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『魔王軍に追放された軍配者、外れスキル〈戦場俯瞰〉で辺境から異世界統一を始める』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第61話 商人は知らないふりが一番うまい

 商人というものは、物を売るより先に顔を売る。


 愛想のいい顔。

 損をしたように見せる顔。

 何も知らない顔。

 大事なことを知っているのに、たった今初めて聞いたように眉を上げる顔。


 その中でも一番厄介なのは、知らないふりをしている顔だ。


 本当に知らない者は、目が泳ぐ。

 知ろうとしている者は、質問が増える。

 だが、知っているのに知らないふりをする者は、余計な質問をしない。

 相手がどこまで知っているかを測りながら、ちょうどよく驚き、ちょうどよく笑い、ちょうどよく話を逸らす。


 サイラスは、まさにその手の男だった。


 昼過ぎ、フロストゲート砦の南門に、見慣れた荷車が現れた。


 大きな商隊ではない。

 頑丈な獣に引かせた小荷車一台。

 荷は塩、粗布、針、乾燥した薬草、それに簡単な金物。

 前よりも量は少ないが、種類は妙に揃っている。


 門番が声をかけるより早く、サイラスは帽子を取って軽く笑った。


「お邪魔します。今日は穏やかな商いだけです」


 ラグが門の横でぼそりと言う。


「その“穏やか”って言い方、毎回信用できねえんだよな」


 サイラスは耳ざとくそれを拾い、にこやかに返した。


「商いは穏やかな方が長続きしますよ」


「長続きする揉め事みたいな顔してるけどな」


「それは手厳しい」


 返しが速い。

 そして腹は立つが、声を荒げない。

 ラグは余計に不満そうな顔をした。


 レオルドは門の内側からそのやり取りを見ていた。


 サイラスはいつも通りに見える。

 だが荷の中身が、昨日南西の待ち場で見たものと重なりすぎていた。


 塩。

 針。

 薬草。

 小さな刃。

 そして紙。


 偶然で片づけるには、少し出来すぎている。


「中へ」


 レオルドが言うと、サイラスは笑みを深くした。


「ありがとうございます。今日も検めますか?」


「もちろんです」


「信頼が薄い」


「信頼と確認は別です」


「なるほど。いい言い方です」


 サイラスはそう言って、荷台を自分から開いた。


 見せる荷は綺麗だった。


 粗布はきちんと畳まれている。

 塩は湿気を避けるよう包まれ、針は小さな革袋にまとめられている。

 薬草も、使い物にならない屑ではなく、ちゃんと乾いていた。


 商人としての腕は確かだ。

 だからこそ厄介でもある。


 検めが終わると、レオルドはサイラスを小部屋へ案内した。


 同席するのは、アイザック、ミレナ、そしてレオルド。

 アイリスは呼ばなかった。

 壁際にいれば役に立つが、今日は商人の口の動きを見たい。部屋の圧は少ない方がいい。


 サイラスは椅子に腰を下ろすと、周囲を見回してから言った。


「今日は随分と静かですね」


 アイザックが無表情で返す。


「静かな方が話しやすいだろう」


「怖い方の静かさですが」


「よく言われる」


 サイラスは少し笑った。

 だが、目は笑っていない。


 レオルドは机の上に、布包みを一つ置いた。


 昨日、南西の待ち場で見た交換品をもとに、こちらで再現したものだ。

 塩の欠片。針。乾いた薬草。小さな刃。折った紙片。


 サイラスはそれを見た。


 見た瞬間、ほんの少しだけ目が止まった。


 だが、次の瞬間にはもう、何も知らない商人の顔になっていた。


「これは?」


「南西の細い線で見たものです」


「南西」


 サイラスは首を傾げた。


「砦の南西というと、崩れた道が多いですね。最近はあまり良い商いの場所ではありません」


「そうですか」


「ええ。荷車も入れませんし、獣も嫌がる。人が背負って入るには使えますが、商いとしては細すぎる」


 答えは自然だった。

 あまりにも自然で、逆に知っていることが分かる。


 レオルドは静かに訊いた。


「荷車が入れないことは知っているんですね」


 サイラスの笑みが、わずかに深くなる。


「商人ですから。道の良し悪しは知っておかないと」


「細い線で何が動くかも?」


「噂程度なら」


 アイザックが低く言った。


「便利な言葉だな、噂」


「商人は噂を買い、噂を売ります」


「その噂に塩や針も混ざるのか」


 サイラスは肩をすくめた。


「辺境では、塩も針も噂も、だいたい同じ荷台に乗りますよ」


 ミレナが少しだけ眉を寄せた。


「それ、便利すぎるわね」


「実際、便利です」


 サイラスは悪びれなかった。


 こういうところは、かえって信頼できる。

 彼は善人のふりはしない。

 ただ、知らないふりだけはうまい。


 レオルドは布包みの中の紙片を指で押さえた。


「南西の待ち場では、物だけでなく言葉も動いていました」


 サイラスは、今度は少しだけ沈黙した。


「……それは、見たのですか?」


「はい」


「なら、私が何を知らないふりしても無駄ですね」


「無駄とは言いません。どこから知らないふりをするか、見られます」


 サイラスはそこで初めて、声に出して笑った。


「軍配者殿、あなたは本当に商人泣かせだ」


「褒め言葉として受け取ります」


「ええ。半分は褒めています」


 アイザックが横から言う。


「残り半分は」


「迷惑です」


「正直だな」


「商人ですから」


 サイラスはそう言って、少しだけ姿勢を正した。


「では、こちらも少しだけ正直に。

南西の細い線に、物と紙片が動いていることは知っています」


 ミレナが低く言う。


「関わってるの?」


「直接には」


 その言い方に、アイザックの目が細くなる。


「また便利な言葉だ」


「ええ。便利です」


 サイラスは否定しない。


「私はあの線を作ったわけではありません。ですが、知らないわけでもない。

あそこを通る者が何を欲しがるか、何を嫌がるか、その程度は知っています」


「なら聞きましょう」


 レオルドは言った。


「あの線は、誰のものですか」


 サイラスは少しだけ考えた。


「誰のものでもありません」


「そういう答えですか」


「いえ、これが一番正確です」


 彼は机の上の布包みに視線を落とした。


「辺境の細い道は、持ち主を嫌います。

領主が旗を立てても、軍が見張りを置いても、商人が金を出しても、道そのものは誰のものにもなりません。

ただ、よく使う者がいるだけです」


 その言葉は、軽く聞き流すには重かった。


 レオルドはサイラスを見た。


「灰舌の網」


 その名を出した瞬間、サイラスの表情は変わらなかった。


 変わらなかったことが、答えだった。


「知っているんですね」


「呼び名としては」


「あなたたちはそう呼ぶ?」


「商人によります。私はあまり好きではありません」


「理由は」


「網というと、何か一つの意思で張られているように聞こえる」


 サイラスは指で机を軽く叩いた。


「実際にはもっと雑です。

運び屋がいて、流れ者がいて、密商いがいて、元兵がいて、道を知る老人がいて、時には村の子どもが聞いた話まで混ざる。

それを後から見た者が、“網みたいだ”と言っているだけです」


 ロトの話と一致する。


 通る者。

 置く者。

 読む者。

 戻る者。


 それは組織というより、役割の重なりだ。


 レオルドはさらに問う。


「南西の線は、こちらへ引き寄せられますか」


 サイラスはすぐには答えなかった。


 ミレナが少し身を乗り出す。


「何を迷ってるの」


「正直に言うか、商人らしく言うか」


「正直に」


「難しいです」


「商人らしくなら?」


「不可能ではありません」


 アイザックが小さく鼻を鳴らした。


「同じことを違う顔で言っただけだな」


「そういう商いもあります」


 サイラスは肩をすくめた。


「南西の線は、利で動きます。

ですが、利とは金だけではない。

安全、道、火、噂、荷を置ける場所。

そのどれかを継続して出せるなら、彼らはこちらへ寄る可能性があります」


「ロトと似たことを言いますね」


 レオルドが言うと、サイラスは一瞬だけ目を細めた。


「ロト」


「運び屋です」


「……なるほど」


 サイラスは、そこでようやく少しだけ苦い顔をした。


「捕まえましたか」


「保護しています」


 ミレナが横目でレオルドを見る。


「それ、かなり言い方が綺麗ね」


「必要なので」


「またそれ」


 サイラスは笑った。


「保護、ですか。ロト本人は嫌がっているでしょうね」


「知っているんですね」


「名前だけは。

彼は、嘘は下手ですが、黙るのは得意な運び屋です」


 これも一致する。


 サイラスは灰舌の網を知らないふりしていた。

 だが、ロトの性質まで知っている。


 つまり、表では小商い。

 裏では、かなり深く南西の線を見ている。


「では、サイラス」


 レオルドは声を少し落とした。


「あなたに頼みたいことがあります」


「嫌な予感しかしません」


「南西線との接触役を、あなたにお願いしたい」


 サイラスは顔の笑みを消した。


 部屋が一段、静かになる。


「それは、私に自分の商いの裏を差し出せと言っているのですか」


「違います」


「では?」


「あなたの商いを、こちらの火の近くへ寄せる提案です」


 サイラスは黙った。


 商人にとって、火の近くへ寄るとはどういう意味か。

 暖を取れる。

 飯にありつける。

 人が集まる。

 そして、見られる。


 利と危険が同じだけある。


「……随分と、商人の嫌がる言い方をしますね」


「嫌ですか」


「嫌です」


「でも、聞く価値はありますか」


 サイラスは少しだけ笑った。


「あります。そこが嫌です」


 アイザックが低く言う。


「こちらに何を求める」


「まずは安全」


 サイラスは即答した。


「南西線に関わる者を、いきなり捕縛しないこと。

荷を全部没収しないこと。

そして、話を持ってきた者を“敵の犬”として扱わないこと」


 ガルグがいたら噛みつきそうな内容だった。


 ミレナが静かに言う。


「それは、向こうがこちらを売らないなら、でしょう」


「もちろん」


 サイラスは頷く。


「南西の者たちは善人ではありません。

より高く買う相手がいれば、そちらへ流れる。

ですが、同時に、話が通じる相手なら商いを続けることもできる」


 レオルドは問う。


「あなたは、どちらへ流れたい?」


 サイラスは少し黙った。


 この問いには、いつもの軽さで返せない。

 そう判断したのだろう。


「私は、流れが太くなる方へ」


「つまり、今はどちらでもない」


「ええ」


 正直だった。


 サイラスは味方ではない。

 だが敵とも決められない。

 利のある方へ動く。

 その代わり、利を見せれば寄る。


 レオルドは頷いた。


「なら、こちらが太くします」


 サイラスが目を上げる。


「言い切りますね」


「そのために、ここまでやってきました」


「南西線まで取り込むつもりですか」


「取り込むというより、こちらの線と噛み合わせるつもりです」


 商人は長く黙った。


 そして、ゆっくりと息を吐く。


「あなた、商人より嫌な交渉をしますね」


「褒め言葉として受け取ります」


「これは褒めていますよ。半分以上」


「では、ありがとうございます」


 サイラスは椅子にもたれた。


「分かりました。接触の糸口は作ります。

ただし、南西の者たちは簡単には来ません。特に、例の小柄な運び手は警戒心が強い」


「知っているんですね」


「名前は出しません」


「特徴だけなら」


「小柄。足が速い。符号を覚えるのが早い。嘘が下手」


 完全に一致した。


 ミレナが小さく呟く。


「本当に知ってるのね」


 サイラスは苦笑した。


「知らないふりは得意ですが、ここまで見られていると限界があります」


「名前は」


 レオルドが問う。


 サイラスは少し迷ったあと、答えた。


「ネリア」


 初めて、名前が出た。


 レオルドはその名を静かに胸の内で繰り返す。


 ネリア。

 南西線の小柄な運び手。

 ロトが守りたかった線にいる者。

 サイラスも知る、灰舌の網の一端。


 ここから、南西線への接触が始まる。


 サイラスは立ち上がりながら言った。


「ただ、一つ忠告を」


「何でしょう」


「北寄りへ行った報せは、商人筋ではありません」


 部屋の空気が変わった。


「断言しますか」


「はい」


 サイラスの顔には、もう笑みがなかった。


「あれは軍の匂いです。

商人は、戻らない報せに金を払いません。

戻らず片道で済ませるのは、命令か、査定か、報告です」


 アイザックの顔が険しくなる。


「敵軍か、本営か」


「そこまでは」


 サイラスは帽子を手に取り、静かに続けた。


「ですが、どちらにせよ、北へ流れた言葉は近いうちに形になります。

その前に、南西を敵にしない方がいい」


 その言葉を残し、商人は小部屋を出ていった。


 残された三人は、しばらく黙っていた。


 ミレナが最初に口を開く。


「……商人って、本当に面倒ね」


「ええ」


 レオルドは頷いた。


「ですが、使えます」


「使うつもりなのね」


「使わなければ、向こうに使われます」


 アイザックが低く言う。


「南西は話す。北は見る」


「はい」


「次が忙しくなるな」


「かなり」


 今度は誰も笑わなかった。


 夜、レオルドは記録帳へこう書いた。


【第六十一日 所見】

・ サイラスは南西線と灰舌の網の存在を把握していた

・ 直接の主導者ではないが、関係者の性質まで知っている

・ 南西線は安全、道、火、利を示せばこちらへ寄る可能性あり

・ 小柄な運び手の名はネリア

・ サイラスは接触の糸口を作ることに同意

・ 北寄りへ行った報せは商人筋ではなく、軍の匂い


 最後に、一文。


【所感】

商人は知らないふりが一番うまい。

だが、知らないふりをやめた時、彼らは誰より正確に利の匂いを語る。

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