初めての誕生日
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回は、なおきの「誕生日」のお話です。
これまであまり語られてこなかった、なおきの過去や、三人の関係が少しだけ深まる回になっています。
静かで、でも少しだけあたたかい時間を楽しんでいただけたら嬉しいです。
【誕生日】
――夕方。
玄関のドアが開く音と一緒に、紙袋が小さく揺れた。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
ソファの上からぴょこんと顔を出したミニエルが、すぐに駆け寄る。
その後ろで、エルも静かに立ち上がった。
「……それは、何?」
なおきの手には、小さな包みや可愛い袋がいくつか抱えられていた。
お菓子の箱。ハンカチ。小さな手紙。
どれも、やさしい色の包装だった。
「ああ、これ?」
なおきは少しだけ照れたように笑う。
「学校の友達がくれたんだ」
「……どうして?」
ミニエルが首をかしげる。
なおきは、何気ない調子で言った。
「今日、誕生日なんだよ僕」
――沈黙。
ぴたりと、時間が止まった。
「……え?」
ミニエルの目が大きく見開かれる。
エルの瞳も、静かに揺れた。
「誕生日……?」
「うん」
「今日……?」
「うん」
空気が、ひどく静かになる。
ミニエルが一歩、なおきに詰め寄った。
「なんで言ってくれなかったの!?」
「え、いや……」
「誕生日だよ!? 大事な日だよね!?」
驚きと、焦りが混ざった声だった。
続くように、エルが口を開く。
「どうして、黙っていたの」
低く、震えた声。
「私たちは……何も準備できないでしょう?」
その言葉に、なおきは少しだけ困ったように笑う。
「いや、別に大した日じゃないし…」
「大した日です」
即答だった。
エルの声は真っ直ぐで、揺れていた。
「あなたが生まれた日」
一歩、近づく。
「それを、どうして私たちに言ってくれないの」
責めたいわけじゃない。
それでも、言葉は鋭くなってしまう。
なおきは、少しだけ視線を落とした。
「……分からなかったんだよ」
「え?」
「家族に、誕生日ってどう伝えるのか」
その一言に、二人の呼吸が止まる。
「プレゼントもらったのも、今日が初めてだし。
家族に祝われるって……正直、経験なくてさ」
乾いた笑いが、ぽつりと漏れる。
「だから、なんか言い出しにくくて」
ミニエルの手が、ぎゅっと握られる。
エルの胸の奥が、強く締めつけられた。
(私たちは――気づきもしなかった)
「……ごめんなさい」
小さく、エルが呟く。
「私……」
言葉が続かない。
誕生日を知らなかった事実に、自分を責める。
それなのに結果的に、誕生日の本人を責めてしまった。
その不甲斐なさが、何より許せなかった。
「少し出かけてくるね」
静かにそう言って、エルは部屋を出て行く。
「エル!?」
扉が閉まる音だけが、やけに大きく響いた。
――外は、すっかり暗くなっていた。
「……探そう」
なおきがぽつりと言う。
「うん!」
ミニエルは迷わず頷き、なおきの手をぎゅっと握った。
最初に向かったのは、公園。
夕陽が一番綺麗に見える、三人の思い出の場所。
けれど、いない。
次は、あのハンバーガーショップ。
ガラス越しに店内を覗くが、姿はない。
並木道。
いつも三人で歩く帰り道。
景色のいい川沿いの道。
「……いない」
ミニエルが小さく言った。
なおきは少し考えて、顔を上げる。
「……商店街」
「え?」
「思い出の場所」
二人は夜の道を急いだ。
商店街の外れ。
街灯の下で、エルがしゃがみ込んでいた。
数匹の猫に囲まれながら、優しく頭を撫でている。
「……エル」
その声に、肩がびくりと揺れた。
ゆっくり振り向いたエルの瞳は、涙で滲んでいた。
「……なおき」
ぽろり、と涙が落ちる。
「ごめんなさい……」
かすれた声。
「誕生日なのに……私……」
言葉が震える。
「なおきを……責めちゃった……」
猫がエルの膝にすり寄る。
まるで慰めるように。
「私たち、何も知らなくて……何も用意できなくて……」
唇を強く噛みしめる。
なおきは、ゆっくりと歩み寄る。
少しだけ苦笑して。
「……探した?」
エルが恐る恐る聞く。
間を置かず、なおきは答えた。
「探すでしょ」
「……え」
「どれだけ僕らの思い出の場所があると思ってんの?」
その言葉に、エルの瞳が大きく揺れる。
そして、ようやく気づいた。
なおきの手を――
ミニエルがしっかり握っていることに。
視線が合う。
なおきは、ミニエルに場所を聞いていない。
ミニエルは、にこりと笑って、こくんと頷いた。
「だって」
柔らかい声。
「お姉ちゃんが行きそうなところ、
なおきと一緒に全部探したもん」
その一言で、エルの涙が静かに溢れる。
「……私……」
震える声。
「誕生日の本人に、どうして言ってくれなかったのか、なんて……」
胸元をぎゅっと握る。
その時。
「……さ」
なおきが、静かに口を開いた。
「?」
「僕、凄く嬉しかったよ」
空気が止まる。
エルの呼吸が、ぴたりと止まった。
「え……?」
なおきは照れくさそうに笑う。
「こんな感じになっちゃったけどさ」
夜風が、三人の間をやさしく抜ける。
「僕の誕生日を知らないって、本気で責めてくれて」
エルの瞳が揺れる。
「大事な日だって、ちゃんと言ってくれて」
繋いだ手を、少し持ち上げる。
「ミニエルもさ。
きっとエルの居場所、分かってたんでしょ?」
ミニエルは小さく笑う。
「……うん、バレたか!」
「でも、一緒に探してくれた」
声が、少しだけ震える。
「一人じゃなくて、二人で」
一拍、置いて。
「こんな特別で、忘れられない誕生日ないよ」
静かに、でもはっきりと。
「今まで誕生日って、ただの一日だったから」
笑っているのに、どこか寂しさが混ざる。
「誰かに祝われるとか、
家族に何か言うとか、分かんなくてさ」
小さく息を吐く。
「だから、言い出せなかった」
でも、と。
二人をまっすぐ見て言った。
「今日は違う」
「怒ってくれて」
「一緒にいてくれて」
言葉を大切に重ねていく。
「それだけで、もう十分すぎるくらい」
そして、少し照れながら。
でも、心から。
「ありがとう」
その一言で。
エルの涙が、堰を切ったように溢れた。
「……なおき」
震える声で名前を呼び、ゆっくり立ち上がる。
「まだ、日付は変わってないよね」
夜空を見上げる。
そして、なおきをまっすぐ見て言った。
「今からしようよ」
一歩、前へ。
「なおきの誕生会」
迷いなく、はっきりと。
「私たちが、祝います」
「うん!全力で祝う!」
ミニエルが力強く頷き、なおきの手をぎゅっと握り直した。
「家族の誕生日だもん!」
なおきは少し目を丸くして、そして優しく笑う。
猫たちが、にゃあと鳴いた。
商店街の灯りの下で――
なおきにとって初めての「特別な誕生日」が、静かに始まろうとしていた。
「……何してくれるの?」
「……」
「誕生日って、何するの?」
「分かんない」
「僕も!」
「……帰ろっか!!」
「うん!!」
「うん!!」
なおきが真ん中で、三人で手を繋いで帰る夜道。
それは――
なおきにとって、人生で一番あたたかい誕生日だった。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
なおきにとって「誕生日」は、これまで特別な日ではありませんでした。でもエルとミニエルと出会ったことで、その一日が少しずつ意味を持ちはじめています。
三人にとっての「家族」という形が、これからどう変わっていくのかも楽しみにしていただけたら嬉しいです。
もしよろしければ、感想やブックマーク、評価などで応援していただけると嬉しいです
これからも三人の物語を、どうぞよろしくお願いします。




