第3話 家族の写真
諸君、今までご苦労だった。こんな悲惨な終戦を迎えるとは、予想だにしなかったな。
だが、起こったものはどうしようもない。
我々は軍人だ、国家の為にあった組織だ。これから我らはどうするのか、昨晩ここに残っている上級将校5人と話し合って決めた。
我々オーゼル共和国第三旅団は本日を持って解散し、改めて義勇軍としての活動を開始する。
二日後にここを発ち、近くの街から順に周って罹災者の救援に当たる。
ただ、状況を鑑みて離隊する者を咎めはしない。皆、様々な事情があるだろう。離隊を希望する者は事務官のキャンプへ向かい申告するように。以上だ。
――オーゼル共和国第三旅団長 ヴァルター・シュミットによる旅団解散、並びに義勇軍結成宣言――
―― 核爆弾投下から二日目
俺は野営地のテントで泥のように眠りこけていたが、起床ラッパの最初の一音で体が反射的に跳ね起きる。抱えたまま眠っていた双眼鏡が胸からずり落ちた。
左手首に巻きっぱなしになっている腕時計を確認すると10時だった。なぜこんな時間に起床ラッパが聞こえるのだろう。その疑問の答えは大慌てでテントの入り口までやってきた。
「総員司令部テント前に集合!!旅団長より訓示を与えるとのお達しだ!!急げ!!」
旅団長クラスの人物が直接兵士の前に立って話すなど尋常ではない。俺は急いで身なりを整え、人の流れを追った。そして自然と形成された一糸乱れぬ隊列の後方に加わる。
駆けてくる者がいなくなった後、旅団長が簡易的な演説台に登壇し、声を張り上げて話し出した。
*
旅団長が話し終えるや否や、周囲の兵士たちは思い思いに散って行った。俺は話を整理するのに夢中で立ち尽くしていた。
考えをまとめている間にも周囲の喧騒が耳に入ってくる。離隊するか部隊に残るか、話題はこれに尽きていた。俺はどうするべきか見当もつかなかった。しかし二日後に発つのだから、少なくとも明日中には決めなければならない。
俺は賑やかな広場を離れ、ひとまず自分のテントに帰った。
テントの入り口をくぐると、中央を通路として簡易ベッドが両脇に五個ずつ並んでいる。手前のベッドの傍で煙草を吸っている男と目が合った。しかしそれとは対照的に、一番奥のベッドに並んで座っている二人はこちらには目もくれずに真剣な顔で話し込んでいる。
俺は奥の二人に倣い、自分のベッドに腰掛けてこの難題に取り組むことにした。しかし視線の先には死んだ戦友のベッドがあった。考えがまとまりかけても、昨日の出来事が容易く思考の糸を断ち切る。俺は頭を振って思考をリセットしようとした。
いずれにしてもここを離れることは決まっている。俺は荷物をまとめながら考えることにした。
ベッドの下に入れておいた折りたたみ式の小さなコンテナを取り出して蓋を開ける。中には私服が数着と、日用品が少々、それにスマートフォンが入っていた。俺はまずスマホを手に取り、電源を入れようと側面のボタンを長押しした。しかし画面は点灯しない。3週間放置していたから充電が切れてしまったのだろうか。俺はケーブルを取り出して立ち上がり、辺りを見回した。確か充電できる場所があったはずだ。
「それ、もう使えないぞ」
入り口付近にいた兵士が、煙草を指に挟んだままの手で俺のスマホを示した。
「使えないって・・・なんで?」
俺は不安な気持ちが足元から這い上がってくるのを感じた。
「難しい事は知らねえが、核爆弾が上空で爆発すると電磁パルス?だかなんだかで電子機器が軒並みイカれちまうそうだ。俺も昨日の夜、散々試したがダメだった」
男は白い煙を吐き出しながら言った。
「そう・・なのか」
俺は力が抜けてベッドに再び座り込んだ。
(スマホが使えない・・・)
俺は向かいのベッドを改めて見た。ノアと二人でふざけて撮った写真や動画も、もう見られないのだ。辛い時によく聞いていたあの曲も聞けない。明後日発つというのに天気予報や経路の確認もできない。考えれば考えるほどできない事だらけだった。
俺は精神的な柱を抜き取られたように感じた。スマホの中に保存されていた膨大な情報が、自分の記憶や思い出の正しさを強固に支える柱になっていた。
写真ならそれを撮った時間、場所、写っている人物まで識別して表示してくれていた。
頭の中にある記憶の情報量はそれとは比べものにならないほど少なく、頼りない。
「まあわかるよ。思い知らされるよな、どれだけこんな薄っぺらい板に頼りきりだったかってのが。嫌になるほどな。一本吸うか?気休めにもならないかもしれねえが」
男はそう言って煙草の箱を差し出した。
「いや、いい。ありがとう」
俺はスマホをベッドの上に置いて礼を言った。そしてベッドの下からベージュの背嚢を取り出し、コンテナの中から必要なものを移し替えていった。数枚の衣類やタオル、雨具、洗面用具を詰め込み、最後にスマホを入れた。役に立たないとしても、手放す勇気は出なかった。
次にノアの荷物の整理に取り掛かろうと、向かいのベッドの下から自分のものと同じ形のコンテナを取り出した。
「いいのか?他人のだろ?」
煙草の火を消しながら男が怪訝そうな顔で問いかけてきた。
「いいんだ彼はもう・・・」
『死んだ』という言葉がのどに詰まって出てこなかった。避けては通れないその言葉と現実が、とても重い。
「そうか・・・邪魔したな」
男はテントから出て行った。
俺はノアのコンテナを開けた。中に入っている物は俺とほとんど一緒だ。その中で青いケースのつけられたスマホを最初に手に取った。確かノアはロック画面を家族写真にしていたはずだった。電源を入れてみるがやはり画面は黒いままだ。
「ダメか」
俺はノアのスマホも自分の背嚢に入れた。次々とコンテナのものを取り出してはベットの上に並べていく。いつか着ているのを見かけたグレーのTシャツを取り出したとき、二枚の紙切れが手元から辷り落ちた。
拾い上げるとそれは写真だった。
一枚目は家族写真でノアと両親、それに小さな女の子が写っている。
二枚目にはノアによく似た、10歳にも満たない少女の天真爛漫な姿が焼き付けられていた。
「僕の実家は写真館なんだよ。廃業寸前だけどね」
確かそんな話をした気もする。
彼は地元の話をするとき、この写真たちから滲み出ているのと同じ、春の日向のように柔らかくて優しい空気をまとっていた。
今どき、紙の写真を持っている人はそう多くない。俺は二度と見られなかったかもしれない戦友の姿を目に焼き付け、その幸運を噛みしめた。




