お嬢様はアーモンドの木を前に、にっこり微笑む
ソレーユの実家より、アーモンドの木が五十本ほど寄贈される。植える作業員も手配するという、至れり尽くせりなものだった。
火災で燃えてしまった木々があった場所に、植えられる。
リュシアンはキラキラした瞳で、植えられていくアーモンドの木を見つめていた。
「アン、嬉しそうだな」
「はい! 王の菜園でアーモンドが収穫できるのが嬉しいですし、アーモンドの花も楽しみで」
「アーモンドの花? 見たことないな」
「春になると、薄紅色の綺麗な花を咲かせるのですよ」
リュシアンの故郷であるフォートリエ子爵領では、春になるとアーモンド畑の周囲で花見が開催される。菓子や料理、茶や酒を持ち込んで、花を眺めながら楽しむのだ。
「お茶を飲んでいるときに、カップに花びらが落ちてくることがあるのですが、それを飲むと、願いが叶うと言われているんです」
「面白い、いわれがあるんだな」
「はい!」
「春になったら、皆でアーモンドの花を眺めよう」
リュシアンはコンスタンタンの言葉に、笑顔で頷いた。
昼からソレーユの実家である、デュヴィヴィエ公爵邸に向かった。アーモンドの木の礼を言いに行くのだ。
デュヴィヴィエ公爵と面会するため、グレゴワールも同行する。
正装し、馬車に乗り込んだグレゴワールは、ソワソワと落ち着かない様子を見せていた。
「うう……デュヴィヴィエ公爵と会うなんて、緊張する!」
「父上、相手が誰であろうと、物怖じしてはいけません。失礼になります」
「コンスタンタンは王太子殿下の護衛騎士をしていたから慣れているだろうが、私はまったく、これっぽっちも慣れていないのだよ」
グレゴワールは真剣な表情で、リュシアンに「コンスタンタンは本当の息子ではないのかもしれない……私よりも、遙かに肝が据わっている」とぼやいている。
「その、面白くない冗談を、デュヴィヴィエ公爵の前で言わないでくださいね」
「酷いな……。もう、なんだったら、コンスタンタンがアランブール伯爵として面会してくれ」
「父上は、なんと名乗るのですか?」
「従者のおじさん」
「そんなバカなことを言って、バレたらただでは済みませんよ!」
コンスタンタンに怒られ、グレゴワールはシュンとする。
リュシアンは我慢できずに、笑ってしまった。
「ふふ……おかしい……! あ、その、ご、ごめんなさい」
コンスタンタンはハッとなり、グレゴワールはパッと表情が明るくなる。
「おい、コンスタンタン。リュシアンさんにウケたぞ! よかったな!」
「父上が笑われているんですよ」
「そうか、そうか! なんか、勇気と自信がでてきたぞ」
「お願いですから、従者のフリだけは止めてくださいね」
「だめか!?」
「絶対に、だめです!」
コンスタンタンはリュシアンには甘く、優しいが、グレゴワールには厳しい。その様子はどこか笑えるものだ。
きっと、グレゴワールはわざと、おどけているのだろう。出発前は皆、緊張していた。デュヴィヴィエ公爵は、厳格な人物だと聞く。粗相をしたら大変な事態になるのではと、ハラハラしていた。
キンと張り詰めた空気が流れていたが、今はどこか和やかな空気となっている。
リュシアンは心の中で、グレゴワールに感謝した。
馬車は石畳の街を走り、貴族の邸宅がある道を通り過ぎていく。
「ああ、もうすぐ到着してしまう……!」
「父上、大丈夫ですよ。王太子殿下に面会するわけではありませんから」
コンスタンタンはそう言ってグレゴワールを励ましていたが、思いがけない事態となる。 デュヴィヴィエ公爵家の居間に、王太子が笑顔で座っていたのだ。
「アランブール伯爵、久しぶりだね」
「お、おおおおお、王太子殿下!?」
コンスタンタンは天井を仰ぎ、リュシアンは口元を押さえる。
ソレーユは額を押さえ、うんざりと呟いた。
「やっぱり、こうなるわよね」
王太子の訪問は急なものだったらしい。相談事があって、やってきたのだという。
「ちょうど、王の菜園に絡む件だったんだ」
ここでようやく、デュヴィヴィエ公爵が一行に椅子を勧めた。グレゴワールは額に汗を浮かべ、長椅子に腰かける。
ソレーユがひとりひとり、デュヴィヴィエ公爵に紹介していた。
「お父様、こちらが、アランブール伯爵。お隣が、ご子息のアランブール卿、そして、その隣にいらっしゃるのが、フォートリエ子爵令嬢であり、わたくしの大親友であるリュシアンさんです」
デュヴィヴィエ公爵は握手を交わし、歓迎してくれた。
「アランブール卿とフォートリエ子爵令嬢には、娘がずいぶんと世話になったようで。心から、感謝している」
「もったいないお言葉でございます」
コンスタンタンの応対は完璧だ。グレゴワールも、馬車の中で戦々恐々としていたが、今は堂々としている。やはり、リュシアンやコンスタンタンの緊張を和らげるために、あんなことを言っていたのだろう。
紹介と挨拶が終わり寄贈されたアーモンドの木への、感謝の気持ちを告げる。
「ふむ。喜んでもらえたようで、何よりだ」
「春になると、美しい花を咲かせるようなので、見にいらしてください」
そうコンスタンタンが返すと、デュヴィヴィエ公爵は「ぜひ、お邪魔しよう」と返した。
「お父様、先ほどのは、社交辞令ですからね。本当にお父様が参加したら、皆緊張して、花見どころではなくなるわ」
ソレーユは辛辣に言う。デュヴィヴィエ公爵は切なげな表情を浮かべていた。
どこの家の子も、親には厳しいのだと、リュシアンはしみじみ思ってしまった。
会話が途切れたタイミングで、王太子が発言する。
「そろそろ、話してもいいだろうか?」
「ええ、どうぞ」
ソレーユが許可を出す。デュヴィヴィエ公爵は「お前がこの場を仕切るな」と言ったが、気にも留めていない様子だった。さすが、未来の王妃である。
王太子は真面目な様子で、問いかけた。
「王の菜園についてなんだが、運営を、ソレーユに任せてみようと思っているのだが、どう思う?」




