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『魔王軍に追放された軍配者、外れスキル〈戦場俯瞰〉で辺境から異世界統一を始める』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第33話 勝った砦に、本営の使者がやって来る

勝った場所には、二種類の人間が寄ってくる。


一つは、生き延びたい者。

もう一つは、その勝ち方を気に入らない者だ。


フロストゲート砦に本営からの使者が来たのは、旧中継小屋がようやく“生きた線”として回り始めた頃だった。


朝は曇っていた。

空は低く、風は冷たい。

東柵ではドルゼンが相変わらず怒鳴り、南門ではラグが門番と一緒に荷の出入りを見ている。旧中継小屋へ向かう小さな荷も、村からの薪も、少しずつではあるが流れていた。


その流れを、まるで嫌うようなタイミングで、一騎の騎獣が南から現れた。


見張りがすぐに気づく。


「本営旗!」


その一声で、門前の空気がひやりと冷えた。


敵襲とは違う。

違うのに、兵たちの肩は同じくらい強張る。

それが、本営というものの厄介さだった。


騎獣に乗っていたのは、一人の男だった。


年の頃は三十代半ば。

髪はきっちり後ろへ流し、外套には西方方面軍の紋。鎧は実戦用というより、実戦を“見に来る”者の整い方をしている。土埃を嫌い、泥を踏むことに慣れていない靴。

そして何より、門前と東柵と荷車の位置を見た瞬間に、まず評価ではなく“粗探し”から始める目。


レオルドは南門の陰から、その男を一目見て理解した。


面倒だ。


男は門前で騎獣を止め、名乗った。


「西方方面軍監査補佐官、エドガル・フェイン。フロストゲート砦の現状確認、および本営への報告のため参った」


声はよく通る。

だが、その通り方自体が“自分はここを管理しに来た”という響きを持っていた。


アイザックが門の内側から出る。


「フロストゲート副官、アイザックだ」


「副官殿か」


エドガルは軽く目を細めた。


「ずいぶん辺境らしい顔をしている」


その一言に、ラグの眉がぴくりと動く。

だがアイザックは動じない。


「辺境なので」


「そういう意味ではないが」


「こちらにはそう聞こえた」


短い一撃だった。

門前にいた兵の何人かが、内心でだけ少し溜飲を下げたのが分かる。


レオルドはその場へ進み出た。


「軍配者、レオルド・ヴァーレンです」


エドガルの視線が、そこで初めてはっきり止まった。


「……ほう」


その一音に、侮りと、少しの興味が混じる。


「追放処分で北へ飛ばされた軍配者が、いまや辺境で名前つきの報に乗っていると聞いたが」


「報告は誇張されるものなので」


「謙遜か?」


「現場を見てもらった方が早いかと」


エドガルは口元だけで笑った。


「そう焦るな。私は仕事をしに来た。

順番に見ていく」


その“順番”という言葉が、妙に嫌な響きを持っていた。

現場の優先ではなく、中央の都合で決めた順番の匂いがする。


門は開かれた。

ただし大きくは開けない。

本営の使者であっても、それは変えない。


そのこと自体に、エドガルはすぐ気づいたらしい。


「警戒を解かないのか」


「誰に対しても同じです」


レオルドが答えると、使者はほんのわずかに眉を動かした。


「徹底しているな」


「死なないためには必要なので」


「辺境らしい答えだ」


その言い方は褒め言葉ではなかった。

だが、レオルドも褒められたがってはいない。


内庭へ通されたあと、エドガルはすぐに周囲を見始めた。


荷の流れ。

鍋の位置。

兵の立ち方。

倉庫の扉。

東柵の補強。

その視線はたしかに細かい。

だが、“どうすれば良くなるか”を見る目ではなく、“どこが規定から外れているか”を見る目だと、レオルドにはすぐ分かった。


ドルゼンがその視線に気づき、露骨に嫌そうな顔をする。


「何だ、あの顔」


小声でそう言ったドワーフ技師に、レオルドも同意した。


「かなり、ですね」


「かなりって何だ」


「面倒です」


「そりゃ見りゃ分かる」


案内はまず砦内から始まった。


エドガルは歩きながら、小さく、しかし確実に嫌な指摘を落としていく。


「兵舎の規格が揃っていない」

「配給帳の記法が粗い」

「旧中継小屋への物資移送が本営未許可で行われている可能性がある」

「村人と兵の作業領域が混在している」


そのどれも、文字の上では正しい。

だが現場では、それをそのまま適用すれば逆に人が死ぬ類の“正しさ”だった。


セラが鍋の前で、わざと聞こえるように言う。


「鍋の記法まで揃えろって言い出したら、私は匙で殴るよ」


ラグが小さく吹き出しそうになり、慌てて顔を逸らす。


エドガルはそれを聞き流した。

あるいは、本気で聞く価値のない現場の雑音だと思っているのかもしれない。


だからこそ厄介だった。


旧中継小屋の運用について説明が及んだ時、使者は露骨に表情を変えた。


「本営の正式な許可なく、辺境砦が外部拠点を押さえ、物資の中継まで始めた?」


「必要だったので」


アイザックが先に答える。


「必要?」


エドガルは冷たく言う。


「副官殿、それは現場の感想だ。

本営が把握していない線を勝手に増やすのは、統制の逸脱と取られても仕方がない」


「線がなければ死んでいた」


「それも感想だ」


その言い方に、内庭の空気がぴりりと張る。


アイザックの目が細くなる。

ラグが奥歯を噛んだ顔になる。

ミレナは村側から来た帳面を持ったまま、黙ってそのやり取りを見ている。


ここで怒鳴り返すのは簡単だ。

だが、それではこの男の土俵へ乗ることになる。


レオルドは一歩だけ前へ出た。


「では、感想ではなく事実を出します」


エドガルの視線が向く。


「どうぞ」


「旧中継小屋奪還前、フロストゲート周辺では敵側の小規模補給と監視が継続していました。

奪還後、それが一時的に途切れ、村と砦の往来時間は短縮、避難中継も一息つける形になった。

食糧損耗率、夜間見張り負担、村側の避難遅延――いずれも下がっています」


「数字は」


「整理済みです」


それを聞いたエドガルの顔に、ほんの少しだけ別種の興味が生じた。


ただの辺境の言い逃れではない。

数字と線で返してくると、少しだけ態度が変わる。


「見せてもらおう」


「もちろんです」


レオルドはそう言いながら、心の中で確信していた。


この男は敵より面倒かもしれない。

だが、壊す気で来ているわけではない。

“中央の正しさ”だけで現場を測ろうとしている。

だからこそ、崩すのではなく、噛み合わせをずらさなければならない。


その日の終わりに、レオルドは記録帳へ短く書いた。


【第三十三日 所見】

・本営使者エドガル来訪

・表向きは確認、実質は牽制

・現場の必要と中央の正しさが食い違う

・正面衝突ではなく、事実でずらすべき


最後に一文。


【所感】

敵より面倒な味方はいる。

だが面倒であることと、読めないことは同義ではない。

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