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SKY  作者: RUI
SILVER LION

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93/93

Sky93-捕獲プロトコル-

 


 ブリッジから二つ下の階層にある管制システム課は、いつも照明が一定だった。昼か夜かを忘れさせる白さ。空調の乾いた風。ラックの奥で回るファンの低い唸りが、眠気ではなく焦りだけを削っていく。


 端末の列は埋まりきっていた。椅子に座れない者は立ったまま、膝の上でキーボードを叩く。モニターの隅では、未処理ログの件数が淡々と増えていく。


「……あー、もう。これ、誰が振り分けたの」

 アンが吐き捨てるように言った。髪は少し伸びて、肩につかないくらいのボブになっている。目の下に薄い影があった。口元だけが妙に元気で、怒りで保っている顔だった。

 椅子に片膝を乗せ、体重を前にかけたまま端末を操作する。指は速い。けれど速さが乱暴じゃない。慣れている手の速さだった。


 隣で、ジョンが無言で椅子を引き寄せ、アンの背後から画面を覗いた。いつもより口数が少ない。眼鏡の位置を指で直す仕草だけが、落ち着こうとしているのを見せる。

「戦闘班のログが混じった。タグ付け、途中で切れてる」ジョンの声は低い。

 アンが舌打ちをひとつして、画面のスクロールを止めた。

「……ほら。これ」

 画面の上部に、ミュラーが言っていた分類タグが残っている。


 ――拘束ワイヤ/捕獲プロトコル。


 アンはその文字列を見た瞬間、眉間に皺を寄せた。嫌な匂いを嗅いだみたいな顔だった。

「何これ、気持ち悪い」


 言い方が即断だった。根拠を積む前に、身体が拒否している。

 ジョンは一拍だけ黙って、それからアンの横に座った。椅子の背もたれが小さく鳴る。

「“撃墜”じゃない単語が多いな」

「そう。多い。偏ってる」

 アンは指先で画面を叩く。叩くたびに、モニターの光が彼女の頬骨を冷たく照らした。

「……ほら。“接触未遂”。こっちは“射出”。こっちは……リンク?」

「欠け方も変。大事そうなところだけ抜けてる」


 ログの断片が、短い語だけで並んでいた。文章にならないほど短いのに、妙に整っている。


 WIRE: LAUNCH

 WIRE: CONTACT (NEAR)

 LINK: CODE ――〈欠損〉

 RETRIEVE: HOLD ――〈?〉

 DAMAGE: MINIMUM


 アンが、欠損箇所で指を止める。爪先が床を小さく叩きはじめる。苛立ちが足に落ちていた。

「欠け方がさ、都合よすぎない? リンクコードだけ、綺麗に抜けてる」


 ジョンが画面の端に出ているタイムスタンプを指差した。視線は冷静だが、瞳の奥が硬い。

「通信が荒れてた時間帯だ。……でも、抜けるなら“全部”抜けるはずだよね」

「でしょ」

 アンは肩をすくめ、口角だけ上げた。笑っていない笑いだった。

「必要なとこだけ残ってる。“ワイヤを出した”“接触しかけた”“リンクしようとした”……それだけは言い訳できないように」

 ジョンは頬に手を当て、息を吐いた。吐いた息が乾く。


「……簡単に言うと、落とすためのログじゃない」

「逃げ道を削って、近づいて、繋いで、そのまま持っていくための記録だ」


 アンがすぐに被せる。

「だから気持ち悪いの」

「戦ってるんじゃなくて、捕まえる手順になってる」

 アンは次の束へ指を滑らせた。今度はターゲット指定の欄が目につく。そこも、揺れていた。


 TARGET: R2/S2

 TARGET: REDROSE

 TARGET: R-02 ――〈?〉

 PRIORITY: ――〈欠損〉

 NOTE: “DO NOT DROP”


 アンの目が細くなる。鋭い。噛みつく前の目だった。

「表記ブレてる。……でも、全部同じとこ指してる」


 ジョンが、画面の右端に残った交戦軌跡の簡易図を拡大した。点と線だけの、戦闘の骨格だった。

「……位置取りが、ひとつに寄ってる」

「ね」

 アンが短く笑った。今度は声が出ない。喉で鳴らしただけだった。


「REDROSEに寄せてる。撃ち落とすんじゃなくて、追い込む形。……落とさない形」

 画面の下に、自動生成メモが薄く残っている。人間の会話じゃない、機械の注記みたいな温度だった。


 AUTO-MEMO: DAMAGE CONTROL REQUIRED

 AUTO-MEMO: “MINIMUM BREAK”

 AUTO-MEMO: “TRANSPORTABLE”


 アンがそれを見て、鼻で笑った。笑いより先に怒りが来る声だった。

「……“運べる状態”って何。あすみのこと、捕獲して運ぶつもり?」

「ふざけないでよ……」


 ジョンは答えない。答えたくない顔で、ただ指を止めた。それから、自動メモの欄を静かに指差した。

「たぶん、これが一番分かりやすい」

「壊しすぎるな、動けなくしすぎるな、そのまま連れていける状態で残せって意味だ」


「……最悪」アンは吐き捨てた。

「本当に、あすみを生きたまま攫うつもりじゃない」


 その時、背後の扉が開いた。

 短い足音。止まる。影が落ちる。

 ミュラーが立っていた。ヘルメットはもう持っていない。代わりに、袖口の白銀の獅子が薄く見えたまま、手は空だった。空なのに、握りしめた跡が残っている指だった。


「……それ、残ってるか」

 声は低い。疲れているのに、眠い声じゃない。


 アンが振り向く。目つきがそのまま噛みつく。

「残してます。言われた通り。――で、これ何ですか?」


 ミュラーは一瞬だけ言葉を探す顔をした。探して、やめた。今は説明をごまかす順番ではない。

「……帝国がREDROSEを狙ってること自体は、もう分かってる」


 アンもジョンも黙った。ミュラーの声が続く。


「北方基地の解読でも、ハイルトン司令の口からも、撃墜じゃなく捕獲だと聞いてる」

「だが、これは“そういう意図がある”って話じゃない」

「実際に戦場で使った装備と手順の記録だ」


 アンの眉間の皺がさらに深くなる。

「じゃあ、やっぱり次もやるってことじゃないですか」


 今度はジョンが補足する。声は落ち着いているのに、内容が鋭かった。

「手順が綺麗すぎます。偶然のログじゃない。……準備してる側の痕跡ですよ」


 アンが即座に頷く。頷き方が乱暴だった。

「絶対、やります」

「あすみのこと、捕獲して運ぶってなってる」


 ミュラーは端末を覗き込み、欠損したリンクコードの欄を見た。見た瞬間、あすみの「連れていかれる怖さ」が、遅れて裏側から刺さった。


 彼は息を吸い、短く言った。

「……保存しろ。別系統にもバックアップしろ」

「消される前提で動け」


 アンが目を見開く。噛みつく顔から、ほんの一瞬だけ本気の顔になる。

「了解しました。――ジョン、外部ストレージ、回す」


「今やる」

 ジョンが椅子を蹴るように立ち、奥のラックへ走った。アンはその隙に別窓を開き、タグの固定保存と複製先の設定を一気に叩き込む。怒りで研がれた指先が、今はそのまま仕事の速さになっていた。


「これ、絶対消されますよ」

 アンは画面を見たまま言った。

「こういうの、残ってていい記録じゃないもの」


「だから残す」

 ミュラーは短く返す。


 保存完了の小さな音が鳴る。続いて、バックアップ開始の表示が走った。


 アンがようやく小さく息を吐く。

「……取った」

「第一系統、第二系統、外部にも流しました」


 ジョンが戻ってきて、端末の横に小型ストレージを置いた。

「これで片方が飛んでも残る」


 ミュラーは、一度だけ頷いた。それから、もう一度画面を見る。


 拘束ワイヤ。捕獲プロトコル。運べる状態。


 戦場で感じた違和感が、ようやく言葉になって並んでいた。


 帝国は、あすみを撃ち落とすつもりではなかった。最初から、生きたまま持ち帰るつもりで動いていた。そして、この手順は一度きりの場当たりに見えない。次も来る。その時は、もっと形を整えてくる。


 アンが低く呟く。

「……ふざけんじゃないわよ」


 さっきと同じ言葉だったが、今度はただの嫌悪じゃない。先の現実まで見えたあとの、冷えた怒りだった。

 ミュラーは扉へ向き直る。

 歩き出す前に一度だけ、画面の「捕獲プロトコル」という文字列を見た。


 説明がなくても分かる。

 これは、次の捕獲の準備記録だ。


 そして、その予兆はもう戦場だけでは終わっていなかった。


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