第1章-⑫ ~焚き火は燃え続ける~
第1章は全12話(①〜⑫)です。
マンガはこちら(第1章-①②③)
https://note.com/lush_plover1590/n/na2df6904b1b7
その晩。
大学事務当局から割り当てられた研究支援スペースで、柳澤は指定されたAIツールに入力していた。
今回のプロジェクトの対応記録は、クライアント企業のAIツールに保存しておくことを求められていた。
「本件は、戦略的曖昧さによって引き起こされたミクロな人間関係の混乱事例として非常に興味深い。対象個体(宮田)は、集団内の複数個体に対して一様な接触を行い、各自に選ばれている可能性を印象づけた。これにより、対象個体の価値は群内で上昇したものと推定される」
パチリ、とキーボードを叩く音。
「だが、結果として競争の副産物が生まれ、一部の個体(木下佳奈)に精神的負荷を与えた。別の個体(吉井)は、対象個体の社会的価値に対して不適応な対抗戦略を試みて失敗に終わったが、認識の刷新が起こった模様。他の別の個体(大槻)にも同様の変化が起こる兆しが見られた。観察終了。ログ記録」
AI《記録しました》
その直後。凛がふらりと室内に入ってきた。
「またログ、付けてたんですね?」
「まあ、定期報告が必須になっているからな」
「でも、最近、妙に〝モテ〟に関する用語が多くないです?」
「え……なに言ってるんだ?」
「AIに聞いてみましょう」
AI《過去一週間のキーフレーズ頻出率:『モテの観点で選ばれるとは何か』二十三回、『戦略的曖昧さ』十七回、『なぜ俺じゃダメなんだ』十二回》
「やっぱり」
凛がニヤニヤしている。
「いえ、いいんですよ。選ばせる戦略、って面白いですよね」
「お、おう……」
「で、柳澤さん。実践する気なんですか?」
「……は?おい、やめろ」
「はいはい、黙ってログ続けてください」
笑いながら退出する凛を見送り、柳澤はため息をついた。
「……まったく、観察しているつもりが、いつの間にか観察されている側になっている気がするな」
AI《ログ終了。お疲れさまでした》
柳澤はモニタを閉じ、小さくつぶやいた。
「人間ってやつは、進化しているのか、していないのか……ま、やっぱ、してねえってことなんだろうな」
焚き火の火は、三万年の時を経て、今もこうして小さな人間関係の中で燃え続けている。
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第1章 モテと嫉妬のミクロ戦争 ─好意のゆらぎ (了)




