夕焼けの色
夕暮れの帰り道。
何気ない会話の中で、なおきは自分の昔のことを少しだけ話します。
ミニエルとエルにとって、それは初めて聞く、彼の大切な記憶でした。
一章クライマックス、最初のお話です。
三人はいつもの商店街へと続く道を歩いていた
夕暮れのオレンジ色の光が一行を包み込み、それはまるで、これから始まる長い夜を優しく照らしているかのようだった。
綺麗な夕暮れを見る時だけ、なおきが少し、ほんの少しだけ悲しい顔をするのを、ミニエルとエルは知っていた。
そしてエルも、それを見るたびに何かを考えるような顔をしていた。
ふと、なおきの足が止まる。
空を見上げるその横顔に浮かんだ、一瞬の翳り。
ミニエルもエルも、その些細な変化を見逃さなかった。
ミニエルが黙ってなおきの顔を見上げ、そっと彼のズボンの裾を引く。
「……なおき?どうしたの?悲しい顔してる……」
いつもはなおきをからかう側のエルが、珍しく真剣な眼差しで彼を見つめている。
繋いでいた手をそっと離し、一歩下がって彼の横顔を覗き込んだ。
「……また? 前にも見たわね、この顔。どうして教えてくれないの?
私達は、なおきのことが知りたいのに」
なおきは小さく息を吐いた。
「んー。」
「じゃ、聞いてくれる?」
少しだけ照れくさそうとは少し違う、でも少し笑いながら、続ける。
「僕さ、ミニエルとエルに出会ってから、今日みたいに手を繋いで見るこの夕陽が好きになったんだ。
でも、それまでは違ったんだよね‥
この夕陽、この色は――お母さんとのお別れの記憶と結びついてた」
断片的にしか覚えていない。
親戚の家に預けられる日、お母さんと手を繋いで見た景色。
あの日も、同じ色をしていた。
「……でもね、今は違う」
二人の手を握り直す。
「二人と並んで見るこの景色が、
僕にとって大切なものに上書きされていったんだ…」
その横顔は穏やかだった。
けれど、いつもの無邪気な笑顔とは少しだけ違う。
エルは気づいている。
堕天したとはいえ、元は天使。
人の心の揺らぎには、誰よりも敏い。
彼が無理に整えた声の奥にある、ほんの少しの寂しさを、痛いほど理解していた。
「……そう。……そうだったんだね」
ようやく絞り出した声は、いつもよりずっと静かで柔らかい。
彼女は迷いなく、なおきの手に自分のそれを重ねた。
反対側ではミニエルも、小さな手を重ねている。
両手から伝わる、二つの温もり。
「無理に忘れさせようなんて思わない。
でも……その記憶が、悲しいものだけじゃなくなるように、私たちは隣にいる」
「夕陽を好きって思えるように」
真っ直ぐな決意の言葉だった。
別に、ずっと引きずっていたわけじゃない。
恨んでいたわけでもない。
それでも――
二人に話した瞬間、胸の奥にあった小さな棘が、そっと溶けた気がした。
「ありがとう、二人とも」
そう言った瞬間、視界がじんわりと滲む。
それを隠すように、照れ隠しの勢いで――
なおきはミニエルの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜ、
エルのほっぺを両手で挟んでゴシゴシと擦った。
一瞬、二人の思考が停止する。
「ちょ、ちょっと、いきなり何するのよ!離しなさい、この……っ!」
頬を擦られ涙目になるエル。
抗議の声は摩擦で不明瞭だ。
「なんで私まで巻き込まれてんのよー」
それでも、彼の指先の体温に、胸がわずかにざわつく。
「きゃははは! なおき!!、くすぐったいよー!」
ミニエルは満更でもなさそうに笑い転げる。
「わ、わかった! ミニエルがお風呂掃除するから! だからやめてー!」
その言葉を聞いた瞬間、なおきはぱっと手を離した。
「よっしゃ!」
ガッツポーズを決め、勝利宣言のように笑いながら家へ駆け出す。
残された二人は、呆然と顔を見合わせた。
そしてエルとミニエルは夕焼けに手を差し伸べた‥
「あなた達も心配してくれるの?大丈夫、ちゃんと伝えてあげるから…」
――その時の僕は、まだ知らなかった。
この夕陽が、もう一度、忘れられない色になるなんて。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
なおきにとって夕焼けは、少しだけ特別な色でした。
けれど今は、ミニエルとエルと並んで見る景色が、少しずつその記憶を塗り替えていっています。
そして物語は、いよいよ一章のクライマックスへ。
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次からハンカチ必須ですよ!!
それでは、次のお話もよろしくお願いします。




