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SKY  作者: RUI
SILVER LION

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94/120

Sky94-倫理と世論-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 ノーザンクロス艦内、会議区画。


 照明は落とされ、壁面のホロ投影だけが青く室内を塗っていた。艦の微かな振動が床を伝い、誰も口を開かないまま時間だけが進む。

 円卓の端にラナが座っている。肘をついた指先でペンを転がし、表情は崩さない。

 ミュラーは背もたれに深く預けたまま、画面の向こうを見ている。呼吸は静かで、目だけが動かない。


 議題は昨日の帝国からの襲撃を受けての今後の作戦方針だった。

 ホロの中には、連合軍上層部の顔が並んでいた。制服の襟章と無表情。言葉だけが整っている。


「――帝国は倫理に反する行為を繰り返している。我々はこれを断固として非難する」

「人体実験の疑いがある以上、国際社会の理解は得られない」

「連合はあくまで――」

 批判の形を取りながら、実際は結論だけを押し通す速度。誰の視線も、艦内にいるシュタイナーへは向かない


「――以上を踏まえ、帝国側の人体実験疑惑を国際世論に訴える。同時に、REDROSEの戦線復帰を急がせる必要がある」

 その言葉で、ミュラーの目だけが動いた。


 ラナはペンを止めた。転がっていた黒い軸が、円卓の上で小さく鳴る。

「……確認します」

 ラナの声は静かだった。けれど、艦橋の空調音が一段低く聞こえるほど、部屋の空気が固まった。

「いま、あなた方が非難しているのは、帝国が人間を兵器として扱ったことですか」

 ホロの中の一人が眉をひそめる。

「当然だ」

 ラナは表情を変えない。指先だけで、止めたペンを円卓に置いた。

「では、その直後に古賀一等兵を戦線へ戻せと言うのは、どういう分類になりますか」


 誰も、すぐには答えなかった。ミュラーは背もたれに沈んだまま、画面を見ていた。

 目だけが、冷えている。ホロの光が、彼の頬に薄く青い影を落とした。

「ラナ艦長」上層部の男が、声を硬くする。

「感情論は控えていただきたい」

「感情論ではありません」

 ラナは即座に返した。

「作戦運用上の確認です。帝国の非倫理性を非難するために、こちらの倫理基準をどこまで下げるのか。艦長として、把握しておく必要があります」


 シュタイナーは、背筋を崩さずに座っていた。

 そして、指を組んだまま、口元だけで――ふっと息を吐くように笑う。

「倫理ですか……世論が大切なのではなく、世論が“必要”なのでは?」

 会議室の視線が、一斉にシュタイナーへと向けられた。ホロ画面の向こうでも、何人かが息を止める。

 それでもシュタイナーは、相手から目を逸らさなかった。ほんの一瞬、会議が止まる。

「だから」

「手は汚さない。汚れ役は空に上げる。帝国が狙っているのを承知で」

「REDROSEという高適合者を」

 言い切った瞬間、室内の空気が薄くなる。

 隣の席で誰かが小さく息を呑んだ。ラナのペンが止まり、指先が一度だけ硬くなる。ミュラーは瞬きもしない。


 ホロの中で誰かが口を開きかけ、言葉を飲み込む。

 整った批判の言葉が、机の上で崩れずに残ったまま、宙に浮く。

 シュタイナーの目が怒りを帯びている。しかし口調は平坦で冷静だ。

「……国というのは残酷ですね。帝国も連合も…ただ、汚れ方が違うだけに見える。」


 その言葉が落ちたあと、誰もすぐに返せなかった。

 返した瞬間に“何を守りたいのか”が露骨になるからだ。

 ラナは一呼吸置いて、ホロに視線を向けたまま、淡く笑うでもなく言う。

「……次の議題は?」


 会議の中の誰かが咳払いをする。話題を戻そうとする声が、少しだけ上ずっていた。

 ミュラーはまだ黙っている。

 ただ、肘掛けに置いた指先が――ほんの少しだけ、強く曲がっていた。


 ホロの青い光だけが、テーブルの縁を冷たく照らしていた。会議が終わり、それぞれが会議室から自分の仕事へと戻っていく。

 シュタイナーが会議室から出てまっすぐに伸びた廊下を歩き出すとミュラーが立っていた。

 シュタイナーはミュラーには目を向けず前を通り過ぎようとした

「おい」

 ミュラーがシュタイナーを呼び止める

 シュタイナーは顔だけをミュラーに向ける

「……はい」


 ミュラーが目線だけシュタイナーを見る

「さっきのは、お前の私心か?それとも………国の考えか?」

 シュタイナーは少し考えて、口元だけで笑った。

「我が国は宇宙時代のキーパーソンとなる人材を死なせたくない」

「ーーそれだけですよ」

 シュタイナーはそのまま廊下を歩いていく。ミュラーは会議室のホロ越しに見えた目を思い出す。あれは“中立国の派遣士官”の顔じゃなかった。ふっと、ミュラーの口元がほぐれる

「…くえない奴だな」


 ブリッジ直下のブリーフィングルームは、いつもと同じ白い明かりだった。

 天井の換気が低く唸って、壁のモニターには宙域図と、数字と、矢印が淡々と並ぶ。

 ――昨日の戦いの痕跡は、ここには置かれていない。

「次任務。 ポイントD-17、通商レーン沿いの哨戒と、合流予定の避難艇群の護衛」

 読み上げる管制士官の声は平らで、 抑揚が少ない。それが仕事の声だと分かっているのに、ミュラーは喉の奥が少しだけ乾くのを感じた。

 ブリーフィングの最後、管制が淡々と読み上げた。

「目標、地上補給線。制圧後、残存は殲滅。帰投優先」

 返事が重なる中で、あすみだけが一拍もずれずに返す。

「REDROSE、了解。制圧後、残存は殲滅。帰投優先――復唱完了」

 セリがあすみを見て少しだけ笑った。前日の襲撃の後、あすみは変わらずいつも通りだ。「お前、端的に言いすぎだろ」

 あすみはヘルメットの顎ロックを締め、薄く口角だけ動かす。

「手順でしょ」

 席に着いている顔ぶれも、いつも通りだった。セリは椅子の背にもたれ、片足を軽く揺らしている。目の下に薄い影があるのに、口元だけがやけに軽い。その隣で、あすみはモニターを見ていた。背筋は真っ直ぐ。指先だけが、膝の上で一度きゅっと握られる。

 ミュラーは、あすみの横顔を見てしまって、視線を外した。

 誰も、昨日の戦闘を口にしない。あれだけの音と、あれだけの匂いと、あれだけの恐怖を――まるで最初から無かったみたいに飲み込む。

「追加。交戦時は、撃破より無力化を優先。対象を逃がすな。回収可能な状態を維持すること」

 その“言い回し”が、ミュラーの中で一瞬だけ引っかかった。胸の奥に、硬い針が刺さる感覚。

 ――捕獲プロトコル。昨日、アンが吐き捨てた「気持ち悪い」が、遅れて耳に戻ってくる。

 ミュラーは顎をわずかに引いて、何も言わない顔を作った。ここで止めても、止まらない。

 止まらないことを、もう知っている。

「了解。......以上」解散の合図が出る。椅子が軋み、足音が重なる。

 それが、昨日の続きの音とは思えないくらい、あっさりしていた。


 格納庫は、整備灯の列がきっちり並び、機体の腹が淡々と開かれていた。工具の乾いた音。チェックリストを読み上げる声。扉の開閉。換気の低音。“処理”の音の上に、もう“次”の音が重なっている。

「おし、今日も無事に帰ってこよーな。生きて返って、飯食って、寝る。」

 セリがヘルメットを指で回しながら言う。笑っているのに、目は笑っていない。笑わないと摩耗するから笑っている。

 あすみが小さく口角を上げた。息の温度だけで作った笑い。

「......うん」返事は短い。それでも“返した”ことが、ミュラーには妙に重く見えた。

 ミュラーは自分の機体の下で、整備員から端末を受け取る。手が勝手に動く。ベルトの締め具合、グローブの感触、 ロックの確認。昨日“帰ってきた”身体は、もう“いつもの”へ戻ろうとしていた。「ミュラーさん」整備主任が呼びかける。油汚れの付いた手袋のまま、端末を示した。

「推進系、問題なし。昨日の負荷は......まあ、記録見りゃ分かる。けど、今日は“普通”に飛べます」

「......普通、ね」

 ミュラーが苦笑すると、整備主任は眉だけ動かして返す。

「普通に壊して、普通に直しますよ。俺らは」

 言い切る声が、頼もしいのに救いにならない。救いにならない現実に、みんな慣れている。

 少し離れたところで、あすみの機体のカウルが閉じられる。整備員が肩を叩いて、親指を立てた。あすみは頷く。 ――頷き方が、硬い。

 セリがそれを横目で見て、わざと明るく声を出した。

「あすみ、今日帰ったら自販機奢れ。昨日の分も。利子つけて」

 あすみは少しだけ時間を置いてから、ほんの少しだけ息を吐く。

「高い利子だね」

「戦場利子だよ。やさしいだろ?」

 いつもの軽口。そのやり取りが戻るほど、ミュラーは気持ち悪さを覚えた。

 ――異常が日常に飲まれる。

 ミュラーはふと、自分の袖口を見る。教官章はもうない。今の自分は“教える側”ではなく“飛ぶ側”だ。それでも視線が勝手に人数を数える。

 欠けがないか、顔色が悪くないか、無理をしていないか。


 “......次もやる”アンの声が、 まだ耳の奥に残っている。

 発進灯が変わる。セリの機体が滑り出し、青い推進光が一瞬だけ強くなる。

 あすみの機体が続く。背中が――ほんの一瞬だけ固い。肩甲骨のあたりが、硬いまま前へ出る。

 ミュラーは、その背中を見送ってから、自分の操縦桿に触れた。

 カタパルトが動き出す。 発進の衝撃が来る前に、ミュラーは短く呟いた。

「......行くぞ」返事は、通信の中で重なる。

 いつもの戦争が、何事もなかったみたいに再開した。

 ーーー

 管制システム課へ降りる廊下の途中で、アンは立ち止まって外を見ていた。 観測窓の向こう、三機のSKYが軌道へ滑り出していく。光点が、すぐに小さくなる。

 アンの脳裏に、昨日のログの断片が刺さる。

 TARGET:REDROSE

「......なんで」

 なんで昨日の今日で本部はすぐにREDROSEを任務に出せるの。

 声は低いのに、喉の奥が熱かった。手すりを掴む指に力が入って、白くなる。


 あすみがLAAに行き、北方に配属になり、西方へ行ってから。日が経つにつれ連絡が遅くなっていたこと。

 メールの内容や書き方が、少しずつ変わっていったこと。

 頼んでないのに、セリから来る定期連絡でしか、あすみの様子を知れなかったこと。


 ――全部、同じところに戻ってくる。あすみのために何もできない自分。


 奥歯を噛みしめた。悔しさで、胸の奥がぎゅっと縮む。窓の外の光点は、もう見分けがつかないくらい遠い。

 それでもアンの目は、まだ追っていた。


 追ったところで、何も届かない。通信を繋いでも、任務中のあすみには触れられない。

 それでも、目を離したら本当に失ってしまう気がした。


「……あすみ」


 名前だけが、喉の奥で小さく擦れた。


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