第2章-② ~次期研究科長選挙~
第2章は全14話(①〜⑭)予定です。
マンガはこちら(第2章-①②③)
https://note.com/lush_plover1590/n/n336a21ab9b03
六月の雨が、都内私立大学のキャンパスをしっとりと包んでいた。石畳に跳ねる水音はどこか牧歌的で、空気にほんのり草の匂いが混じる。
柳澤は傘の骨が軋むたびに、この季節が付き合いづらいことを思い出していた。
「文学部の旧館って、雨の日に映える建物ランキングで二位か三位には入りますよね」
隣で凛が言う。ポニーテールの毛先がしっとり濡れ、彼女はそれを手慣れた仕草でまとめ直す。
「ちなみに一位は?」
「廃病院です」
「納得したくないが、なんとなく納得してしまった……」
木造の扉を押し開けると、すえた紙の匂いと、古い家具用ワックスの香りが混じった空気が出迎えた。まるで「昭和のインテリ」の亡霊が集う私設サロンのようだ。
迎えたのは助教の清水柊。猫背気味で神経質そうな眼鏡の奥の目は、徹夜を繰り返して疲れ果てている人間の目だった。
「来てくれて助かります。……あの、今回の件、当面はあくまで非公式でお願いします」
「そちらの方が燃えるんですよ、うちは」
凛がにっこり笑った。柳澤も口元を緩めながらうなずく。
「三島の言う通りです。非公式、非公開、非武装。われわれの基本三原則であり、大好物です」
「この大学、建物はレトロだけど、人間関係はかなり現代的って聞きましたよ。下手なSNSよりもドロドロしてるとか」
「ま、まさにそんな感じでして……」清水は苦笑しながら二人を応接室へと案内した。
応接室に通された柳澤たちは、年代物の椅子に腰掛けた。室内には古びた書棚があり、書籍や論文ファイルが乱雑に並べられている。窓の外では雨音が静かに響いていた。
「で、今回の相談は?」
大学の事務当局からあらましは聞いていたが、柳澤がメモ帳を開きながら改めて問いかける。
「……聞いておられるとは思いますが、次期研究科長を決める教授会の件なんです」
話はこうだ。
この大学では文学部に接続される形で、大学院の文学研究科が設置されている。研究科のトップである研究科長は文学部の学部長も兼ねており、文学研究の方向性、組織構成、外部との連携の判断、さらには予算の割り振りなど、大きな権限を持っている。
現研究科長の任期満了に伴い、新しい研究科長を選出する必要があるが、これは教授会での選挙、つまりは投票で決められるとのことだ。
その選挙管理を任されているのが、目の前にいる助教の清水である。
清水は事務処理能力に長けているが、ゆえに様々な仕事が集中する傾向にあり、多忙を極めていた。
今回の選挙の準備や管理にあたっても実務が膨大になりつつあり、清水から大学事務側に、このままでは処理できなくなる、と泣きが入った。
そこで、コンサルタントとして入っている柳澤と凛に、清水を手伝ってくれないか、と事務当局から依頼があった。
結局は何でも屋であるので引き受けたのだが、単なる手伝いということでは依頼する側もされる側も都合が悪い。
正式な理由は後付けで考えるが、急を要することもあり、一旦は非公式で現場に入ることになったのである。




