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SKY  作者: RUI
SILVER LION

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99/125

Sky99-残る音-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 医務区画の前の廊下は、消毒液の匂いが薄く漂い、換気の一定の音が、艦内に残っている焦げた匂いを削り取ろうとしていた。担架の車輪が床を擦り、短い号令が交差し、誰かの靴音が走っては止まる。白い天井灯の光が、廊下の継ぎ目を等間隔に区切っていた。

「扉開けて、誰も入れないで!」

 アスミを乗せたストレッチャーが医務室の中へ入っていく。

 サラは顎を引き、手元の端末を握る指に力を込めて立っていた。白い照明の下で、その顔だけが少し硬い。

(……また、誰かが壊れていく)

 サラは離れた場所に立つミュラーへ視線を送った。

 その様子を、ラナが遠くから見ていた。腕を組んだまま、視線だけが鋭い。

 隣に立つミュラーも何も言わない。けれど、彼の目も同じ場所を追っていた。

 ラナが低く言った。

「いつか、何かが起きると思ってた。まさか、こんなに早いなんて……」

 ミュラーは返事をしない。代わりに、袖口の端末を起動し、指を最短で滑らせた。表情は動かないのに、指先だけが焦っている。

「北方基地に照会を飛ばす」

「何を」

「この作戦の、ポリシー更新履歴。……それと、座標レイヤの差分ログ」

 ラナの眉が一瞬だけ上がる。

「……やったのね」

 問いではなく、断言だった。

 ミュラーは、端末を閉じる前に一度だけ画面を見つめた。自分の中の燃え残りを、呼吸で押し込むように。

「誰かが、綺麗に隠してる。逃がさない」

 ラナは目を細めた。怒りではない。艦長として、次に動かす手順を決める目だった。

「最優先で。北方基地が受け取ったら、私にも回しなさい」

「了解」

 ミュラーはそのまま通信室へと向かった。


   *


 ミュラーが端末の通信欄を開き、北方基地/司令官室:直通を選ぶ。

 発信音が鳴る。

 医務区画の白い廊下の奥で、モニターの通知音がひとつ鳴り、次に別の通知音が重なる。

 ――回線が繋がる。

 北方基地の司令官室は、空気が乾いていた。

 外では雪が降っていて、窓の向こうに白い光が滲み、室内のモニターだけが色を持っている。

 机の上には紙の資料が積まれ、無線機のランプが細かく点滅していた。

 ハイルトンは椅子に深く座らない。立っている方が落ち着くタイプだ。端末の前に腰を寄せ、指先で画面をスクロールした。届いた照会を見る。ノーザンクロス艦長権限。最優先。

 《INCOMING:NORTHERN CROSS/艦長権限》

 その一行だけで、嫌な予感は確信に変わり始める。画面に並ぶのは、作戦名と時刻と、無機質な更新履歴だった。

 ――POLICY UPDATE.

 ――CIV LAYER:SUPPRESS(OPSEC).

 ――REASON:PREVENT OPERATION STOP DUE TO PUBLIC OUTCRY.

 最初は、いつもの更新履歴の一つに見えた。目が文字の上をただ滑っていく。だが、二度目に読んだ時、REASONの一行だけが、他の行から浮き上がって見えた。

 ハイルトンの指が止まった。

 止まっても何も止まらないのに、止めずにいられなかった。唇の端が、わずかに引きつる。

「……あ?」

 声が漏れた。怒鳴りではない。理解した声だった。

 リーサが振り向く。救護班の上着を羽織ったまま、目が疲れているのに、反応だけは速い。

「司令?」

 ハイルトンは返さない。代わりに、画面を指で叩いた。叩く指の力が、机を震わせる。

「作戦停止を防ぐ?」

 言い直すように、低く。

 キヌアが、端末の隣に寄って覗き込む。肩が一瞬だけ強張った。

「……民間レイヤ、抑制?」

「抑制じゃねぇよ。……隠蔽だ」

 ハイルトンの声が乾いている。乾いているのに、奥が熱い。

 視線が次の行へ落ちる。

 ――TARGET LAYER OVERRIDE:ACTIVE.

 ――VISUAL SUPPRESSED:CIV REFUGE CAMP(UNARMED).

 ハイルトンの喉が一回だけ鳴った。

 隠したな。REDROSEに撃たせるために。

 言葉にしなくても、身体が先に確定してしまう。

 けれど証拠を掴んだところで、止められたか。止められない。だから怒りは行き場を失う。

 ハイルトンは端末を閉じない。代わりに、回線リストを開き、迷いなく一件を選ぶ。

「西方。イル副司令官を出せ」

 リーサが息を飲む。

「今、繋ぎます」

 キヌアが小声で言う。

「……司令、落ち着いて」

 ハイルトンは笑わない。笑えるわけがない。

「……落ち着いてるよ」

 その言い方が、冗談ではなかった。


   *


 画面に映ったイルは、疲れていた。背景は西方の司令室だろう。壁の地図も、机の端末も、整いすぎている。イル自身も同じだ。髪は乱れていないのに、目の下だけが重い。現場の火消しをし続けた顔だった。

 二つの画面は、遠く離れた場所を繋いでいるはずなのに、その距離の実感がハイルトンには湧かなかった。すぐそこにいる相手に向けて、拳を振り上げているのと変わらない気分だった。

 イルが口を開く前に、ハイルトンが言った。

「知ってたんですか」

 イルの眉がわずかに動く。反射だった。

「……何の話だ」

 ハイルトンは端末を持ち上げ、画面をこちらに向けた。指先が震えていないのが、逆に怖い。

「民間レイヤ抑制。OPSEC。理由“世論による作戦停止回避”」

 イルの視線が、ほんの一瞬だけ泳いだ。泳いで、戻る。戻すのが上手い人間の泳ぎ方だった。

「作戦は継続しなければならない。最善策を講じたまでだろう」

「最善?」

 イルが言い切る前に、ハイルトンが一歩詰めた。机に手をつく。肩が前に落ちる。怒鳴るための姿勢だった。

「誰にとっての最善だよ」

 司令官室の空気が震えた。

 リーサが反射で背筋を伸ばす。キヌアの目が一瞬だけ見開かれ、それでも口は閉じたままだった。

 イルは瞬きを一つして、声の温度を落とす。落とさなければ会話にならないと分かっている顔で。

「落ち着け、ハイルトン。現場が止まれば――」

「“作戦停止を防ぐ”? それで守ったのは航路じゃねぇ」

 ハイルトンの指が画面を叩く。叩いたって届かないのに、叩かずにいられない。

「守ったのは、お前らの面子だろ。世論で、数字だろ!」

 イルの眉がわずかに寄る。怒りではない。痛みに似た皺だった。

「……世論が燃えれば、次の避難も止まる。補給も止まる。結果、もっと死ぬんだ」

「そのNTOの理論で、何人殺してきた」

 ハイルトンは笑い声みたいな息を吐いて、拾う単語を、わざと選んで叩き返す。

「見えないものは撃てる、そういう仕組みにしたのは誰ですか」

 イルが口を開く。理屈の順番を整えようとする。だが、ハイルトンはその〝整える動作〟ごと許さない。

 イルの目がわずかに細くなる。怒りではない。痛みの形だった。

「……ハイルトン。俺だって、現場を――」

「――REDROSEは兵器じゃねぇ! アスミは人間だ」

 室内の誰かが小さく息を漏らす。

 ハイルトンはそこで初めて、一瞬だけ声が掠れた。掠れたのを誤魔化すように、喉を鳴らして続ける。

「俺が、ケイやミュラーがいなくなった後もNTOにいたのは何故かわかるか。あの吊るされた檻の中にいるやつを、軍人を、一人でも人間でいさせるためだ」

 イルの視線が落ちる。落ちたまま、口だけが動く。

「……壊したいわけじゃない」

「じゃあ、止めろよ!」

 ハイルトンの怒鳴りが、最後だけ低くなった。怒鳴りではなく、殴る声だった。

「……今までだって、救えた命があったはずだ」

 沈黙が一拍、回線に挟まる。イルが何か言おうとして、言葉が出ない。出せない。

 ハイルトンは端末を睨んだまま言い捨てた。

「もういい」

「ミュラー・エリスの次に、お前らが壊したのはアスミ・レイナーだ。ケイとノエルの娘だ。忘れるなよ、副司令官」

 ぶつり、と回線を切る。司令官室に、端末の冷却ファンの音だけが残った。

 リーサとキヌアは、しばらく言葉を失っていた。

 二人とも、ハイルトンが怒鳴るのは見たことがあっても、あの種類の怒鳴りは初めてだった。理屈を理解したまま、理屈を殴り殺す怒鳴り。

 ハイルトンは椅子を蹴らない。机も殴らない。

 ただ、端末を握る指に力を込めた。プラスチックが軋むほど。視線を落とし、次の手を探す。探すしかない。

 「ログは全部保存。消される前提で二重にしろ。……ノーザンクロスに、今夜の更新履歴を送る」

「動くぞ」

 ハイルトンは椅子を蹴って立ち上がった。拳がまだ震えている。震えを握り潰すように指を丸める。

「次に同じ文面が来たら、こっちはこっちで“ログ”を取る。……逃がさねぇ」

 キヌアが小さく頷く。リーサは一度だけ唇を噛み、何も言わずについてくる。

 音が切れた後に西方の司令室に残ったのは、端末の冷たい光と、イルの呼吸だけだった。

 イルは立ったまま、指先が端末の縁に触れている。握っていないのに、握り潰すみたいに白くなっていた。

 画面には自分の顔が薄く映る。整えているはずの表情の奥で、言い返せなかった言葉だけが渦を巻く。

 最善。世論。停止回避。全部、正しい形で並べられる。並べられるのに、今夜の怒鳴り声はそれを一段ずつ踏み砕いていった。

 イルは唇を開きかけて、結局何も言わない。言っても届かないのを、分かってしまったからだ。

 ケイとノエルの娘――。

 彼はただ、端末の暗転した画面を見つめたまま、短く息を吐いた。


   *


 医務室の前の廊下は、やけに静かだった。

 白い壁に、蛍光灯の光が冷たく落ちている。医務室の扉の向こうから、かすかに機器の電子音が響いていた。

 セリはその扉の前に立ったまま、動けずにいた。胸の奥が重い。何かが決定的に壊れてしまった感覚だけが残っている。

 そのときだった。廊下の奥から靴音が近づいてきた。規則正しい軍靴の音。だが、その歩調にはわずかな荒さが混じっていた。

 セリが振り返った次の瞬間、拳が飛んできた。鈍い衝撃が頬を打ち、視界が揺れる。体がよろめく。

 体勢を立て直す前に襟を強く掴まれ、引き寄せられる。そのまま背中を壁へ叩きつけられた。

 空気が肺から押し出される。顔を上げると、シュタイナーが目の前に立っていた。

 普段の柔らかな表情は消えている。怒りだった。静かで、抑え込まれているはずなのに、それでも隠しきれない怒り。掴んだ襟をさらに引き寄せる。

「なぜこうなる前に止めなかった!」

 低い声だった。押し殺しているはずなのに、廊下の空気が震える。

「……私は警告したはずだ」

 拳に力が入る。白い手袋の上から、関節が浮き上がる。

「堕ちる前に止めろと」

 セリは何も言えなかった。ただ、ゆっくりと顔を上げる。

 目が合う。

「……あんただって……止めれたはずだ」

 その言葉に、シュタイナーの手にさらに力が入った。

 しばらく沈黙が続く。

 シュタイナーはセリを睨みつけたまま、言った。

「君は気づかなかったのか」

 壁に押しつける力が強くなる。

「彼女の目が空になったのは――」

 言葉が途切れる。そして次の瞬間、怒声が廊下に響いた。

「君たちが第七艦隊から帰ってきてからだ!」

 セリの目が、一瞬大きく開く。その瞬間、医務室の扉が勢いよく開いた。

 第七艦隊。アスミとカイトが遭遇した日。アスミと言い合った夜。今までの記憶の断片が、セリの脳裏に、走馬灯のように浮かんだ。

「貴方たち、なにをしている!」

 ラナだった。艦長の声だった。鋭く、廊下の空気を断ち切る。

 シュタイナーの手が止まる。数秒の沈黙の後、ゆっくりと襟を離した。

 シュタイナーはその場に立ったまま、自分の手を見る。

 白い手袋がわずかに歪んでいた。

 それを外し指先で引き抜く。手にはまだ力が籠っている。そして、廊下のゴミ箱の底へ叩きつけた。

 乾いた音が響く。

「失礼した」

 強くはない。しかし、声には、まだ怒りが滲んでいた。

 シュタイナーはセリを一度だけ見た。その視線には、怒りとも失望ともつかないものが残っていた。

 すぐに踵を返し、そのまま廊下の奥へ歩き去る。

 ラナは二人を交互に見た。そして小さく息を吐いた。

「アンダーソン、部屋へ戻りなさい」

「……はい」

「あなたは休んだ方がいい」


 セリは小さく頷いた。

 廊下を曲がって少し進むと、セリは誰もいない廊下の壁に背中をつけ、そのまま両手で頭を抱えて座り込んだ。

 もっと早く止められた。止めようと思えば、いくらでも機会はあった。

 廊下は音がなくなったみたいに静かだった。その時、ジョンがセリに向かって走ってきた。

「セリ! アスミが倒れたって、だいじょうーー」

 ジョンはうずくまるセリを見て、言葉を止めた。

「何があった?」

 セリは顔を上げずに、泣くでも怒るでもない、悔しさの滲んだ声を落とした。

「……カイトはARCLINEにいる」

 ジョンが止まる。理解が追いつかない。

「は?」

「俺は知ってた。あいつがどこにいるかも。アスミがおかしいことも」

 頭に添えている手が震える。

「……全部分かってたのに」

 髪の毛を掴む指に力が入る。震えているのに、力は弱くならない。

「全部……あいつなら、大丈夫」

 セリの声が、少しだけ掠れる。

「カイトが戻ってくるまで耐えられるって。ーーー俺は、アスミを飛ばすために隣にいたんだ。俺はずっと、あいつを飛ばすために監視していた」

 ――人を殺すためにここにいるの

 あんなこと言わせる前に、止めれたはずだ。もっと早く、カイトの事だって伝えられた。NTOなんか辞めてARCLINEに行かせる事だって、いくらだってできたはずだ。

 ジョンは蹲ったセリを黙って見ていた。廊下の奥で、機材の搬送音が遠くに鳴る。

「立てよ」

 セリはジョンの腕に引き起こされて立ち上がった。そのまま壁にもたれかかり、力のない目でジョンを見上げた。

「後悔してんなら、崩れんな」

 ジョンはセリをまっすぐ見た。怒りでも、叱責でもない。ただ前を向く目だった。

「……何がどうなってんのか知らないけど」

 ジョンの手が、セリの腕を強く掴んだ。

「そんなにヤワじゃないだろ、アスミも、お前も」

 セリの背中が壁から離れる。視線を外し、上を向くと、蛍光灯の白い光が目に入る。

 静かに目を閉じて、深呼吸をした。医務室の方で誰かが走ってくる音がする。

 その瞬間、ジョンの手がセリの腕から離れた。

「……言うなよ、誰にも」

 セリの声はいつも通りだった。

 ジョンが少しだけ口角をあげながら答える。

「言うかよ」

 そう言うと、ジョンはそのまま医務室に向かっていった。そして、廊下を曲がっていくジョンを見届けてから、セリは格納庫へ足を向け歩き出した。


   *


 エリンの視線が、担架の上の顔に戻る。

 アスミは目を開けている。開けたまま、何も見ていない。焦点が合わない目が天井の一点を通り抜けて、そこに留まる。

 エリンは看護師に目で合図する。

「カーテン。周りを落として。必要な人だけ」

 看護師が頷き、カーテンを引く。布が走る音が短く響く。

 それでも、電子音は変わらない。

 そのとき、扉が開く音が重なった。駆け足の靴音が近づき、呼吸が乱れたまま医療区画に飛び込んでくる。

 アンの後に遅れてラナが入ってくる。

 ラナが入口の脇に立つ。医療の動線を塞がない位置だった。艦長の声は低いが、張りつめてはいない。

「状況は」

「身体は保ってるわ。いま優先するのは刺激を増やさないこと」

 エリンは言い切る。

「……アスミ!」

 声が出たのは、名前だけ。その次の言葉が続かない。担架を見た瞬間、アンの足が止まる。

 目が開いている。でも、アスミの目がこちらを見ない。

 アンの喉が小さく鳴る。息を吸う音が引っかかる。

 看護師が反射的に手を上げる。

「患者さんに――」

 ラナが短く遮る。

「いいわ。……通して」

 アンは礼も言えず、担架に近づく。

 二歩で距離が詰まるのに、その二歩が長い。途中で膝が揺れ、肩が前に落ちる。

「ねえ……」

 声がアスミに届く前に、自分の喉で擦れてしまう。

 アンは手を伸ばして、止まる。触れる直前で指先が宙に浮いて、震える。

 エリンがアンの視界に入る位置へ回り、淡々と告げる。

「触れるなら、ゆっくり。大きい声は避けて」

 アンは頷けない。頷いたら、ここにあるものが全部〝本当〟になる気がした。

 それでも、指が降りる。アスミの手に、そっと触れる。

 温かい。温かいのに、反応は返ってこない。

 アンの顔が歪む。泣く前の顔だ。泣くのを止めようとして壊れる顔。

「聞こえてるよね」

 言った瞬間に、自分で分かる。聞こえていない。

「ねえ……」

 もう一度。今度は声が大きくなる。

「返事して」

 医療室の空気が一瞬だけ硬くなる。看護師の手が止まり、ラナの視線がアンの肩に落ちる。

 アンは止められない。止めたら、アスミが本当にいなくなる気がして、息が詰まる。

「やだ……」

 それは怒鳴りでも泣き声でもなく、喉から落ちた音だった。

 次の瞬間、堰が切れる。

「やだよ」

 声が割れ、涙が落ちる。アンはそれを拭かない。拭く手が動かない。

 看護師が椅子を寄せ、ラナがアンの背中に手を添える。押さえつけない。倒れないように支えるだけ。

 アンは座らされる形になり、それでも身を乗り出す。

 アスミの手を離さない。

「……お願い……」

 アスミは瞬きをした。それは何かに反応した動きじゃない。乾きに身体が従っただけの動き。

 アンはその瞬きを見て、息を呑む。希望が胸を叩いて、すぐ落ちる。

「……アスミ」

 医療モニターの電子音が、同じ間隔で鳴り続けていた。


   *


 扉が閉まって、通路の照明が一段落ちる。

 アンは一歩も動けず、扉の継ぎ目だけを見ていた。息を吸っても胸まで入らない。

 目は開いてたのに、見てなかった。

 膝が抜けそうになって、アンは壁に手をついた。掌が滑って、指が震える。涙が勝手に落ちる。

 角から走ってきた、ジョンが出てきて、アンの顔を見て止まる。

「……アン」

 アンは振り返れないまま、吐き出した。

「ジョン」

「アスミは?」

 その返事で、アンの肩が大きく揺れた。泣き声が漏れる。目の前の事実だけで、ジョンは理解した。

 アンが喉を鳴らして、続けた。

「……アスミ、帰ってくるよね」

 ジョンは一拍だけ間を置いた。アンの目を見て、逃げない声で言った。

「当たり前だろ」

 アンはそれに縋るみたいに頷いて、顔を伏せた。泣きながら、息だけが少し戻っていく。


   *


 格納庫は、いつもより静かだった。整備員の姿はまばらで、天井灯だけが白い機体の列を淡々と照らしている。金属の匂いと油の匂いが、動きの少ない空気の中で重たく沈んでいた。

 セリはアスミの装備を机に置きかけた。

 金具が鳴りそうになって、寸前で止める。止めたせいで、手の中で小さく噛んだ音だけがした。

 握った指に力が入る。手袋の縫い目が食い込み、関節が白くなる。

 あいつは、まだ戻れると思ってた。まだ笑える。まだ飛べる。それだけで〝まだ大丈夫〟だと押し込んでいた。

 喉の奥で息が引っかかる。言葉にならない。拳の中の装備だけが重い。

 遠くで、換気ファンが低く唸る音だけが、規則正しく続いていた。

 セリは、手元の装備を、また握りしめた。


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