第2章-⑥ ~大迫名誉教授~
第2章は全14話(①〜⑭)予定です。
マンガはこちら(第2章-①②③)
https://note.com/lush_plover1590/n/n336a21ab9b03
旧館の一室。ここだけ空気が濃いような感覚を覚えるのは、気のせいだろうか。
柳澤と凛は、研究科長として長らくこの学部を率いてきた大迫智子名誉教授の居室を訪れていた。これまでの教授らへのヒアリングと清水の話を通じて、大迫名誉教授には投票権はないものの、話を聞かねばならない人物である、と柳澤と凛の意見が一致したのだ。
部屋には過剰な装飾はなかった。窓際に山積みの論文ファイル、壁には額装された賞状。ただそれだけで、ここが他の教授陣のものとは一線を画す領域であることを物語っていた。
大迫は資料に目を落としたまま椅子に座っていた。六十代後半、白髪のショートボブ。その沈黙は、誰かが話しかけることを想定していないようにすら思えた。やがて視線を上げる。
「─わざわざ観察されるような人間ではありませんけれど」
低く乾いた声だった。柳澤は笑顔を崩さずに答えた。
「ご挨拶で伺いました。今回は清水先生の依頼ということで」
「……あの人は事務処理は優秀だけど、こういう人情と道理の扱いは苦手なのね。あなた方が選挙のお手伝いをしていることは聞いています」
凛がすっと口を挟む。
「大迫先生は今回の研究科長選について、どのようにお考えですか?」
「何も」即答だった。
「今回、私は関与しません。投票権もありません。あくまで見守るだけ」
「……そうおっしゃる方の中には、裏で風を起こす方がおられるものですよね」
凛の軽口に、大迫は微かに笑みを浮かべた。
「風は勝手に吹くの。私はただ、どこに風が流れているかを見ているだけ」
その表情には、静かな威圧が含まれていた。
「神谷先生については、どう思われますか?」
「ずいぶんと前に出るようになった。あの人も、あの人なりに変わろうとしている。でも、変わることと信じられることは別問題」
「安田先生は?」
「一貫してるわね。自分のやり方が正しいと信じて疑わない人。でも、それは時に危うい」そして、大迫は柳澤の方をまっすぐに見つめた。
「けれど、私には関係ないの」




