Li sTe N -リッスン- 9
リビングの明かりがやけにあたたかく感じた。
未來はのそのそと歩いて入ってくる。
「リョーカイ。って、もう出来たの?」
「温めるだけだからな。たまにはインスタントもいいだろ」
「いつもだろ」
「バレてたのか」
「バレバレだっつーの」
聞こえない、聞こえない。と支度する美月だった。
少しだけ、空気が軽くなる。
「ほら、サラダも食え」
「はいはい」
何気ない会話。
さっきまでの重さが、嘘みたいだった。
食事はあっという間に終わった。
「ごちそう様でしたーー」
軽く手を合わせる。
未來はすぐに立ち上がり、そのままピアノの部屋へ戻っていく。
後片付けをしながら、美月が声をかける。
「風呂、先入るぞ」
「どうぞ」
短いやり取り。
それぞれの時間が、また動き出す。
未來はノートを片手に、何度も何度も声に出して読む。
言葉を確かめるように。
自分の中に落とし込むように。
「風呂あがったぞ。お前どうすんだ?」
髪をタオルで拭きながら、美月が隣に腰を下ろす。
未來は顔も上げない。
「ドーミーソー……ソー……」
鍵盤を叩きながら、何かを探している。
「聞こえてんのか?」
「……聞こえてる」
「じゃあ、入れ」
「うーん……」
手が止まる。
「なに?どうした?」
「……かるくは出来たんだけど」
「はっ?!」
思わず声が上がる。
「もう出来たのか?」
「ある程度ね」
あっさりと言う。
まるで大したことじゃないみたいに。
「お前、すごいな」
「だってこれぐらい、誰にでも出来るんだろ」
「バカ、出来るわけないだろ」
「そうなの?」
「インスタントみたいに、チーンって簡単に出来るもんじゃない」
「その例え、よく分かんないぞ」
「まぁいい。ちょっと聴かせてみろ」
「……じゃあ」
未來は姿勢を正す。
指が、鍵盤に置かれる。
静かな一拍。
――音が、生まれる。
ひとつ、ふたつ。
繋がっていく。
そして、短く歌う。
たった一小節。
それだけで、空気が変わった。
「……すごい」
思わず、声が漏れる。
美月の表情が固まる。
「すごいぞ、未來」
「だから言ってるだろ。これぐらい――」
「未來、よく聞け」
言葉を遮る。
さっきまでとは違う、真剣な目。
「これは誰にでも出来ることじゃない」
一音一音を確かめるように言う。
「お前には音楽の才能があるのかもしれない」
「……マジで?」
目が少しだけ開く。
「指揮者だったお前の父親の遺伝子か」
一拍。
「ピアニストだった母親の遺伝子か」
どちらにせよ――
「お前は、すごい」
「マジで?二回目」
「マジだ」
力強く頷く。
「じゃあ俺、音楽の才能あるってことか?」
「そうだな」
少しだけ笑う。
「認めてやるよ」
「……へっへっへっ」
照れ隠しの笑い。
でも嬉しさを隠しきれない。
「よし、今日はもういい」
立ち上がる。
「風呂入れ」
「おうっ」
未來は勢いよく立ち上がり部屋を出ていく。
足取りがさっきより軽い。
扉が閉まる。
静かになった部屋で美月はノートを手に取る。
そこに書かれた言葉をじっと見つめる。
「……アイツの集中力、半端ないな」
ぽつりと呟く。
そして、ふっと息を吐いた。
どこか、安心したように。




