107.この世界のエルフは雑に扱われる
「エルフ?何それ美味しいの?」
ん?アリサが初耳のような反応を示した。
いや、そこで死にかけてるパンツ一丁の男だよ。
こういう種族をエルフと呼ばないのか?
あと、多分美味くはない。
「シャチョー様、これは耳長族です。」
『単なる耳長族だな。』
それをエルフって呼ぶんじゃないのか?
何が違うのエルフと耳長族!
いや、今はそんな種族名を議論してる場合ではなかった。
急ぎ蘇生をしなければ。
この世界のエルフが、どんな人体構造をしているのかは判らない。
その為、前世の救命措置が有効なのか確証なんてない。
心臓の位置が右胸にある可能性もあるのだ。
だが、見た目は人間と同じような肉体をしているので、肉体構造は大きくは違わないだろうと想定し、人間と同様の救命措置をやってみる事にした。
どのみち放置すれば彼は死んでしまう。
ならばやれる事をやってみる他に選択肢はない。
『クルティナ君、彼の脈は?』
『知らん。亜人族の身体など調べたくもない。』
ここに来て非協力的!
君がこのエルフを見付けたんだろ!
もう少し責任感を持って欲しい。
『リティア君、脈拍を測れるか?』
「血圧計を出せば良いですか?」
脈拍って言ってるだろ!何で血圧計をチョイスした!
そして器具に頼らなくても脈は測れるだろ!
『アリサ、脈を測ってくれ。』
『脈って何?美味しいの?』
駄目だ、全員使えない!
致命的に医療知識に乏しいぞこのメンバー。
私は知識があっても、木なので測れない。
『ではリティア君、心臓マッサージだ。』
「え?心臓を直接揉むのですか?」
誰が直接心臓を握れと!なんでそんなエグい発想になる!?
開胸手術しないと出来ない心臓マッサージってハードル高過ぎだろ!
それに君がやるとマッサージどころか握り潰しそうだよ!
トドメを刺してどうする!
『では人口呼吸を!』
と言って気付く。
人工呼吸、マウス トゥ マウス・・。
私・・・そもそも口がない。
アリサ・・・サイズが合わない
リティア君・・・クルティナ君が許さない。
クルティナ君・・・姿がない
ヤダ、このメンバー、
致命的に人命救助に向いていない!
今更気付いたが、使えないなこのメンバー。
ツイてないぞこのエルフ。
しかし消え行く炎は待ってはくれない。
何か出来ることをしなければ。
こうなれば魔法頼りだ。
取り合えず電気ショックでも与えてみよう。
光魔法Lv2スタンヴォルト発動
電撃でAEDを代用。バチンと痛烈な電撃がエルフの身体を貫く。
一発目、反応無し。
『リティア君、彼の左胸辺りを押し込むように踏んでくれるか?』
「はい。踏むのは得意です。」
あー、踏んでたね、君のファンを。
取り敢えず心臓マッサージはリティア君に心臓辺りを踏んで貰って代用。
『決して骨を折ってはいけないよ。心臓が外圧で少し潰れる程度だ。それを0.5秒間隔で頼む。』
「はい。」
リティア君は言われた通りに実行出来ていた。
やれば出来るじゃないか。
「でも難しいですね。やはり直接揉んだ方が・・」
『胸に風穴を空けたら生き返る者も確実に死ぬだろ。』
ダイレクト心臓マッサージを推奨するリティア君。
心臓マッサージ(足踏み式)をしながら物騒な事を提案するリティア君。
「いえ、胸の空間を拡張して開き、心臓を直接掴めるようにします。」
『そちらの方が難易度高くはないかね?』
大人しく踏んでいてくれたまえ。
取り敢えず心臓マッサージはこの程度でいいか。
ではもう一度、即席AEDだ。
『リティア君離れて、スタンヴォルト(強)』
何だか死体に鞭打ってるみたいで申し訳ないが、脈も測れない、人口呼吸も出来ない私達に出来ることはこれしかないのだ。
「げぼっ!」
水を吐いた!?奇跡か?
こんな雑な蘇生法で蘇生したぞ。
「ゲホッゲホッ!ハァハァハァ!」
呼吸を取り戻した。
何とかなりそうだな。
「なんか生き返った感じ?」
「耳長族のくせにしぶといですね。」
『こんな雑な処置で復活するとは、運の良い奴だ。』
せっかく尊き人命が救われたのに、なんか皆コメントが辛辣なのだが、耳長族ってこの世界では嫌われてるのか?
『よしアリサ、焚き火の準備だ。火の横に寝かせてしばらく様子を見よう。』
体温が下がっているだろうから、火を熾こして安静にさせる事にした。
◆
エルフの男が動けるようになったのはニ時間後だった。
今は近くにあった彼の家の中に案内されて、お茶を飲みながら談話出来るまでに回復した。
「本当にありがとう。命拾いしたよ。ハハハ」
爽やかに笑いながらお礼を述べるイケメンエルフ。
問題のパンツ一丁状態は解消され、ちゃんと服を身に着けている。
テーブルを挟んで目の前にいるのはアリサとリティア君のみ。
彼からすると、妖精2体に助けられたと思っているだろうが、実際は私とクルティナ君の活躍があっての命だ。
特に発見者であるクルティナ君には感謝しなさい。
具体的には神に感謝の祈りを捧げればOK。
「何であんな所で溺れたの?」
アリサが疑問を投げ掛ける。
彼の家は湖畔から森に少し入った所にあった。
つまり彼は、家の前にある見知った湖で溺れていたのだ。
洗濯や水浴びなら浅い岸でやればいいし、流れは無いので流されて溺れた筈もなく、何故わざわざあんな深い場所まで行ったのか分からない。
「いや、ハハハ、ちょっとクスリがキマッちゃってね。お恥ずかしい。」
何だコイツは、ヤク中か?
「何だか気持ち良くて、暑くなって、無性に泳ぎたくなったって記憶まであるんだけど、そこから覚えてないんだよね。アハハハハ。」
あー、それでパンツ一丁だったのか。
森に脱ぎ散らかされた服が落ちてた理由が判明した。
「薬?アンタ医者か何かなの?」
アリサいいぞ、的確な質問だ。
「僕かい?僕はここで様々な薬の研究をしている・・んー、研究者って言った方が良いのかな?」
「自分で自分の事判んないの?」
哲学的な質問だな。
その問いかけに正しく厳密に答えられる人なんて居ないと思うぞ。
「まー、色々と呼ばれるからね。学者とか、薬師とか、医者や先生、変わり者、奇人変人、ほら色々だろ?」
「変わってるって事だけよく判ったんだけど・・。」
「アハハハハ、それは否定できないかなー」
「やっぱ耳長族って変わり者が多いよねー。」
よく笑うヤツだ。
しかし薬師か。
確かにこのリビングなのか研究室なのか判らない、雑多な部屋を見れば頷ける。
何やら怪しい様々な物が浸かったガラス瓶が、棚の上にズラリと並んだ光景は壮観だ。
何より私も見たことがある物が幾つか浸かっているのが、その実力を如実に物語っていた。
湖に飛び込んだのも、効果の検証をする為に自分で試して思いの外効き過ぎた的なオチだろう。
一人で研究しているから、実証試験の被験体が自分しかいないのだ。
どうやら彼は薬バカみたいだな。
だが、コイツは使えるかもしれない。
そこで取り敢えず声をかける。
『まず、君の名前を教えてくれないか?』
私は思惑あって正体を明かすことにした。
今後旅に出る時は、ちょくちょく正体バラしてしまう予定だったので構わないと思っている。
一年間眠ってたお陰でスキルポイントもあるから、いざとなれば転身で逃げられるからね。
「え?何だこの声?もしかして、そっちの超美人な娘ってこんな野太い声してたの?ショック!」
おっと失敗したな。
彼にはこの場所で会話できる存在は、妖精2体しか認識されていないのだったな。
リティア君はこれまで一言も発していなかったから、まさかの勘違いされた。
『このクソザコ耳長族が!リティア様を侮辱したな。存在を抹消してやる!』
「ヒィぃ、また声が!?こっちは怖い!」
クルティナ君、怒りで神託通話を切り忘れてるよ?
あと神託を脅しに使うのはやめたまえ。
事実が知れたら一般人にとってはシャレにならない。
『驚かせて済まない。私はこちらの鉢植えの木だよ。』
「木?木が言葉を話すと?ハハハ、面白い冗談を言うねそちらの美人さんは。」
信じてない。
でも無理はない。
私だって常識と照らし合わせれば、木は喋らないと思うからね。
『リティア君、説明できるかね?』
「はい、お任せ下さいシャチョー様。」
うん、君に全面的なお任せは出来ないけど、取り急ぎ任せてみるよ。
「耳長族の分際で、敬愛するシャチョー様を煩わせるとは滑稽です。身の程をわきま・・」
『もう良いよ、ありがとうリティア君。ご苦労だったね。』
「恭悦至極ですシャチョー様。」
やっぱり任せられなかった!
あれ以上言わせると面倒事になりそうだったので遠慮頂いた。
リティア君はやりきった感満載のドヤ顔だけど、現実は途中退場だからね?
私を煩わせているのは彼じゃなくて主に君だからね。
現実は残酷だよ。
ある意味期待を裏切らない、ブレなさ加減に感謝の気持ちすら芽生える。
それがリティア君クオリティ。
本当にありがとうリティア君。
もう十分だ。
「は?え?声が二種類?」
『太い声の方が私、鉢植えの方だ。女性の声が妖精のリティア君だ。』
リティア君の声を聴かせれば、太い声が妖精から発したものではないと認知出来るだろう。
まずはそれで十分。
「本当に植物が会話を?」
『そうだ。枝の一つを振るから確かめたまえ。』
私はそう伝えて枝をフリフリした。
それを見て驚き戸惑うイケメンエルフ。
「なんて事だ。こんなトレントがいるのか。」
おっと、トレントとは木の魔物だな。
興味がある。
『トレントとは木の魔物かね?』
「うん、魔力を豊富に含んだ素材が採れる、貴重な植物系魔物だよ。」
おお、私と同じ特性ではないか。
『そのトレントは喋らないのか?』
「少なくとも意志疎通が出来たことはないよ。」
なるほど、それが普通なのだろう。
『そうか、私も私以外に会話が出来る植物とは出会ったことがない。』
「それが普通と思うけどねー。」
ふむふむ、いいぞ。彼は常識力が高い。
この出会いは極めて有用だ。
もっと彼と会話して常識を深めたいな。
私の身の回りには、常識力がゴミなヤツしかいないからな。
「オジサン、今失礼な事考えてたでしょ?」
いつも思うが、何故君は判るのかね?
「シャチョー様は思念通話の使い過ぎで、思考が微妙に漏れてる事に気付いていません。そこが可愛くて魅力的です!」
な ・ ん ・ だ ・ と ?
『自分こそ一番常識がないと自覚していない滑稽な存在だと、周りから見られている自称常識的思考の持ち主。ぷっ。』
イラッ
『常識の無さは自覚はしているが、君達よりマシとは確信しているぞ。』
「オジサンがそれ言う?ウケるぅ。」
「シャチョー様、常識とは普遍的一般的大衆的な存在から発露するものです。シャチョー様のような特殊な存在が常識は語れないと思いますよ?」
『貴様の前世風に言うなら、草不可避だなw』
常識がとことん無い連中から常識マウント取られるとは思っていなかった。
しかし世はこれをどんぐりの背比べと言うのだろうな。
これに反論するとドツボにハマりそうなので、ここは私が大人にならなくては。
『すまない、内輪の会話に付き合わせてしまったね。常識がなくて申し訳ない。』
「いや、うん、気にしなくて良いよ。あははは」
『とにかく私達は常識に疎くてね。そのトレントという魔物はこの辺りにも居るのか?』
私、その木が気になります。
「ああ、むしろトレントが居たから、ここに住んでるんだ。」
ほぅ、興味深い理由だ。
『それはまた何故?危険ではないのか?』
「一応魔物だから、危険はあるんだけど、トレントってのは正体が判れば、僕みたいな研究者には凄く助かる魔物なのさ。」
その説明をお願いしたら気前よく教えてくれた。
トレントは見た目は普通の樹木と変わらないらしい。
そして普段は休眠状態でじっとしてるので、刺激しなければ危険はないそうだ。
だが、枝を折ったり、ぶつかったりして刺激を加えると身を守る為に攻撃してくる。
巻き付いて魔力や生命力を吸い取って、自分の養分にしてしまう。
なるほど、おそらくは吸収スキル持ちなのだな。
その為トレントの木の下には、大抵動物や人間の干からびた死体があるので、それを見たら「あ、この木はトレントか」と判別出来る。
そしてトレントはその場から動けないので、遠距離から攻撃すれば魔力を豊富に含んだ枝や葉や実を落とし、暫くすると警戒を解いて大人しくなるので、その隙に落ちた物を拾いに行けば、安全に素材を入手出来るそうだ。
この対処法を知っていると、トレントは貴重な素材畑みたいなものとなり、楽して稼げる金のなる木と化すそうだ。
『貴重な情報をありがとう。良かったのかね?』
「命の恩人だからね。それより僕はアナタの方が気になるよ。」
だろうね。
『私は妖木という種類らしい。私自身、自分が何者なのか判っていなくてね。そこの妖精のアリサが、以前に喋る木に会った事があるみたいだが、忘れてしまったようで手掛かりは無い状態だ。』
「妖精と共に行動する木なんて、聞いたこと無かったよ。」
木が動いて喋るなんて非常識だからね。
『私はシャチョーと呼ばれている。君の名前は?』
「僕はシミル。」
シミル君か。やっと自己紹介に入ったな。
『それからこちらの妖精族二人は・・』
「アタシはアリサよ。」
「シャチョー様の妻、リティアです。」
しれっと余計な属性を付けるんじゃない。
混乱させるだけではないか。
『リティア君は真顔で冗談を言うので気を付けてくれ。』
「わ、分かったよ。面白い娘だね。あははは。」
面白いで済めば苦労はしてない。
冗談みたいな本気なので、シャレにならないのだ。
「あれ?あともう一人いなかったかな?」
『そっちはスルーで頼みたい。』
クルティナ君は特殊過ぎるので紹介はしないでおきたい。
「妖精族とは珍しいね。久し振りに見たよ。」
『会ったことがあるのかね?』
「いや、飛んでるのを見たことあるって感じかな。確か蜂に追いかけ回されてた。」
それ多分アリサ!
『私達はランクシャーを拠点にしている。良かったら行ってみると良い。』
「ランクシャーか、遠いなー。でも面白そうだ。」
シミル君は窓の外を眺める。
深い森しか写ってはいないが、その瞳の奥にはまだ見ぬランクシャーの町並みが想像させているのかもしれない。
『ところで、シミル君は濃度の濃い薬品を薄める方法を知ってるかな?』
私は今一番聞きたいことを確認した。




