第1章-⑪ ~吉井の観察~
第1章は全12話(①〜⑫)です。
マンガはこちら(第1章-①②③)
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その日の昼休み。談話スペースで、学生たちがばらばらに集まっていた。佳奈はその場にいなかったが、佳奈の復帰がなんとなく空気を変えていた。柳澤と凛も、すっかり学生たちになじんでいて会話の輪に加わっていた。
大槻はコーヒーをすすりながら言う。
「俺みたいなタイプは、最初に目立つんだけどな。インパクトは強くても、なかなか深くつながらない。宮田は逆。つながりを作るのがうまいんだ」
「……なにそれ、嫉妬?」と誰かが冗談めかして訊いた。
「いや。戦略の話だよ。あいつは、無意識のうちに選ばせてる、ってやつらしい。それが一番強いのかもな」
凛がつぶやいた。
「人間関係って、どこまでが偶然で、どこからが戦略なんでしょうね」
そのとき、吉井が口を開いた。
「僕は相手の立場に完全になりきって考えてみよう、って最近は思っていて。そうすると宮田や大槻さんがただモテてるだけじゃなくて、違う感情もあるんだな、って少しわかる気はしてきています。ま、モテる奴は結局許せないんだけど」
柳澤はうなずいた。
「人間は観察したり、されてると、少しずつ変わるもんだから」
凛が小さく笑ってつぶやいた。
「吉井くん、物腰もちょっと変わりましたよね」
「……ありがとうございます」
そう返す吉井の声に、以前のような刺々しさはなかった。
「あ、吉井くん。ちょっと来てくれるかな?」
急に声をかけられて、はっと顔を上げる吉井。その前に立つのは、例の柴田助教だった。区切られている個別ブースに二人で入っていく。最近の研究の進捗状況について話すようだ。
「うん、これはいいね。やっと『君の視点』で書けている。他の視点も持つように考えようとしているから、自分なりの視点が持てるんだ」
背後のブースから、低く落ち着いた声が聞こえた。
「……ありがとうございます」感じ入ったような吉井の応答があった。
やりとりを聞いていた柳澤と凛は、うなずきあった。
その日の午後、柳澤は田貝教授への報告をまとめた。
研究室を休んでいた木下佳奈が無事に復帰を果たしたこと、研究室内のギクシャクした空気は、学生たちの感情の揺れによるものではあるが、一般的な範疇から逸脱するものではないこと、一部学生には精神的な成長が見られ教育的観点から好ましい変化と捉えられること、などを記述してメールを送信した。




