第34話 飽和
知らない天井。木目やシミが、人の顔に見える。ハルは、だるい体で、横に寝返りをうつ。
(シン?)
ハルはシンの背中に目が行く。服をめくり、脇腹を見ているのだろうか、ふと見える表情が、とても辛そうに見える。
「…ハル。起きたか? どうだ? 体は辛くないか?」
シンは、見られていたことに気付き、ハルが横になる、ベッドに近づく。必死に誤魔化そうとしているが、その顔色は酷く悪い。
「………」
「ハル?」
「……シン。もう、いいよ。ついて来なくて」
「…え?」
シンは目を見開き、口が開く。その表情は、普段のシンからは考えられない。
「なに言って––」
「だって、辛そうだもん。それに––」
ハルは起き上がり、自分の手を見つめる。シンと比べて、細く、柔らかく、白い、綺麗な手を見て、やはりハルの表情は曇る。
「私のせいで、こんなにボロボロになって」
「関係ない、俺がしたいだけだ」
「罪滅ぼしのために?」
「……」
シンはハルの一言で、言葉が詰まる。心の何処かでは絶対にあったはずの、勇者と魔王の娘という関係性。それを必死に、無理矢理誤魔化して来たのだ。今になって、ハルの気持ちは飽和して、溢れ出した。
「シンは、私の父を殺した。その罪滅ぼしのために、私を利用してるんでしょ!?」
「そんな訳……」
シンは突然、喉を潰されたかの様な感覚を覚える。どんなに息を吸っても、声が出ない。この感覚は、“勇者”としての使命を授けられた時以来だった。
(違う。違うんだ。ハル、)
「……ほら、やっぱり。私も、本当は辛かったの。親の仇と旅をするのが」
そう言ってハルは、自分の荷物を持って、部屋のドアを開ける。その時に自分に生えた尻尾を見て、驚いていたが、シンに一瞥もせず、出て行った。
「……ハル、」
一人残されたシンは、ハルの心境を考えていた。親を殺した男との二人旅。どんなに頑張っても、辛くないはずが無かった。
シンは兎にも角にも、立ち上がろうとする。
「ゲホッ、ガハッ、はぁ、はぁ、」
シンは口を押さえて、異常な咳をする。手には、ネタネタとした感触が残る。その感触は、戦場で散々浴びてきている。
「はぁ、はぁ、本当に、マズいな」
シンは脇腹を確認する。その傷は、長年の戦いにより、決して消えることは無い。その黒ずんだ“跡”が、“勇者”に限界を教えた。




