↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SKY  作者: 岩佐知秋
SILVER LION

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/126

Sky83-静かな異音-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 救護室の扉が閉まったあと、ミュラーは数歩だけ廊下を進んで、足を止めた。

 艦内の換気音に混じって、遠くから一定の電子音が聞こえる。救護室のモニターの音だと分かった瞬間、喉が詰まった。規則正しい電子音。生きている証のはずなのに、なぜか胸が締め付けられる。

 呼吸を整えるふりをして、ミュラーは背中を壁に預ける。握っていた拳を開くと、掌に爪の跡が赤く残っていた。

「ミュラー」

 横から声がした。振り向くと、ガナシュが立っていた。視線が、救護室の方向へ一度だけ流れてからミュラーへと戻る。

「避難民受け入れの臨時区画を立ち上げる。お前は学園側の責任者として立ってくれ」

 ミュラーは返事を整える余裕がなく、短く答えた。

「……分かった」

 ガナシュは、もう一度医務室へ視線を向けた。

「ブライトン大統領の御息女は落ち着いたか」

 ミュラーは視線を落としたまま答える。

「今は鎮静剤で眠ってる」

 視線を医務室から戻すと、ガナシュはミュラーの肩に手を置き、静かに言った。

「艦長も言ったが、お前のせいじゃない。忘れるなよ」

 ミュラーは、肩に置かれた手に一瞬視線を向けるが、すぐに片手でガナシュの手を払うと横を通り過ぎながら言った。

「分かってる」

 ガナシュは、廊下を歩いていくミュラーの後ろを数歩開けてついて行く。


   *


 格納庫前の区画は、収容所のようになっていた。

 毛布が積まれ、水と栄養パックの箱が並び、救護班が簡易ベッドの位置を指示している。壁沿いに座らされた生徒たちの間を、医務が順に歩いて回っていた。誰かが泣いて、誰かが黙り込んで、誰かが友達の名前を呼んでいる。ミュラーがそこへ入った瞬間、視線が一斉に集まった。制服の教官腕章が、ここでは生徒たちの安心材料になる。何人かが、毛布の中から腕章を見ている。

「……教官……?」

 どこかで小さな声がした。ミュラーは答えない代わりに、歩幅を落とした。

 走ったら、余計に怖がらせる。

 その奥で、ラナが指示を飛ばしていた。艦長は声を張り上げない。けれど、周囲の動きが揃う。

 救護の手が止まらず、整備の人員が通路の確保へ回り、警備が人の流れを整理していく。

「格納庫の奥は機体の動線。そこに学生を入れないで。区画を分ける。いい? ここは戦艦じゃなくて“避難船”よ」

 誰かが「しかし艦長、作戦――」と言いかけた。

 ラナは視線だけで止めた。

「作戦は私が背負う。いまは受け入れる。やることは一つずつ」

 ミュラーはその言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ落ち着くのを感じた。後ろから歩いてきていたガナシュが、ミュラーの横へ半歩出る。

「学園の生徒は“学年”で固める。お前は点呼と配置。できるだけ、知っている顔を同じ区画へ」

「……了解」

 ドック側がもう一度騒がしくなった。

「新規入港、二機! 学園所属の訓練機――」

 誘導灯が走り、整備員が手を振る。二機のヴィーラと小型機が震えながら滑り込んで、ロックが噛む。

 ハッチが開く前から、中の人の気配が溢れてくる。

 先に降りてきたのは、訓練生だった。クリスは顔が煤けているが、気丈にヴィーラから降りてきた。

 次にスザンナが乗ってきたヴィーラから降りてくる。手が震えているのに背筋を崩さない。小型機から降りてきたアミューは、端末を握りしめたまま、唇を噛んでいる。

 ミュラーを見つけた三人の肩が、同時に落ちる。クリスがミュラーに言いかける。

「教官……報告を――」

 ミュラーは一瞬だけ足を止めて、まっすぐ三人に近づいた。

「よくやった」

 クリスの眉が少し下がり、「はい」と言いながら声を詰まらせた。

 スザンナは泣かないまま、目だけ赤い。

 アミューは一度だけ頷いて、機体の中へ手を伸ばした。

「……まだ乗ってる生徒がいます。怪我人も」

 ミュラーは頷く。

「分かった。救護班、こっち。先に酸素、次に止血。動ける生徒は座らせろ」

 言いながら、自分でも驚くほど、口が勝手に回った。

 救護班が詰め、毛布が広げられ、担架が差し込まれる。泣き声が増える。名前を呼ぶ声が重なる。誰かが「教官」と叫ぶ。

 ミュラーは振り向いて、声を低くした。

「ここは安全だ。いまは、言う通りに動け」

 言い切ると、生徒たちが一瞬だけ静かになる。静かになったあと、震えが伝染するみたいに戻ってくる。


 臨時区画の入口で、ミュラーは上着の袖を捲った。袖口が擦れて、布が少し引っかかる。

 そこに、薄い刺繍が残っていた。白銀の獅子。かつて自分に与えられたコードネームの紋章。洗われて、削れて、輪郭だけになっている。

 ミュラーは一瞬だけ指先で触れて、すぐに手を離した。見ている暇はない。

「教官!」

 呼ばれて顔を上げると、怯えた目が並んでいる。子どもの目だ。訓練生も、いまは子どもと同じ顔をしている。

 ミュラーは息を吸って、手元の端末を開いて名簿を見る。避難民兼、指導教官。それが、いまの自分の役目だと分かった。通路の向こうで、ラナの指示が途切れない。ノーザンクロスの中が、“受け入れるための音”で満ちていく。

 ミュラーは端末を握り直し、次の名前を呼んだ。


   *


 学園アカデミーから避難してきた生徒たちは、グループごとに分けられ、艦内の空き会議室へ順に移されていった。インシオンや他のコロニーへ輸送する手筈が整うまで、しばらくはノーザンクロス艦内で過ごすことになる。

 一通りの申し送りが終わった頃には、もう深夜近かった。格納庫前のホールは人影もまばらで、さっきまでの慌ただしさが、ようやく少しだけ落ち着いている。

 ミュラーは紙コップの薄い縁を指で押しながら、窓際の椅子に座っていた。窓の向こうには、無数の星と、夜の側へ回ったインシオンの灯りが暗がりの中に散っている。

「あなたの部屋、医務室のいちばん近くに変えたって。ラナが伝えておいてって」

 背後から声がした。振り向くと、エリンが同じようにコーヒーの入った紙コップを持って立っていた。

 ミュラーは視線だけをエリンに向けて、すぐにまた窓の外へ戻す。

「……どうも」

 ぶっきらぼうに返すと、エリンの口もとが少しだけ緩んだ。

「久しぶりの再会なのに、冷たいのね」

 エリンはミュラーからほんの少し距離を空けて、隣の椅子に腰を下ろした。

「こんな状況で、明るく挨拶ってわけにもいかねーだろ」

 エリンは何も言わず、ミュラーの横顔を見る。疲労がそのまま滲んだ顔だった。

「ミュラー、少し眠ったら? 今日は色々ありすぎたわ」

 ミュラーは「ああ」とだけ短く返して、また黙った。

 エリンは周囲に一度だけ視線を配ってから、少し声を落とす。

「眠るのが怖いの?」

 ミュラーは視線の置き場を決めないまま、低く返した。

「……わかんねえ」

 怖くないと言えば嘘になる。目を閉じた先に何が来るのか、考えたくなかった。うなされて起きるのか、眠ったまま朝まで落ちるのか、自分でもわからない。

 エリンはミュラーから目を逸らさないまま、コーヒーをゆっくり口へ運んだ。

 それから、静かに話を続ける。

「明日、アスミちゃんたちが別のコロニーの任務から戻ってくるわ」

 ミュラーは、その言葉を聞いて、やっとエリンの顔を見た。

「配属が変わったのか? ノーザンクロスに?」

 最後に聞いた時、REDROSEは西方本部空域を飛んでいたはずだ。それが、どうしてノーザンクロスにいる。

 西方本部のやり方はよく知っている。今やREDROSEはNTOの象徴として扱われている。

 NTOがREDROSEを最前線から簡単に外すはずがない。

 何かあった。

 そう理解するには、今のエリンの言葉だけで十分だった。エリンは、ミュラーから目を外し、窓の向こうに視線を流した。

「少し前にね」

 そして、ほんの少しだけ間を置いて続ける。

「あとは、貴方が自分の目で見て判断して」

 エリンは立ち上がり、片手のコーヒーを飲み干すと、ミュラーの顔を指先で示した。

「それから、そんな顔で出迎えちゃ駄目よ」

「ちゃんと寝なさい。約束よ」

 エリンはそう言うと、「おやすみ」と言って、医務室の方へ歩いて行く。


 ミュラーが手に持っていた紙コップのコーヒーは、もうとっくに冷めていた。


本作の本文・設定・登場人物・固有名詞・世界観・構成を、作者の許可なく転載、複製、翻案、要約転載、データセット化、AI学習・機械学習・生成AIサービスへの入力、解析、再配布に利用することを禁じます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。