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『魔王軍に追放された軍配者、外れスキル〈戦場俯瞰〉で辺境から異世界統一を始める』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第32話 砦を守る者から、辺境を束ねる者へ

第三十二日の朝、フロストゲート砦の景色は、最初にここへ来た時と明らかに違っていた。


大きく変わったわけではない。

城壁が急に新しくなったわけでもない。

飯が豪華になったわけでもない。

兵が倍に増えたわけでもない。


それでも違う。


門前の荷車は、もう動線を潰していない。

東柵はまだ仮補強だが、以前のような“見ただけで抜けそうな柵”ではない。

西浅瀬には杭と音仕掛けがあり、見張りも“ただ立つ”だけではなくなった。

村側の火は散らず、旧中継小屋へ向かう荷も、ごくわずかだが定期的に動き始めている。


そして何より、人の目が変わった。


兵は“どうせ”より先に“次はどうする”を考えるようになり、村は“砦が守れなかった場所”ではなく“砦と一緒に持たせる場所”として動き始めている。

流民も、商人も、よそ者も、ここをただの死地とは見なくなった。


フロストゲート砦は、ようやく“生きた拠点”の入口に立ったのだ。


朝の内庭で、小さな作業がいくつも同時に進んでいた。


ドルゼンが中継小屋行きの板材を見て怒鳴る。

「そっちは長すぎる! 誰だこんな切り方したの!」

ラグが「最初に寸法言えよ!」と返しながらも、もう手は動いている。


セラは鍋の横で新しく来た流民の女へ火の扱いを教えている。

「そこ、焚き付けを詰めすぎると死ぬよ」

「火が?」

「鍋がだよ」


リドはベルトンと一緒に壁上から旧中継小屋の方角を確認し、昨日と違う影がないかを言葉にしている。

若い弓兵はもう、目の使い方を自分のものにし始めていた。


アイリスは訓練場の隅で槍兵二人の足運びを見て、短く言う。


「そこで踏み込むと戻れない」


ラグがそれを聞きつけ、離れたところから言う。


「また始まった」


だが、その声に前ほどの刺はない。

うるさいと思いながらも、役に立つのは分かっている声だ。


ミレナは村の帳面と砦の帳面を並べて、二つを同じ机で見ている。

もう“村のもの”と“砦のもの”を別々に置く意味が薄れ始めているのだろう。


そしてアイザックは、その全部を見ながら、以前より少しだけ肩の力を抜けるようになっていた。


レオルドは、その光景をしばらく黙って見ていた。


「何だ」


隣へ来た副官が言う。


「いえ」


レオルドは小さく首を振る。


「変わったなと」


アイザックも同じ方向を見た。


「そうだな」


「まだ足りませんが」


「十分足りてない」


「でも、最初の時とは違う」


副官は鼻を鳴らした。


「お前が来た時は、本当にひどかったからな」


「ええ」


「今もひどいが」


「かなり」


そのやり取りに、アイザックが小さく笑う。


「最近それを聞くと、逆に安心するのは何なんだろうな」


レオルドは少しだけ考え、それから言った。


「まだ、見えているからでは」


副官は数秒だけ黙り、そのあと静かに頷いた。


「そうかもな」


その日、南門には小商いの荷が一つ通り、旧中継小屋へ回す小さな板材も出た。

村からは若い男二人が中継小屋の掃除へ向かい、砦からは兵が一人護衛についた。

大げさな行軍ではない。

だが、こういう小さな往来の一つひとつが、この辺境に“流れ”を取り戻していく。


昼過ぎ、オルダがゆっくり歩いて内庭へ出てきた。


まだ体は弱っているが、目は前より生きていた。

老人は旧中継小屋の方角を見て、ぽつりと言う。


「昔の道みたいになってきたな」


レオルドがそちらを見る。


「まだ細いですが」


「細くてもいい。死んでない」


それは大きな言葉だった。


夕方、レオルドは一人で砦の上へ上がった。


そこからは、旧中継小屋へ向かう線が見える。

まだはっきりした街道ではない。

だが、人が通り、荷が動き、気配が往復する以上、もうそれは“死んだ道”ではない。


さらに遠くには、荒れた辺境が広がっている。


まだ敵がいる。

まだ本営もある。

まだ商人たちの思惑も流民の不安もある。

そして、今はまだフロストゲートの手が届かない場所もいくらでもある。


けれど。


ここまで来て、ようやくはっきり分かったこともある。


守るだけでは足りない。


守って持たせる。

持たせて繋ぐ。

繋いだ先を、今度は自分たちの側へ寄せていく。

そうしなければ、この辺境はまた簡単に痩せて死ぬ。


背後から、足音がした。


ミレナだった。


彼女は砦の上まで来ると、少し息を整えてから、レオルドの隣へ立つ。


「探したわ」


「何かありましたか」


「帳面の話じゃない」


それだけで、彼女がただ話しに来たのだと分かる。


しばらく二人で、外の景色を見た。


やがてミレナが言う。


「最初、あなたは嫌な人だと思った」


「今もそうかもしれません」


「そうね。今も少し嫌」


その言い方に、レオルドは少しだけ口元を緩めた。


「でも」


彼女は続ける。


「今は、“砦の軍配者”って感じじゃない」


「どういう」


ミレナは旧中継小屋、その先の線、さらに遠い街道を順に見た。


「辺境そのものを見てる」


レオルドはすぐには答えなかった。


その言葉は少し大きすぎる気もしたし、まだそこまで届いていない気もした。

だが同時に、今の自分がもう砦の壁の中だけでは物事を考えられなくなっているのも事実だった。


「そうなれたらいいと思っています」


やがて、そう答える。


ミレナは静かに頷いた。


「もう、なり始めてるわ」


その言葉が、妙に胸へ残った。


完全な肯定でも、軽い持ち上げでもない。

現実を見たうえでの、静かな評価だったからだろう。


その夜、レオルドは記録帳の新しい頁を開いた。


【第二章 終わり】

・砦は持ち直し始めた

・村と砦は線で結ばれ始めた

・旧中継小屋を得た

・人、物、噂が集まり始めた

・敵も本営も、もう無視しない


そして最後に、ゆっくり書く。


【所感】

次は、守るだけでは足りない。


蝋燭の火が揺れる。


フロストゲートは、もう死にかけの辺境砦ではない。

だが、まだ安泰でもない。

ここから先は、道と人と利害を束ねる戦いになる。


それは軍配者にとって、もっとも厄介で、もっとも面白い戦かもしれなかった。

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