第5話 出発の合図
俺は自分のテントで出発前に荷物の最終チェックをしていた。忘れ物はない。コンバットブーツの紐を固く結びなおし、時計を見ると15時になっていた。急がなければ葬儀が始まってしまう。
ここに来るまでに井形に組まれた木材が準備されていた。きっと火葬に付すのだろう。ノアが火にくべられるところなど絶対に見たくは無かった。
俺は行く、バルバロッサへ。ノアの故郷へ。そして彼の家族に会い、彼の死を報告するのだ。
手掛かりは写真とバルバロッサにいるだろうということだけだ。しかし、戦友の死を目の当たりにしてしまった以上、他に選択肢はなかった。
俺は背嚢を背負って立ち上がった。テントが立ち並ぶ野営地を歩くと葬儀場の向こうに運び出された七人分の遺体が見えた。相変わらず白い布がかけられている。
俺は一瞬立ち止まったが、先ほどより歩調を速めて歩く。
強い西日に照らされた門にたどり着くと門番が二人立っていた。
「よう、行くのか?」
片方の人物が話しかけてくる。ノアが死んだ日、俺を引き離した中尉だった。
「何もこんな時間に行くことねぇじゃねえか。それに・・お前の相棒の葬儀、もうちょっとで始まるだろ」
「彼が燃やされるところを・・・見たくありませんので」
俺は俯いて答えた。
「そうか・・・で?どこ行くんだ?」
「バルバロッサです」
「バルバロッサ!?お前馬鹿か!?どう考えても無茶だ!400km以上はあるだろ!?」
中尉は目を見開いて繰り返した。大声でまくし立ててくる彼の言葉を訂正する。
「約300kmです。中尉殿」
「大して変わらねえよ!」
中尉は悪態をついて足元の小石を蹴り飛ばした。
「おいフーゴちょっとこっち来い。お前もだ、荷物置いてついてこい!」
「ええ!?ハンス中尉!門番の任は!?」
フーゴと呼ばれたもう一人の兵士は困惑した顔で尋ねた。
「いいから来い!上長命令だ!お前もさっさと来い!」
断れる雰囲気ではなかった。
フーゴと共に中尉の後を追い、テントの背面を通り過ぎて野営地北の森に入った。ここは機甲部隊の車両置き場だ。戦車や装甲車、兵員輸送車などが、森の枝葉に隠されるようにして停められている。
中尉はその間を抜けて車両置き場の端へ歩いていく。
「どこ行くんすか中尉。その・・・動かせる車両はもう無いはずっすよね・・・」
「もうちょいで着く。黙ってついてこい」
フーゴの疑問は中尉のハスキーボイスに一蹴される。
「着いたぞ、こいつだ」
俺たちの前には黒鉄色のオートバイが数台停めてあった。近づいて見るとその内の一台には側車が取り付けられている。
「なんすかこれ。動くんすか?」
「バカ!動かないならわざわざ連れてこないだろ!電子制御なんてもんとは無縁の年代物のバイクだ」
フーゴはちょっとあれな性格のようだ。こうやって毎度叱られているのだろう。
「お前ら、兵員輸送車から燃料缶失敬してこい!全部で・・四、いや五個は積めるはずだ」
「ええ!?それって横領じゃないっすか!まずいっすよ!?そんなことばれたら軍法会議物っすよ!?」
「バカ!国が壊されちまったってのに軍法会議もクソもあるか!俺は他にやることがあるんだ!さっさと行ってこい!」
俺とフーゴは燃料缶を集めに走った。
「まったく面倒見がいいのも考えもんっすね。きっとあんたに乗ってけって言うつもりだろうな」
フーゴは初対面だというのにやけに馴れ馴れしい。燃料缶を輸送車から降ろしながらしゃべり続けている。
「でも、俺バイク乗ったことないんだけど・・・」
「え!?」
フーゴが驚いて五個目の燃料缶を落とした。
「これで最後だな。先にバイクのとこまで運んでるよ」
彼が口をあんぐり開けているのを尻目に俺は燃料缶を運んだ。
「集まったか!」
燃料缶を運び終えると、中尉がバイクに鍵を差し込んでいるところだった。
「集まったっすよ。でもこいつ・・・バイク乗ったことないって・・」
フーゴが力なく報告する。
「古き良きサイドカーだ!側車ついてるんだから乗ったことなくてもこけやしねえよ!」
多分見つかるとまずい事をしていると思うが、中尉の声はでかい。
「よし、お前これ乗ってけ。古いからスピードは出ねえが、その代わりちゃんと走る。徒歩よりは遥かにマシだ。それに・・・荷物もそれなりに載せられる」
中尉は燃料缶を側車に積み込みながら言った。
「ここでエンジンかけたらさすがにばれちまうだろうな・・。おいフーゴ!門まで戻ってこいつの背嚢取ってこい!そんで門の外まで持ってくるんだ!俺たちはそこまでバイク押してくから!」
「わかったっす・・」
フーゴが文句を言いたそうな顔で去って行った。俺は同情する。きっと、彼も心の中ではエンジン音より中尉の声の方がでかいだろと思っていたはずである。
「よし、押すぞ!せぇの!」
俺と中尉はバイクを押した。森の中を突っ切り、西へ延びる道へ向かう。森の中は平坦だが、地面がぬかるんでいてなかなか進まない。十分ほど格闘するとやっと森を抜けた。道も乾いておりバイクは素直に進むようになった。
「よし、もうちょっとだ」
中尉は疲れたのか声が小さくなっている。舗装路が見えてくると、フーゴの呑気な声が聞こえた。
「あ!ハンス中尉ー、もうちょっとですよー」
「黙れこのあほ!早く手伝いに来い!」
中尉はまだまだ元気だった。フーゴが慌てて走ってくる。三人で押し上げ、なんとか道の上に出た。
「よし、じゃあ後は背嚢を載せてと。これで全部だな。あとは・・そうだこれお前の銃だろ。さっき積んどいたんだ」
中尉は側車の中からスナイパーライフルとハンドガンを取り出した。B&T APR308 PROとSIG P220 、間違いなく俺の銃だった。
「はい、でももう戦争は終わったのに銃は・・・」
「何があるかわからないんだ、持っていけよ。弾薬もそれなりに積んでおいたぞ」
中尉は困惑する俺を尻目に側車の中に銃を収めた。
「ほら、もう行けよ」
「そうそう、僕らも早く門に戻らないとまずいんで!」
またフーゴが阿呆なことを言っている。
「お前は先に戻ってろ!」
「はいぃ!」
フーゴは慌てて門の方へ走って行った。
「何してんだ?お前もさっさと行けよ」
俺は中尉がお別れムードを出していたので気まずかった。
「操作が何一つわからないんですけど」
「あ、そうだった」
俺は中尉に操作方法を教えてもらってからようやくバイクに跨った。
「まあ細かいところは乗ってりゃ覚えるだろ。今度こそお別れだ。俺だって葬儀に参加しなくちゃならん」
時計を見るともう17時近かった。
「あの、ハンス中尉・・いろいろとありがとうございました」
「おう、さっさと行け」
彼はそう言い残して去って行った。俺は鍵を捻ってエンジンをかけた。キックペダルを三回踏み込んでやっとエンジンがかかる。前照灯が点灯し、温かみのある色に前方の道が照らされる。教えられた通りにギアを一速に入れてアクセルを捻り、クラッチをゆっくりと放す。エンジンが工業用ミシンのように精密に唸り、車体はゆっくりと前進する。
「うわぁ!」
バイクは進むと同時に勝手に右へ曲がろうとする。俺は焦ってブレーキをかけた。重い側車に釣られてバイクが右へ回り込んでしまうようだ。
俺は態勢を立て直して少し左にハンドルをきった。そして先ほどと同じようにして発進する。今度はまっすぐ進むことができた。そのままギアを上げスピードを増していく。癖があって走りづらいが何とかまっすぐ走ることができる。俺はそのまま西へ向かって走った。
乾いた銃声が三度長い尾を引いて響き渡った。俺はバイクを停めて振り返る。野営地は小さくなり黒い点のように見えていた。それでも、星が見え始めた東の空を、薄っすらとオレンジ色に染め上げる炎が微かに見えた。先ほどの銃声は弔砲だったのだ。今頃、戦友は火にかけられているのだろうか。その姿は想像もしたくなかった。俺はもう一度、エンジンをかけた。嫌な思いを振り切ってアクセルを捻る。
「必ず見つけ出してやる――ノアの家族を!」
*
「よう、フーゴ」
ハンスは野営地まで戻ってきた。
「遅いっすよ中尉、もう弔砲撃ち終わったとこっすよ」
フーゴは座って高く燃え上がった炎を切なそうな顔で見守っている。
「聞こえてたよバカ、なんだ元気ねぇじゃねえか」
「ははっ・・やっぱ人が燃やされてるのを見るとちょっと・・・」
「そうだな」
ハンスも、炎の中で黒くなっていく人だったものを眺めていると、流石に平静ではいられなかった。
「なあフーゴ。若いってのは良いもんだな」
「なんすか急に」
フーゴが振り返り、炎で赤く染まっている中尉の顔を見た。
「いや、さっきのやつみたいにな、無謀を前にしても平然と立ち向かっていけるんだ。年寄りにはできない芸当だよ。お前も行きたいところがあるなら行ってもいいんだぞ」
「・・・俺に帰れる場所なんて、もうどこにもないんすよ」
フーゴは再び視線を炎の方へ向ける。その声からは普段のような飄々《ひょうひょう》とした彼の人柄を微塵も感じなかった。絶望のどん底から響いてくる、乾いた声だった。
「そうか」
少し間をおいてハンスは答えた。
「それに俺には中尉の面倒を見るっていう大事な仕事があるっすからね」
無理に笑って言うフーゴは痛々しかった。
「本当にバカなやつだな・・・バカばっかだ」




