第1章-⑩ ~心情~
第1章は全12話(①〜⑫)です。
マンガはこちら(第1章-①②③)
https://note.com/lush_plover1590/n/na2df6904b1b7
週明けの月曜日。研究室は久々に全員が揃っていた。
「おはようございます」
ドアが開き、入ってきたのはしばらく姿を見せていなかった佳奈だった。少し落ち着いた服装。髪も下ろしている。
「お、おはようございます」
清田が最初に声をかけた。続いて他の学生たちも、ちらほらと挨拶を返す。だが、全体にぎこちない空気が漂っていた。
宮田はチラリと彼女を見たが、何も言わずモニタに目を戻した。その視線の間に、わずかな逡巡が走ったのを、柳澤は見逃さなかった。
「戻ってきたんだな」
宮田は小声でつぶやくと、すぐにキーボードを忙しくいじり始めた。
─なぜ彼女は戻ってきたのか。
数日前の凛の報告を思い出す。
研究内容の共有を依頼する名目で、ある研究テーマのアプリグループに一時的に凛が入れてもらっていたのだ。
その研究テーマのグループには佳奈も所属していた。アプリのメッセージ履歴を見ると、佳奈が既読になっていることは確認できており、読んでいることはわかった。
凛は、そこから佳奈に個別にメッセージを送った。
佳奈の研究内容について教えてほしいということと、また、何か話したいことがあれば何でも聞くということを。なかなか返信がなかったのだが、凛自身がどのような経歴の人間であるか、の説明を加えながら、何度か送っているうちに返信がきた。
凛は自分の過去のフラれ話なども交えながらメッセージを送っていたらしい。年齢が近いこともあってか、佳奈は凛に親近感を持ったようだ。
凛は人の心に入り込むのがうまい。柳澤がそれに助けられたことも多かった。社外に学生時代からつきあっている人がいる、などと社内で開けっぴろげに話しているのを聞いていると、相手に心を開かせやすいのだ、と感じることが多い。
メッセージで何度かやり取りしたあと、会って話した方が研究内容の共有も早い、と佳奈の方から提案があり、凛が大学外で面会した。研究内容の共有、という名目だったが、凛のことを信用した佳奈は、宮田のことなどを聞いてもらいたかったようだ。
「……佳奈さん、メッセージで『あのとき話を聞いてもらって少し楽になった』って書いていました」
「話?」
「彼女、個別に宮田くんと連絡を取っていたみたいなんです。『今さら顔合わせづらいけど、ありがとう』って。」
「宮田くんにありがとう、って……?」
「たぶん、あのカードのことです。あとから冷静になって、やっぱり少しは特別扱いだった、って思えたみたいで。それで、そのこと自体は彼女の中でようやく整理できたみたいで。少し特別扱いされたけど、彼とつきあうとかじゃなくて、今まで通り良き友人、研究仲間でいようって。研究室をだいぶ休んじゃったけど、気持ちを切り替えて復帰する、って言っていたんです」
柳澤は、佳奈の心情を想像してみた。
「選ばれていたかどうかじゃなくて、信じたことの方が大事─」
恋愛における真実は、石器時代も同様に常に複数あったと思われる。だが現代では、個々人の意味づけがすべてを決める、と言っても良いだろう。
石器時代と現代では恋愛における感情において、似ているようで似ていない、または似ていないようで似ていることがあるのかもしれない。




