第6話 地獄の片鱗
俺は変わらず西へ走っていた。時計は19時を示している。出発前に確認した地図の通りなら、60km先に南北へ分岐する道があるはずだった。現在の平均速度は約40km/h。過去の戦闘で道が荒れていて全力疾走とはいかない。それでも軍の補給路確保のために路上から障害物は取り除かれており、バイク初心者でも走ることができていた。
ここは俺たちが奪還した土地だ。5年前、突然の宣戦布告と共に隣国のリヒャルト連邦が侵攻を開始した。東から進撃してくる敵部隊に対して、ミサイルやドローンによる遅滞作戦が行われ、その間に俺が所属していた第三旅団は国境の約60km後方に防衛線を敷いた。
そして二年前、同盟国の支援を受けて反攻作戦が決行され、国境部付近まで戦線を押し戻した。そうして構築されたのが東部戦線だった。
俺は実質的に2年ほど戦争から解放されていた地域を走る。民間人の立ち入りが制限されているため、人気はない。
静かな夜道に規則的なエンジン音だけが響いている。破壊された兵器がところどころに転がり、半分以上崩落している建物も珍しく無かった。
走り出してから約2時間。大きな交差点に出た。俺はその真ん中でバイクを停め、南へ伸びる道を眺めた。夕日は消え、道の先は闇へ没していた。街灯も、家々の灯りも、人工的な光は全く見えなかった。
俺は道の脇にあったバス停で休むことに決めた。バイクの側車から背嚢と燃料缶を取り出し、食事と給油を済ませた。その後、何の弾力もない軋むベンチで浅い眠りに落ちた。
―――核爆弾投下から三日目
翌朝、昇り始めたばかりの陽の光で目が覚めた。時間を確認しようとスマホを取りだしたが、電源ボタンを押して使えないことを思い出した。
「そうだった・・・」
腕時計を確認すると、5時を回ったところだった。立ち上がって大きく伸びをしてから地図を取り出し、今日の行程を確認する。
現在地からバルバロッサまでは西南西の方角へ約250km。昨日と同じペースで走ることができれば、約7時間足らずで到着する。
しかし問題もあった。
道中に大きな街が二つある。ここから近い方の街はオーゼル共和国の南方を代表する大都市『ゴルツェ』。もう一つはゴルツェに勤める人々の多くが居を構えるベッドタウン、『モナスティア』だ。
野営地で得た情報には含まれていなかったが、どちらも核爆弾の標的にされている可能性が高い。しかし、この二つの街を迂回するとバルバロッサまでの距離が約400kmにまで膨れ上がってしまう。燃料の事を考えるとなるべく遠回りはしたくなかった。
俺は道順をよく確認し、バイクのエンジンをかけた。そして両脇にホルスターを装備し拳銃を差した。ノアの銃と自分の銃。これからは何があるかわからない。そしてゴルツェへ向かって不安な旅を再開した。
走り始めてから一時間足らずで異変に気が付いた。道端の家々から生活の気配を感じる。片側二車線の道路に不自然に停車していたり、道端に突っ込んでいる車を見かけるようになった。俺はその間を縫うようにしてゆっくりバイクを走らせて行った。
「おーい!」
突然道の真ん中に人が立ちふさがった。俺は慌ててブレーキをかけ、バイクを停車させる。
「よかった。あんた服装を見るに軍人だろ、どこから来たんだ?」
俺を制止した男は警察官だった。上下黒色の制服を身に着け、シャツにはPOLICEと書かれている。
「東部戦線から来た」
俺はバイクから降りながら答えた。
「東部戦線・・なあ、軍人なら状況を知ってるんじゃないか?大統領の演説通り本当に核爆弾が落とされたのか?」
「ああ、軍も通信網がやられて被害を正確には把握できていなかったけど、核が落とされたのは間違いない」
「そうか・・・警察も無線は使えないし車は動かないしで大混乱だよ」
男は酷く落胆していた。
「それよりあんたこそ、この辺のことをよく知ってるんじゃないか?ゴルツェはどうなってる?」
「ゴルツェか・・・あそこはもう・・・ダメだ」
男の顔は恐怖に引き攣っている。
「ダメ?核が落ちたのか?」
「そうだ、もう何人死んだか分からない。一昨日は酷い有様だった。見上げられないほどの煙が上がって、でも・・まさか本当に核爆弾だったなんて・・・」
「その後、どうなったんだ」
俺は口が酷く乾いたが続きを促した。
「その後は・・避難民が一斉に押し寄せてきたんだ。俺も怪我人を近くの病院に送ったが、車は動かなくなるし人は増える一方でどうにもならなかった。ゴルツェから来た人はみんな言ってたよ。あそこは『地獄』だって・・・」
『地獄』
その言葉は俺の抱えていた不安を一言で体現していた。恐怖の入り口が大きく口を開けて待ち構えているように感じた。
「・・・そうか、それでも行かなくちゃならないんだ。じゃあな」
俺はエンジンをかけてバイクに跨った。
「なあ、そのバイクなんでまだ動くんだ?」
警官は不思議そうに尋ねた。
「電子制御されていない旧式の車両なら動くかもしれないから、試してみて」
俺は気の毒な警官になるべく優しさを込めて言い、地獄へ向かってアクセルを捻った。




