第4話 私服生活
「藤村君は、これを着てって言ってたけど。……本当に着て良いのかな?」
雪乃は、朝食を食べ終えた後に彰の使用していない私服を渡された。
(俺の予備用の服な。霜月さんと俺の体格ほとんど変わらないから着れると思うよ)
(あ、ありがとうございます。良いんですか?こんな高そうな服)
(高そう?トンキの超特売で買った売れ残りの服だから。安もんだぞ。上下セットで1500円だったな)
彰から手渡されたのは、白いYシャツと茶色の足首まであるチノパンで。外行きの服装としては普通の男性用の私服だ。
そして、雪乃は平均的な女子高生よりも背が高くスタイルも良い。現在、成長期で背が伸び始めた彰と背丈は変わらない。
どうせ。洋服を買ったらそのまま買った物を雪乃に着てもらう予定の為、彰はクローゼットから、この私服を取り出して雪乃に渡しただけだった。
「高級猫缶よりも29円安い。藤村君。好きなものにはお金を使うタイプなのかな?…………これから、外に行くんだよね。藤村君が決めた事だし私には拒否権なんて無い。………私の居場所はもうどこにも無い………の?」
雪乃は、そんな事を考えつつ。制服から、彰の私服へと着替え始めた。
………俯きながら。暗い表情で。
一方。リビングに居る彰は何をしてるかというと────
「やっぱり。マンション周辺には、誰も怪しい奴なんて居なかったんだな? 綾人」
〖ああ、居ない居ない。居たら警備員が来るんだぜ。いられるわけがないっての〗
同じマンションに住み。そして、同じ千歳高校通う。同級生の近衛綾人に電話して、昨日の事について確認していた。
「それなら。外に出ても大丈夫そうだな。良かったよ」
〖第一さぁ。今の時代に誘拐なんてする奴がいるのかよ?海外じゃあるまいし。都内なんて、そこら中に監視カメラがあるんだから。誘拐なんてしたら直ぐに特定されて捕まるだろうに〗
「……だよな」
彰は、綾人の考えを聞いて、雪乃の義理の母についての事について考え始めた。
〖まぁ、夕凪姉さんが帰って来たら。色々と聞いてみるよ。じゃあ。俺はこれからもようじがあるから、そろそろ切るわ〗
「助かるよ。サンキュー、綾人」
〖綾人君。お風呂あがりましたわ。……は?真莉愛。お前!何で服を……ツーツーツー〗
「……真莉愛?真莉愛って、九条さんの事か?」
電話が切れた同じタイミングで、私服に着替え終えた雪乃が客間の扉を開けてリビングへとやって来た。
「お話終わりましたか?藤村君。私服ありがとうございます」
「ん?あぁ。知り合いに、昨日の事を少し調べて……」
「藤村君?」
雪乃の私服姿を見て身体が固まる彰。
そう。彰は、雪乃の私服に思わず見惚れてしまっていた。
スタイル抜群の雪乃は、どんな服を着ても着こなせる。それが高級猫缶よりも安い超特売の服であったとしても。
「藤村君。……大丈夫ですか?もしかして、私。何かやらかしちゃいました?」
「……え?い、いや、なにも。霜月さんは、なにも悪くない。ただ俺が、見惚れてだけだから」
「見惚れていたですか?」
不思議そうな顔で、彰の顔を覗き込む雪乃。
「いや。なんでもない。なんでもないから。ハハハ。……それよりも、霜月さんが心配していた誘拐の件だけど。マンションには不審者なんて誰も居なかったとさ」
「それは……本当ですか?」
雪乃は、訝しい表情で彰に問いただす。心の中をモヤモヤさせながら。
「あ、あぁ。本当だ。本当。だいたい話が可笑しいだろう。色々とさ」
「話が可笑しい……ですか?」
「ただの一般の主婦が、なんで娘の人攫いの犯罪行為に加担できるんだよ。そんな事したら、直ぐに見つかって捕まるだけだろうに」
「……そうですね。冷静に考えたら、普通はできませんよね。そんな事」
「とくに、このマンション内のセキュリティは万全で警備員も、常に入れ替わりで周囲をパトロールしてるしな」
そう。彰達が住む近衛マンションは、管理人の近衛夕凪によって徹底管理されている。
それを彰は知っていた為。昨日、雪乃に聞いた誘拐についての話がどうにも腑に落ちなかったのだった。
これも。昨日から、外出する事に怯えている雪乃を安心させる為だ。
「……そうなんです。それなら安心して外に出られそうです」
安心した表情で、胸を撫で下ろす雪乃。
「あぁ、それと。暫くは外出する時は俺と行動しよう。住む場所も一緒だし。学校一緒なんだからな」
「で、でも。それじゃあ。藤村君に迷惑をかけてしまいます」
「……それよりも。買い物行こうか。1着も私服を持っていないなんて可笑しいんだからさ。行こう!」
「へ?……藤村君。なんで、私の手を握って……」
それは一緒に住もうとか言ってきた時からでは?と。彰は、心の中でツッコミを入れたが。言わなかった。
今の雪乃は、精神的に参っている。変な事を言って刺激するのは不味い。そう考えた彰は、雪乃を守ってやらないといけないと思っていた。
◇
「いらっしゃいませ~! CUにようこそ~!」
「……CUなんですね」
「ん? グラコロの方が良かったか?」
「い、いえ。てっきり。藤村君の事なので、高級な洋服のお店に行くのかと心配してしまいまして。私、貯金も無くて、お金そんな持って無いので。心配で」
「いや、日常的に着る私服にそんなお金はかけないだろう。普通」
「でも。猫缶にはかけるんですよね?」
「……ネロは可愛いからな。良いんだ」
「……腹黒猫ちゃんですよ。あの子」
「霜月さんみたいなか?」
「ふにゃ?!」
「ハハハ。ふにゃ?!可愛いじゃん」
「……藤村君。意地悪です」
彰と雪乃は、マンションから出るとタクシーで、駅近くの洋服店へとやって来た。
そして、その移動中。彰は怪しい人間が雪乃を追いかけていないか、周囲を見渡して警戒していたが。そんな人物は現れなかった。
(外には怪しい奴なんて居なかった。つうか一介の主婦がそんな事できるわけない。……義理の娘が嫌いだからって、虚言まで吐いて追い詰めるとか。最早、警察案件だろう。これ)
「ふ、藤村君。どんな服がいいですか?私。藤村君が選んでくれた服ならなんでも着ますよ」
「……は?いや、なんでもって。いきなり何を言ってんだ。霜月さん」
「はい?」
雪乃はキョトンとした顔で彰を見つめる。本人は全然気がついていない。自分で言った異常な発言についてを。
「自分で決めるんだぞ。霜月さん」
「自分で?ですか……」
「当たり前だろう。自分で着たい服くらい、自分で決めないと駄目だ。それに俺は霜月さんの隣人であって、彼氏でもないだろう。君が決めて良いんだよ。好きに!自由に!霜月さんがこれから新しく着ていく服なんだからな」
「私がこれから新しく着ていく服……ですか」
彰は、ここまで言うつもりはなかった。強い言葉で攻めたように言って、雪乃を傷付けたくはなかったから。
それでも言わずにはいられなかった。雪乃に間違った価値観を植え付けた。雪乃の義理の母親が許せないから。
「選ぼう。霜月さん。時間はどれだけかかっても良いから。自分で選ぶんだ。霜月さんが本当に着たい服を」
「えっと。……でも私。お金をそんなに持っていなくて」
「俺達。一緒にこれから住むんだろう?なら。パートナーが困ってたら補うのが普通だ。大丈夫だから好きに選ぶんだ」
「藤村君。…………ありがとうございます」
「おう!」
……この時の彰は気づいていなかった。自分がとんでもない発言をしたことを。そして、雪乃が下を向いて赤面しながら悶絶していたなんて。
この後、雪乃は自身が着たいと思った洋服を何着か選び。試着室へと入って行った。
「……そういえば。俺、さっきとんでもない事を口にしてた様な。気のせい……だよな?」
試着室の扉の前で、悶々《もんもん》とする彰。さっきのやり取りを思い出し、だんだん恥ずかしくなっている。
そんな悶々としている間に、雪乃は選んだ洋服に着替え終え。試着室のカーテンを開けて、彰の前へとやって来た。
「ど、どうですか?藤村。似合ってますか?」
「あ、あぁ。……似合ってる。(いや、似合い過ぎだろう。霜月さん)」
上は白のタートルネックニットセーター、下は、膝まであるブラックウールミディスカートを履いていた。
白と黒のコントラストが、雪乃の艶やかな黒髪と整った顔立ちとマッチして、可愛いというよりも美しいと表現した方がしっくりくると。彰は内心で思った。
「ありがとう!それじゃあ。他にも着てみます」
雪乃は、彰に褒められて嬉しかったのか。試着室に入り直し、他の洋服も試着し始めた。
「お、おう。……なんで。やる気になってんたろうか?」
その後も、やる気に満ちた雪乃のファッションショーは、小一時間ほど続き。彰は、雪乃にどうですか?と聞かれる事に雪乃を褒めた。
「結局。最初に選んだ服を着て帰るんだな。霜月さん」
「は、はい。……この洋服は、藤村君が最初に選んでくれた洋服ですから」
「……そっか。おっと会計は。……最近はセルフレジなんだな。合計で50729円と」
「ごま?!」
レジに表示された合計金額を見て、青ざめた顔をする雪乃。
「ん?どうした?霜月さん。……会計会計。キャッシュで一払い」
ピッ!
「す、すみません。藤村君。私。そんな大金持ってません。……せっかく自分で選んで洋服ですけど。着替えて返してきますね」
雪乃は、そう告げると。試着室の方へと向かおうとするが────
「いや。もう払い終わったし。帰るけど」
「へ?……えっと。5万円以上の会計ですよ?」
「だから。キャッシュカード。OK?」
「いえ。分かってません」
「うん。払い終わったから、昼飯行こうか。何食べたい?霜月さんの好きなの選んで良いぞ」
彰は、買った洋服が入った袋を持つと。店の外へと向かい始めた。
「い、いえ。藤村君。お金。お金……の事なんですけど~!」
「ん~……もう忘れたわ。それよりも昼飯行こう。昼飯」
雪乃は、さっきの会計について問いただしたが。彰は、その事について一切 聞く耳を持たなかった。




