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夕暮れが嫌いになれなかった理由…

なおきがずっと抱えてきた「疑問」。


どうして自分は、あの日――夕方、家の前に一人でいたのか。


どうして、夕焼けが嫌いなのに嫌いになれなかったのか。


そしてどうして、なおきの周りには時々《光》が集まるのか、母から引き継いだものとは…


エルとミニエルが、その理由に気づいてしまいました。




「私ね……思ったの」


しゃくりあげながらも、エルはまっすぐ僕を見ていた。


涙で濡れたその顔は、今にも壊れてしまいそうなのに。


不思議なくらい、愛情に満ちていた。


ミニエルが、そっとエルの膝へ乗る。


二人は手を重ねたまま、僕を見つめている。


どこか、覚悟を決めたような顔だった。


「なおき……自分は、お母さんに捨てられたんだって思ってるよね」


胸の奥が、きゅっと縮んだ。


触れてほしくなかった場所を。


けれど誰かに見つけてほしかった場所を、優しく撫でられた気がした。


「私ね……やっと分かったの」


エルが小さく息を吸う。


隣で、ミニエルも涙を拭わずに頷いた。


そして――


「捨てられてなんかないよ!」


二人の声が重なった。


強い声だった。


それなのに、ひどく震えていた。


「なおきを産んだことで、お母さんの精霊としての力は、きっとほとんど残らなかったんだと思う」


エルの瞳が、まっすぐ僕を捉える。


「だから、自分を責めないで。誰が悪かったわけでもないの。どうしようもなかったんだよ」


「……うん」


反射するように返事をした。


でも、その言葉は胸の奥まで届かなかった。


僕の中には、ずっと同じ言葉が住みついている。


ーー捨てられた子。


それはもう、名前のように僕へ貼りついていた。


「天使にも、いろいろいるの」


エルは涙を拭いながら、静かに続ける。


「私みたいに、長い時間を生きて、大きな力を持っている天使もいる。でも、生まれたばかりで、まだ力の弱い天使もいる」


一度、言葉を切る。


「なおきのお母さんは、きっと若い天使だったんだと思う」


その声は、どこか遠い景色を見つめていた。


「お父さんと出会って……私たちみたいに、たくさんの愛を知ったんだよ」


羨む響きではなかった。


ただ、二人が出会えたことを祝福するような声だった。


「そして、なおきが生まれた」


エルの唇が、小さく震える。


「お母さんは、なおきを産むために、たくさんの力を使った。きっと、少しずつ弱っていったんだと思う」


「その頃に……お父さんも亡くなってしまって」


ミニエルは、もう声を押し殺すこともできずに泣いていた。


「なおき……」


エルが僕の顔を覗き込む。


「間違いなく、なおきは愛されてたよ」


ミニエルも、何度も何度も頷く。


「絶対だよ……。絶対、愛されてた」


愛に満ちた部屋の中で。


二人の涙に囲まれて。


それでも母の愛を信じられない僕は、ひどい人間なのだろうか。


でも――


物心がついた頃から、僕はずっと「捨てられた子」だった。


親戚も。


近所の人も。


僕自身も、そう思っていた。


今さら簡単に、違ったのだとは思えない。


「……どうして、そんなことが分かるの?」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど幼かった。


エルは、ふっと笑った。


涙でぐしゃぐしゃなのに。


それでも、いつもの優しい笑顔だった。


「だって、何度三人で夕焼けの中を歩いたと思ってるの?」


「夕焼け……?」


胸の奥が、ざわりと揺れる。


ミニエルが身を乗り出した。


「夕日が沈む頃、なおきが外にいるとね、精霊たちがすごく賑やかになるの!」


「喜んでるの。なおきが来たって、みんなで騒いでるみたいに」


エルも静かに頷いた。


「夕暮れはね、天使が一日の力を手放す時間なの」


その声が、ゆっくりと胸に染み込んでいく。


「なおきのお母さんは、消えてしまう最後の瞬間に……残っていた力を、あなたへ渡したんだと思う」


心臓が、大きく鳴った。


「これから一人で生きていかなければならない、あなたを守るために」


息が、うまく吸えない。


遠い記憶の中で、夕焼けが揺れる。


赤く染まった空。


ひとりで歩いた帰り道。


僕の周りを、まとわりつくように飛んでいた小さな光。


ずっと、邪魔だと思っていた。


どうして僕の周りにだけ集まるのか、分からなかった。


「親戚の人たちは、本当のことを知らなかったんじゃないかな」


エルが、慎重に言葉を選ぶ。


「夕暮れの家の前に、ひとりでいたなおきを見つけた。お父さんも、お母さんもいなかった。だから……捨てられたんだって、そう思ってしまったのかもしれない」


「でもね」


エルが、僕の手を強く握った。


「全然、違うんだから」


その一言が。


胸の奥深くへ、静かに落ちた。


ぽたり、と。


凍りついていた何かが、ひび割れる音がした。


捨てられたんじゃない。


あの日。


僕は、ひとりにされたんじゃない。


最後の最後まで。


母は僕を守ろうとしてくれた。


「……お母、さん……」


声にした瞬間、もう堪えられなかった。


「わぁぁぁん……!」


ミニエルが最初に泣き声を上げた。


それにつられるようにエルも泣き、僕も二人へしがみついた。


涙も鼻水もぐちゃぐちゃで。


誰が誰を抱き締めているのかも分からなくなって。


それでも、もう離れたくなかった。


悲しいはずなのに。


胸の真ん中にあるのは、悲しみだけではなかった。


温かかった。


どうしようもないほど、温かかった。


捨てられた子じゃない。


僕は。


守られた子だった。


その言葉が、生まれて初めて胸の中に灯った。


二人の言葉に、ようやく心が追いついていく。


夕焼けが嫌いだったのに、どうしても嫌いになりきれなかった理由。


僕の周りで、光たちがいつも賑やかに踊っていた理由。


母の顔は、もう思い出せない。


声も。


温もりも。


何ひとつ、覚えてはいない。


それでも。


母が残してくれた光は、ずっと僕のそばにいた。


僕が知らなかっただけで。


僕は、ずっと愛されていた。


腕の中で泣くエルの背中に、そっと手を回す。


母のために泣いてくれた人。


僕よりも先に、僕の痛みを見つけてくれた人。


レミエル。


今度は僕が。


この二人を守りたいと思った。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


この話は、なおきが初めて「母の愛」を信じられた瞬間です。


ずっと《捨てられた子》だと思っていた彼が、実は《守られていた子》だったと知る場面でした。


夕暮れは、天使が力を手放す時間。


だからこそ、なおきの周りの精霊たちは夕焼けの時間になると賑やかだったのかもしれません。


次回は、いよいよ第一章のラストです。


三人の物語は、ここから…大きく動きます。


明日も20時10分に投稿しますね!

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