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第3話 猫缶朝食

「あの黒髪の女の子は誰なの? 彰君!」

「誰って。迷子だよ。お母さんとはぐれて迷子だって言うからさっきまで一緒にいてあげたんだ」

「嘘!また。私に嘘をつくの? 彰君。最低!」

「最低って。日和ひよりには、別に関係無い話で」

「な?!……つっ!彰君なんて大嫌い。もう会いたくもないんだから!」



 ジリリリ!!!と、目覚まし時計の音が彰の部屋にひびく。その音といた彰はベッドから床下へとすべり落ちた。


「嫌な夢を。………これも霜月しもつきさんの重い思い出話を聞いたせいか?……身体中、汗かいてるし。朝風呂入るかな」

「ニャンニャン〜!」

「おー! ネロ。おはよう。刀也の部屋から。逃げて来たのか?」

「ニャーン!」


 彰が、寝る前に開けていた窓側からあらわれたのは、彰の親友の部屋でわれている猫。ネロだった。


 ブリティッシュ・ショートヘアーと言う猫で。不思議の国のアリスに出てくる猫のモデルになった猫種びょうしゅ


「……相変わらず。素晴らしいお毛並みだな。癒される」

「ニャ〜ン!」


 悪い夢で最悪の目覚めをむかえた彰への清涼剤せいりょうざいとして、ネロは働いた。

 

「ニャン!」

「は? またオヤツ欲しいって?」

「ニャ!」

「たくっ!この甘え上手め〜」

「ウニャニャ〜!」


 スリスリと。毛並みの良い身体を彰のほほえと押し付ける知恵猫ちえねこネロ。

 

 この猫のあいらしい破壊力は、千歳ちとせ高校三大美少女達を越えたと言っても過言ではない。

 

「待ってろ。ネロ専用に買溜かいだめしてる高級猫缶を開けてやる」

「ニャン!」


 ネロの思惑にまんまとハマった彰は、ネロを左手でかかえて、部屋の扉を開けた。


 そして、彰の頭の中はネロ一色いっしょくに支配されていた為。昨日から同居を始めた隣人の事をすっかりと忘れていた。


「ネロネロニャ~ニャ〜♪と」

「ニャンニャン〜♪」

「あ!おはようございます。藤村君。可愛らしい歌と猫ちゃんですね」

「……は?」

「ニャン?」


 扉を開けると。制服を着てエプロン姿の雪乃が、おたまを持って台所に立っていた。

 そして、ネロにも負けない可愛らしい微笑ほほえみを無防備な彰へと放つ。


「…………」


「あれ?どうしましたか?藤村君!なにか部屋に忘れ物ですか?」


 パタンと。1度、部屋に入り直した彰は、左手に乗せているネロの身体に顔をうずめた。


「ニャン?」

「なんだ。あの笑顔は…………破壊力がヤバかった。そりゃあ。千歳高校三大美少女にも数えられるはな。霜月しもつきさん。落ち着け俺、昨日から霜月さんはウチの部屋に住む事になったんだろう」


 彰は自分の理性を保つ為、ネロに匂いを吸引し始めた。


「よし。落ち着けた。いくか新たな生活へ」

「ニャ!」


 彰は、再び扉を開けると。雪乃が彰を心配そうな表情で話しかけてきた。


「ふ、藤村君。体調とか大丈夫ですか? もしかして、私の寝息ねいきが夜うるさくて眠れなかったりしましたか?」


 色々と考えていて不安そうになっている顔。彰は、雪乃の顔を見て最初にそう感じた。


 まるで怯えた子猫の様に見えた。俺の機嫌をそこなえば追い出されるじゃないかと思っているんだろうなと。彰は思った。


 本当は、雪乃の明るい笑顔に見惚みほれて、自室へと撤退しただけなのだけど。


「い、いや。そんな事をないよ。昨日はぐっすり眠れた。……(実際は嫌な夢を見て起きたけどな)」

「そ、そうなんですか。それは良かったです」

「ん……あぁ。だな」


 雪乃の言葉の最後。”良かったです”にはどれだけの重みがあるか。雪乃の境遇を知ってしまった彰は、雪乃に深く同情していた。


 基本的に彰の性格は、だらしなくめんどくさがり屋。だが、根は真面目で比較的に人当たりも良いお人好し。


(せめて、近衛このえさんが帰って来るまで居させてあげないとな。近衛弟は……例のお嬢様と暮らし始めたから、相談しずらいしな)

「………藤村君?」


 彰がさっきから黙っている為、再び不安そうな顔になる雪乃。


(そんな顔したって、何もしないって。霜月さんに手を出したら社会的に死ぬのは、俺なんだからな)

「ニャン!」

「あ! 悪い。ネロ。霜月さんとりあえず。ネロに高級猫缶あげるわ」

「ニャン!」


 彰は、台所だいどころへと行くと。たなから大量に保管された猫缶を1つ取り出し開けた。そして猫用の皿へと出し、床へと置くと。ネロを優しく床にろした。


「ゆっくり食べろよ。ネロ」

「ニャーン♪」

「猫さんに高級猫缶ですか?……高級?……一缶1529円ですか?凄く高いですね」


 猫の缶詰めになんて大金を?と、雪乃は彰に聞こうとしたが。止めた。変な事を言ってしまい。彰に嫌われない為に。


「ん?あぁ。特売の日に買ってきたんだ。ネロが喜ぶと思ってさ」

「………もしかして、藤村君って。結構なお金持ちなんですか?」

「ん~? どうだろうな。裕福ではあると思う」

「そ、そうなんですね。アハハ。……ちなみに、この猫ちゃんは藤村君が飼われているんですよね?」

「いや。同じマンションに住んでる親友が最近飼い始めたんだよ。朝、遊びに来るからさやりしてる。なぁ~? ネロ」

「ウニャ~♪」


 彰はネロの背中を撫「な」でて、満足気まんぞくげだった。


(策士猫ちゃん。恐るべしね。藤村君を完璧に手懐てなづけているなんて)


 そして雪乃は、心の中でネロの腹黒さに驚いていた。




 リビングのテーブルには、きたてご飯、鮭の塩焼き、インスタントの味噌汁などが2人分用意されていた。


 ネロは、彰が食べさせた高級猫缶を食べた後、ぐに部屋から出ていってしまった。


「……随分と逃げ足の早い猫ちゃんですね」

「全部。霜月さんの手作りなのか?凄いな。菓子パンじゃない朝食なんて、本当久しぶりだから嬉しいよ」

「へ?あ。えっと。……あ、ありがとうございます。藤村君。お味噌はインスタントですけどね」


 彰に突然、められて動揺する雪乃。さっきは、彰に対して失礼な事をしたと思っていたが。全然気にしていないので、雪乃は内心ホッとした。


「お料理は、あまり得意じゃないんですけど。これからは、《《ずっと》》一緒に藤村君と暮らしていくので、朝食くらい作ろうと思って作りました」

「いや。そんな事。気にしなくていいのに。……ん?ずっとって言った?霜月さん」

「それでは、朝ごはんがめないうちに食べちゃいましょう。藤村君。ほら!早く、早く食べましょう」

「お、おい!背中を押すなよ。霜月さん!」


 雪乃は笑顔で彰に朝食を食べようとうながす。さっき言ってしまった発言に言及げんきゅうされたくない為に。


 見た目は優しそうな黒髪美少女だが。霜月雪乃は、ああ見えて計算高い女の子だったりする。


「「頂きます」」


 2人は両手を合わせて、同じタイミングでそう告げた後、朝食を取る。


「鮭なんて、よくあったな。霜月さんが、って来たのか?」

「……なんでそんな発想になるんですか。鮭の缶詰ですよ。これ」

「鮭の缶詰?」

「はい。前にいた部屋には冷蔵庫がなかったので、多少の寒暖差でも平気で、保存が効く缶詰をストックしていたので、それを煮付けました。藤村君のお部屋はガスが使えますので」


 今、かされた。雪乃の節約生活術。


「そ、そうなのか。それは色々と苦労してきたんだな。……(もしかして、俺が想像しているよりも。霜月さんの生活ってヤバかったのか?)」

「苦労ですか?ん~どうでしょうね。私の家はお義母さんの方針でアルバイト禁止なので。お父さんの仕送りだけでしたから。使える範囲で暮らしてましたから。別に昨日までの生活が普通でしたよ」


 雪乃は真顔まがおで、彰に説明し。彰は顔を引きつらせた。


「いや。それを普通とは言わないっての。霜月さん。……(どんな毒親だよ。最悪の家庭環境じゃねえか。今日が土曜日の休みの日で良かったわ。……ん?土曜日の休みの日?)」


 内心。彰はそう思いながら朝食を食べる。そして、雪乃の可笑おかしな点に彰は、ようやく気がついた。


「あれ? 霜月さん。そういえば。なんで、休みなのに制服を着てんの?」

「あ!……えっと。学校のジャージならありますけど。藤村君の前でジャージを着てるのは恥ずかしかったので。制服を着てます」

「いや。……自分の私服は?」

「持ってませんね。お義母さんが、私服はなんて着ないで。普段着ふだんぎは、制服かジャージで着てろと言っていたので」


 彰の額に汗が流れる。この異常な気持ち悪い感覚のせいで。

 思い返せば。彰が雪乃とマンションで、出くわした時は、常に制服しか着てなかった事を。


「つまり。霜月さんは、私服を1着も持ってないんだな?」

「え、えっと。……そうなりますね。ごめんなさい」

「いや。謝る事じゃないし。悪いのはその毒お……」


 毒親と言いかけて、彰は口をつむいだ。他人の家の親の悪口を、つい言いそうになってしまった自分を馬鹿だと思いながら。


「どくお? なんですか? 藤村君」

「あ……あぁ。今日は、霜月さんが、着る為の私服を買いに行こう。土曜日だしな。うん」

「私の私服ですか?……えぇぇ?!」

 

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