堅物騎士は、ど根性令嬢と再会する
事件から一ヶ月が経った。王の菜園の畑は農業従事者の手によって耕され、種が蒔かれる。すでに、芽吹いている野菜もある。
まさかこんなにも早く、緑が戻ってくるとは。コンスタンタンは驚きを隠せないでいる。
生命の力は強い。それは植物だけでなく、人もそうだった。
皆、王の菜園が炎の中に呑み込まれたことに衝撃を受けていたようだが、立ち直りも早かった。
一刻も早く国王に野菜が献上できるよう、せっせと働いていた。
ただ、野菜が芽を覗かせているのはまだ一部で、大半は真っ黒だ。眺めていると、コンスタンタンの胸は痛む。
王の菜園の被害は、冬野菜のみ。果樹や温室の野菜は無事だった。資金を出し、修復する部分はないに等しい。
よって国からの支援は、同じく焼けた下町に向けられていた。
「――でも、それって不平等よね。王の菜園も、大変な火災に呑み込まれたのに」
そう訴えるのは、ソレーユだった。つい先日まで、彼女は家を失った下町の者達が身を寄せる施設で、働いていたらしい。
現在は仮設住宅が完成し、世話をしなくてもよくなったので、王の菜園に顔を出すことが叶ったのだ。
リュシアンはソレーユをもてなすために、菓子を焼いた。タルト生地を使ったリンゴのケーキである。
「んんー! やっぱり、リュシアンさんのお菓子はおいしいわ」
「そうおっしゃっていただけると、作った甲斐がありますわ」
「本当に嬉しい。この味が、恋しかったのよね」
ソレーユは頬に手を当て、はあと熱いため息をつく。
「それにしても、なんだかソレーユさんと長い期間会っていない気がして、不思議な気分です」
ソレーユと別れていた期間は短いが、王の菜園で侍女をしていたときとは、すっかり顔つきが変わっている。貫禄が付いていたのだ。
下町の復興支援をするなかで、いろいろあったのだろう。
「支援活動を続けるのは、大変だったでしょう?」
「ええ、そうね。正直に言ったら、辛いことばかりだったわ」
貴族に対する下町の者達の態度は、辛辣で冷たかった。それは、コンスタンタンやリュシアンも経験している。
石を投げられ、罵倒され、思い返しただけでも胸が痛んだ。
「下町の人達に、偽善だと糾弾されるのは、まあ、なんとか耐えられたわ。でも、今までお付き合いをしていた人や、仲がよかった人達に言われるのは、辛かったわね」
「なぜ、そのようなことが?」
「王妃に指名されたからでしょうね。はっきり言ってしまえば、妬みよ」
王妃になりたいがために、先頭に立って慈善活動をしていると、陰口を叩かれていたようだ。
「慈善をもっとも行った女性が王妃に指名されるのであれば、実際にやってほしかったわ。現場は、一人でも多くの支援者を必要としていたから。とてもじゃないけれど、偽善したいという気持ちだけでは、やっていけない環境だったし」
下町の者達に解放された施設の中には、鼠が走り回り、糞が辺りに散らかっているという、劣悪な環境もあったらしい。
支援品が盗まれたり、金品を奪おうと襲われたりと、治安もかなり悪くなっていたのだとか。
「何もかもが最悪で、どうしても王妃をしたいという人に、代わって欲しいくらいだったわ」
けれど、ソレーユは逃げ出さなかった。
毎日炊き出しを行い、洗濯もして、親が亡くなった子どもたちを励まし続けた。
支援を続けようと奮闘し続けた理由は、ただ一つ。
明日は我が身という思いからだという。
「いつ、貴族社会が崩れるか、わからないでしょう? そのときのために、下町の人に恩を売っておこうと思って。それに、何もかも失ったときに、どうやって料理を作ればいいのか、洗濯をすればいいのか、たらい一つでお風呂に入ればいいのか、学ぶこともできた。今回の経験は、私の中で大きな財産になったと思っているの。これらの活動を表わす言葉が偽善と呼ぶのであれば、偽善はすばらしいものだと、胸を張って言えるわ」
そう言い切ったソレーユに、コンスタンタンとリュシアンは揃って目を丸くする。
なんて強かな女性なのだろうか。その心意気は、称賛に値するだろう。
「偽善バザーも、何回かしたのよ。不要になったドレスをばらして、布やリボン、レースを売ったり、刺繍をしたハンカチを売ったり。でも、高値は付けられなかったから、そんなにお金は集まらなかったのよね」
ここでようやく、ソレーユは本題に入れると言う。
「私が今日やってきたのは、王の菜園の復興事業をしたかったからなの」
「ソレーユさん……!」
リュシアンは感極まって、口元を手で押さえる。瞳は、涙ぐんでいるように見えた。
「お忙しいのに、王の菜園について考えてくださっていたなんて」
「当たり前よ。ここは、大切な場所でもあるの。逃げ出した私を、受け入れてくれた優しい人たちが、愛している、大切な場所。一刻も早く、元通りにしたいのよ」
ソレーユは復興支援金を集める方法を考えてきたようだ。
「それはね、ぼったくり喫茶店よ」
「ぼったくり、喫茶店、ですか?」
「ええ! 裕福な方々をここに招いて、寄付と引き換えに、お菓子やお茶でおもてなしをするの。手っ取り早く、王の菜園の状態も見てもらえるだろうし、いいと思わない?」
ソレーユの提案にリュシアンは驚いていたようだが、いいかもしれないと同意を示していた。




