りと熱があった。壇上に立つと資料もメモも見ずに、まっすぐ前を見て語り始めた。
「皆さん。私は今こそ、文学部に攻めの改革が必要だと考えています」やや高めの声が会議室の壁に反響する。
「我々の学問は古典や思想に閉じこもるだけでなく、社会と接続されるべきです。若者にとって文学部とは何を学ぶ場か、が見えにくくなっている現状を私は打破したい。カリキュラムの再編、教員の役割分担の見直し、そして─学生との新たな対話の場づくり。これらを柱に、私は行動していくつもりです」
静まり返った空間に、安田の言葉が鋭く差し込む。言葉の端々には情熱と野心がにじんでいた。演説は力強く五分ほど続いた。
「ご存知のように、私は数年前、社会連携プログラムを立ち上げました。今では企業やNPOと連携した授業が、学生の就職意識を刺激しています。守るべき伝統は尊重します。ただ、それ以上に変わることを恐れない文化を、この学部に根づかせたいのです」
演説を終えると一礼し、静かに席へ戻った。拍手が起こり、その後は神妙な空気が漂った。
続いて壇上に上がったのは神谷教授だった。神谷は長身で痩せ型、グレーのスーツの上に濃紺のベストを重ねている。落ち着いた佇まいに、経験を積んだ人間としての重みがあった。
「皆さん、こんにちは。まず、このような機会を与えていただいたことに感謝します」
声は柔らかく聞き取りやすい。それだけで場の雰囲気がわずかに和らぐ。
「安田先生のお話、非常に刺激的でした。おっしゃる通り、時代の変化に対応する必要性は私も感じています。しかし、一方で変わらないことの大切さもまた、私たち文学部の中核ではないでしょうか」神谷は一瞬言葉を置き、聴衆を見回した。
「私はこの学部に二十年以上います。教員として、管理職として、時に外部連携にも関わってきました。その中で感じたのは、学部というのは単なる知の集積場ではなく、人が育つ共同体だということです」
声に熱を帯びることはない。だが、静かな語り口がかえって言葉に重みを与えていた。
「急進的な改革が必要なときもあります。しかし、根本にある学ぶ喜びや考える力が損なわれてはいけない。私は調整役として若手の意見を取り入れつつ、学部全体がゆるやかに連携する仕組みを作りたい。未来のために今の価値を大切にする。私は、そんな役割を担いたいと思っています」
その後も静かな演説は続いた。演説後、安田のときよりもやや大きく拍手が起こった。壇上から下りるとき、神谷は西原とすれ違い、軽く会釈を交わす。その一瞬の所作すら、どこか落ち着きと配慮を感じさせた。
「キャラの違い、すごく出ましたね」凛が小声で柳澤にささやく。
「片や熱血改革派、片や調整型保守派。まるで政見放送だな」柳澤が笑いながら応じた。
だが、この違いこそが教授たちの判断を大きく左右する。
情熱か、信頼か。刷新か、安定か。
西原のスピーチが続き、その後に密室での無記名投票が始まる。誰がどの言葉に心を動かされるのかは、まだ分からない。




