Li sTe N -リッスン- 8
マンションのドアを開ける。
「たっだいまー……って、誰もいないか」
小さく呟きながら、靴を脱ぐ。
そのまま自室へ向かい鞄を放り出す。
着替えを済ませノートだけを手に取る。
リビングのソファに体を沈めた。
「……やってみるだけ、やってみるか」
ノートを開く。
書き殴られた言葉たち。
視線でなぞるだけで胸の奥がざわつく。
未來はゆっくりと立ち上がる。
向かう先は、美月の部屋。
ドアを開けると、静かな空間にピアノが置かれている。
椅子に座り、鍵盤に指を置く。
「ド……ミ……ソ……ファ……」
ひとつひとつ、確かめるように音を鳴らす。
「……ウーン」
眉を寄せる。
「やっぱ無理だーー」
そのまま鍵盤に突っ伏した。
時間だけが過ぎていく。
壁の時計はすでに九時を指していた。
未來は顔を上げる。
「……美月、遅いな。なにしてんだよ」
ぽつりと呟く。
そのとき。
玄関の開く音はピアノのミの音と重なって消えた。
「ただいまーー」
「うわっ!」
突然の声に、肩が跳ねる。
「お、おかえり。びっくりしたーー」
振り返ると、美月が立っていた。
「おぉ、やってるな」
口元に、いつもの笑み。
「やってるよ。それより腹減った」
「すまん、すまん。遅くなったな」
腕時計をちらりと見る。
「すぐ晩飯にするから、待ってろ」
「うん」
短く返す。
「ところで、調子はどうだ?」
「帰ってきてからずっとやってるけどさ」
鍵盤を軽く叩く。
「やっぱ出来ねーよ」
「じゃあ諦めて、俺とはサヨナラだな」
「……」
一瞬、言葉が詰まる。
「まぁ、歌の作り方なんて調べりゃいくらでも出てくるだろうけど」
軽く肩をすくめる。
「自由でいいんじゃないか。色々試してみろ」
「なんだよ、それ」
納得いかない顔で睨む。
美月はそのままキッチンへ向かう。
「音楽の先生なんだから、もっとマシなアドバイスしてくれよ!!」
「晩飯、親子丼でいいか?」
「なんでもいいよ。って、話し変えるな」
「そうだな」
包丁の音が、リズムのように響く。
「最初は、ノートに書いた言葉をひとつひとつ繋げてみろ」
淡々とした声。
「文にして、声に出して、何度も読め」
鍋に火が入る音。
「そのうち、自然とメロディーが浮かんでくる」
美月の内面が、沸騰した鍋と重なるようにグツグツ音を立てた。
「お前なら大丈夫だ」
「……ほんとかよ」
「いいから、やり続けてみろ」
振り返らずに言う。
「その前に休憩だ。晩飯できたぞ」
湯気の向こうから、声が届く。




