風が強く吹く日
いつもの屋上。
いつもの昼休み。
四人で過ごす、変わらない時間。
――のはずでした。
少し強く吹いた風が、
キャワの中にある記憶を揺らします。
何気ない日常の中にある、
小さな違和感と、その奥にある想い。
そんなお話です。
いつもの屋上
いつもの昼休み
風がやさしく吹き抜けるこの場所…
三人はいつものように座って、他愛もない話をしながらお昼ご飯を広げていた。
「はい、キャワ」
紙袋を軽く掲げる。
「今日もカレーパンあるから、降りておいで」
その言葉に――
塔屋の上にいた銀髪の少女の肩が、ぴくりと揺れた。
少しの間のあと。
トン。
軽い音を立てて、キャワが静かに降りてくる。
「……ありがとう」
輪の端に、ちょこんと加わる。
どこか嬉しそうに
「ミニエル、パンの持ち方が雑すぎる」
「えー!? ちゃんと持ってるもん!」
「ほら、もう粉こぼしてる」
「なおきのパン狙ってる人が言わないでくれる?」
「これは没収です」
「え!? なんで!?」
「管理不行き届き」
「横暴だ!!」
いつものやり取り。
いつもの空気。
その隣で――
「……ふふ」
キャワが、小さく笑っていた。
カレーパンを両手で大事に持ちながら、
目をきらきらさせて、三人の会話を追いかけている。
まるで。
その時間そのものを、味わうみたいに。
「キャワ、楽しい?」
「……うん。すごく」
素直な返事だった。
その時。
びゅうっ――
いつもより少し強い風が、屋上を吹き抜けた。
一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ。
キャワの表情が、強張った。
「……っ」
視線が遠くへ向く。
風の流れる先を、じっと見つめている。
さっきまでのきらきらした瞳が、わずかに揺れた。
「キャワ?」
「……あ」
はっとしたように瞬きをして、
すぐにいつもの柔らかい表情に戻る。
そして。
立ち上がった。
「私、行くね!」
「え?」
「どうしたの?」
「どこ行くの?」
三人の声が重なる。
キャワは少しだけ困ったように笑って、
編み込みにそっと触れた。
「……あ、うん。大丈夫」
一歩、後ろに下がる。
そして。
「ちょっと……一人になりたくて」
その声だけが、やけに静かだった。
風が、また吹く。
「……分かった」
なおきはそれ以上、引き止めなかった。
キャワは小さく頷いて、
ふわりととんで姿を消した
その背中を、三人は黙って見送った…
ーー
放課後。
「……気になるよね」
「気になる」
「めっちゃ気になる」
結局
なおき、エル、ミニエルの三人はもう一度、屋上へ戻ってきていた。
風は、昼より少し冷たい。
そして、屋上、
塔屋の上。
銀色の髪が、夕方の光に揺れていた。
「……何しにきたの?」
振り返らずに、キャワが言う。
「一人になりたいって言ったじゃん…」
静かな声。
でも――
「本当にそう思ってたらさぁ」
なおきは、少しだけ笑った。
「こんな分かりやすい場所にいないでしょ」
沈黙。
風の音だけが、通り過ぎる。
ゆっくりと、キャワが振り返る。
「……何よ、なおき」
少しだけ拗ねた声。
でも、その瞳はどこか揺れていた。
なおきは、いつもの距離で立ち止まる。
近すぎず
遠すぎず
「話したいこと、あるんでしょ」
「……」
エルとミニエルも、静かに隣に並ぶ。
逃げ道を塞ぐでもなく。
ただ、そこにいるだけ。
キャワはしばらく黙ってから――
編み込みに触れた。
くる、くる、と。
いつもの癖。
そして。
小さく息を吸う。
「私ね、」
夕焼けの光が、緋色の瞳に映り込む。
「風が強く吹くと……少しだけ、怖くなるの」
その言葉は、
とても静かで。
とても、重かった。
「昔ね――」
キャワの視線が、遠い空へ向く。
「大好きな場所があったの」
「いつも優しい風が吹く、高いところ」
「そこから、村が見えて……」
唇が、ほんの少しだけ震えた。
「お昼ご飯の時間になるとね」
「教会が管理してた孤児院の子供たちが、すごく賑やかで」
ふっと、笑う。
でもその笑顔は、どこか儚い。
「それを見るのが好きだったの」
「……でも、ある日」
風が、強く吹いた。
キャワの指が、ぎゅっと編み込みを握る。
「全部、いなくなっちゃった」
屋上に、静寂が落ちる。
「私が気づいた時には、もう……」
言葉が、途切れる。
「だからね」
ゆっくりと。
三人の方を見て。
「誰かとご飯を食べる時間が」
「すごく、好きで」
「すごく……怖い」
微笑んだ。
泣きそうな顔で。
「また、いなくなっちゃいそうで…」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回はキャワの「好き」と「怖い」が同時に存在している理由のお話でした。
誰かと過ごす時間が好きだからこそ、
失ってしまうことが怖い。
とてもシンプルだけど、すごく重たい感情だと思います。
三人は特別なことをしたわけじゃありません。
でもその“距離”が、きっとキャワにとっては大切なものなんだと思います。
次はキャワの核心へ続く話です!
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