第1章-⑨ ~一番タチ悪いやつ~
第1章は全12話(①〜⑫)です。
マンガはこちら(第1章-①②③)
https://note.com/lush_plover1590/n/na2df6904b1b7
柳澤と凛は、研究室で宮田の手が空いたときを見計らって、それとなく会話に誘った。無難な話題のあと、佳奈へカードを渡していたことを、誰から聞いたとは言わずに伝えてみた。
「ああ、確かにカード渡しましたよ。そのとき、たまたま研究報告が一段落して、空いていて。たまに時間に余裕があるときには作ったりするんです。でも佳奈さんの誕生日に渡したつもりだったんだけど、僕、間違って覚えてて前日に渡しちゃったんですよね」
宮田が飄々と話すのを聞いて、柳澤と凛は拍子抜けした気分になっていた。
宮田は最近、外部機関と共同で取り組んでいるフィールドワークのデータ取得で忙しく、この日も早い時間に慌ただしく研究室を後にして外部機関に向かっていった。
*
先ほどの話を研究室の中で聞いていたであろう大槻が、共用ソファに深く沈みながら言った。
「そもそも宮田って、なんかズルくないっすか?」
「どうズルいんです?」
「だって、誠実そうに見せといて、結局誰にもハッキリしないんですよ。あいつ、女子みんなにやさしいじゃないすか。でも、あれ、絶対に計算していますよ」
「でも、見た感じだと自然体というか……」
「それがズルいって言ってんすよ」
大槻は、軽く笑いながらも、言葉に棘を含ませて続けた。
「俺が同じことやったら、チャラいとか八方美人、って言われますよ。でも宮田がやるとやさしいね、ってなる。なんか、ズルいっすよ、ああいうの」
その言葉に、柳澤はうなずきながら、静かに言った。
「確かに、宮田くんの態度には、誠実の演出が含まれている可能性があるね。ただし、無意識である可能性も高い。実際、相手の誕生日を正確に覚えていなかったりと、どこか抜けているところもある」
凛がぽつりとつぶやいた。
「……宮田くんって、中高の頃とかは全然目立たないタイプだったかもしれないですね。誰か一人にでも断られるのが怖いのかも」
柳澤は、少し目を細めてうなずいた。
「そうかもしれない。自分から選ばずに選ばせる……その無意識の振る舞いが、あの絶妙な曖昧さを生んでいるんだろうな」
「え、でも、無意識であんなことできるもんなんですか?」
大槻が首をかしげた。
「進化心理学的に言えば、戦略的曖昧さ、ってのは、選ばれる側になるための一種のサバイバル戦略なんだ。はっきり選ばずに、誰にでも平等に優しくしておけば、誰からも嫌われにくいし、チャンスを保ち続けられる。つまり、自分から断られるリスクを避けて選ばせる立場に回る、ってことだ」
柳澤が続ける。
「本人が無意識でもそれは、選ばれない苦しみから生まれた、かなり計算された戦略とも言える」
「選ばれない苦しみから、選ばせる立場に……」
「うん。『君を好き』と言うんじゃなくて、相手に『私のこと好きかも』と思わせるように振る舞う。告白しない。でも優しさや親身さをチラつかせる。そうすれば相手は勝手に希望を持つ。そして競争心が芽生える」
「……怖」
凛が苦笑いを浮かべた。
「でも実際、研究室の女子、みんな宮田くんに反応していますよね」
「そうなんだよ。しかも彼は誰にも手を出していないから、悪者にもなりにくい。だが特定の誰かが、自分だけが特別だ、と思ったとき話は違ってくる」
「佳奈さん、ですね」
「うん。誕生日に特別扱いされた、と感じた。だけど、あとになって、それが自分だけじゃなかった、と気づいてしまった。裏アカの『私だけじゃなかった』って言葉が、それを物語っている」
凛は小さく息を吐いた。
「選ばれていない、って思うより、選ばれたと思っていたのが勘違いだった、って方が、ショックは大きいですよね」
「そう。自分だけが特別だ、と信じた分だけ、その反動も大きい」
「誠実に見せかけた戦略的曖昧さか……。実際、女子の間でギクシャクしてたのって、多分、その辺が原因ですよね」
「うん。そして彼自身は、それにまったく気づいていないか、もしくは、気づいていても、それを問題だと思っていない。 彼自身に悪気はない。劇的な状況の変化がなければ、今後もしばらくは彼の立ち振る舞いは変わらないんだろうな」
しばらく黙って聞いていた大槻がつぶやいた。
「マジかよ。無意識って、一番タチ悪いやつじゃないすか」




