第8話 彼女が二人?
「夜花くん」
朝の教室。
席に座った俺の前に、蜜柑が立っていた。
「今日、一緒に帰ろうね」
「昨日も一緒に帰っただろ」
「恋人なんだから毎日一緒に帰ってもいいじゃん」
「偽物だけどな」
「細かいなぁ」
蜜柑は笑いながら、俺の机に小さな紙袋を置いた。
「これ、あげる」
「なにこれ」
「絵を教えてあげたでしょ?」
「別にそんなの――」
紙袋を開ける。
中には、新しいスケッチブックが入っていた。
「……いいのか?」
「うん」
「ありがとう」
「どういたしまして」
蜜柑は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日からもっといっぱい描こうね」
「……お手柔らかに」
「駄目。美園高校の生徒なんだから」
「絵が苦手でもいいだろ」
「駄目です」
「厳しいな……」
俺は苦笑した。
*
昼休み。
「夜花くん、これ食べる?」
「何?」
蜜柑が弁当のおかずを差し出してくる。
「卵焼き」
「もらっていいのか?」
「彼女の手作りだよ?」
「……自分で作ったのか?」
「そう」
「じゃあ、いただきます」
一口食べる。
「……美味い」
「本当?」
「うん」
「じゃあ、もう一個」
「いや、一個で十分――」
「はい」
「……」
押し切られた。
それを見ていた健人が呆れた顔をする。
「お前ら、本当に偽物か?」
「偽物だよ」
「説得力ないんだけど」
「だから――」
俺が言いかけたところで、蜜柑が俺の肩に頭を乗せた。
「仲良しでしょ?」
「……お前な」
「ほら、彼氏なんだから」
「学校ではな」
「学校では?」
「……」
しまった。
「じゃあ学校の外では?」
「ただの知り合い」
「ひどっ!」
蜜柑が頬を膨らませる。
教室に笑い声が広がった。
俺も思わず笑った。
こういう時間は、嫌いじゃない。
*
放課後。
「じゃあね、夜花くん」
「ああ。また明日」
蜜柑と別れて、俺は西ノ宮家へ帰った。
「ただいま」
「おかえり」
リビングには輝女がいた。
「今日も学校楽しかった?」
「まあな」
「蜜柑ちゃんとは?」
「普通だよ」
「本当に?」
「なんで疑うんだよ」
輝女はニヤニヤする。
「だって恋人なんでしょ?」
「だから偽物だって」
「でも手繋いだりするんでしょ?」
「……まあ」
「へぇ」
輝女の笑顔が少しだけ怖い。
「何だよ」
「別に?」
「絶対なんかあるだろ」
「ないよ」
そう言いながら、輝女は台所へ向かった。
「夕飯、手伝って」
「分かった」
二人で夕飯の準備を始める。
すると。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「私出るね」
輝女が玄関へ向かう。
「はーい」
そして――
「夜花」
「ん?」
「お客さん」
俺は玄関へ向かった。
「……咲夜」
昨日と同じ少女が立っていた。
「こんばんは」
「……また来たのか」
「嫌だった?」
「そういうわけじゃないけど」
咲夜は家の中を見る。
「今日は……誰かいるんだね」
「輝女だよ。一緒に住んでる」
「そう」
咲夜は輝女を見る。
輝女も咲夜を見る。
「……」
「……」
妙な沈黙。
「えっと……」
俺が口を挟む。
「二人とも、とりあえず中入れば?」
「私は別に」
「私も」
二人同時に言った。
「……息ぴったりじゃん」
俺が呟くと。
「「どこが?」」
また同時だった。
「……」
俺は頭を抱えた。
なんなんだ、この状況。
昔の恋人。
今一緒に暮らしている女の子。
そして偽装とはいえ、学校では彼女がいる。
「……俺の周り、女の子多すぎないか?」
思わず呟く。
すると。
「夜花」
咲夜が俺を見る。
「何?」
「その……伊藤さんとは」
「蜜柑?」
「うん」
「偽物だよ」
即答する。
咲夜は少し驚いた顔をした。
「……そう」
「ただ、学校では恋人ってことになってる」
「……そうなんだ」
なぜか、咲夜の表情が少しだけ明るくなった。
それを見た輝女が首を傾げる。
「咲夜さんって、夜花の元カノなんだよね?」
「輝女!」
「違うの?」
「……違わない」
咲夜が答えた。
俺は頭を抱えた。
「もう夕飯にしよう……」
三人で食卓を囲む。
なんとも言えない空気だった。
それでも。
「……美味しい」
咲夜が俺の作った料理を食べて呟く。
「そうか?」
「昔から料理だけは上手だった」
「昔からって……」
「覚えてない?」
咲夜が少し笑う。
その笑顔を見て。
俺も、ほんの少しだけ笑った。
「……そうだったかもな」
過去のこと。
全部が嫌な思い出というわけじゃない。
そう思えたのは――
久しぶりだった。
そして俺はまだ知らない。
この日から。
俺の平穏な高校生活が、少しずつ賑やかになっていくことを。




