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SKY  作者: RUI
SILVER LION

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79/96

Sky79-LAA航宙アカデミー-

 


挿絵(By みてみん)


 闇の中で、 計器の光だけが浮いていた。

 狭いコクピット。 呼吸がヘルメットの内側で跳ね返る。

 指先がスティックを握り潰しそ うで、 でも力の入れ方が分からない。


 ――光が、 地平線を裂いた。爆発は音より先に視界を奪い、 その後に鼓膜と機体を叩きつける。

  黒い惑星の縁が、 一瞬だけ昼になった。眩しさに目を細めた瞬間、 通信が割り込む。

 怒鳴り声と、 雑音。


『ミュラー! 次! 次も上がれ!』

 ケイの声だった気がする。 いや、 違う。 いつも隣にいたはずの声が、 遠い。

 隣の編隊位置が空白だ。 画面の端で、 ケイのコールサインが消えている。


(......みんないなくなった。)


 次の瞬間、 命令が冷たく届く。

『お前がやれ。 代わりはいない』


 目の前の空が、 ひどく広い。 広いのに、 逃げ場がない。

 部隊再編の通知が無機質に点滅して、 誰かの穴に自分が押し込まれる感覚だけが残る。

 機体が回る。 照準が合う。 撃てる。 撃たないと終わらない。

 そう思った瞬間、 視界の下に“地上”が割り込んだ。

 避難区域。 非武装の区画。走る人影。小さすぎて、敵味方の区別がつかない。

  「違う……!」声が漏れた。 通信は返らない。返るのは命令だけだ。


『戦果を出せ。 止めるな』

 ミュラーの手が勝手に動く。引き金に指が触れる。その瞬間、地上で何かが跳ねた。――子どもの腕が見えた。

 短い袖。 血。 赤黒い塊。その隣で、ぬいぐるみが転がっていた。


  白い布が泥と血で重く濡れて、片目が取れかけ ている。

「やめろ......ッ」

 喉が焼けたみたいに痛い。 息が入らない。 視界が揺れて、 コクピットの縁が迫る。

「やめろ! やめろやめろやめろ……!」

 叫んだ瞬間、 耳元で警告音が鋭く鳴った。 計器が赤に染まる。 機体が悲鳴を上げる。


  ――そして、 また暗闇に戻る。


 ミュラーは屋上の入り口から隠れた場所で、跳ね起きた。

 息が荒い。 喉が痛い。 シャツの背中が汗で濡れている。

 髪が額に張りつきそうなくらい、 汗をかいている。

「......っ、 くそ......」

 手の甲で額を拭う。 拭っても拭っても、 汗が出てくる。

 コロニーの空調から流れる人口の風は冷たいのに、 体の内側が熱い。


(......夢だ)

 そう言い聞かせても、 鼻の奥に油と焦げの匂いが残っている気がした。

 ミュラーは顔を上げた。柵の向こ うに、 黒い宇宙が広がり、 青い地球がゆっくり回っていた。

 しばらくすると柵にもたれて、 片手で缶コーヒーを持ったまま、コロニーの人口の空から微かに見える 地球を見ていた。

  視線は真っ直ぐなのに、 まばたきが少ない。 額に、 さっきの汗の名残がうっすら残っている。


「やっぱりここにいた。」

 背後から、 靴音が近づく。サラ・ブライトンが白い資料ファイルを抱えた まま入り口のドアの前に立っていた。

 忙 しい人の顔をしている。 耳元のピアスだけが、 歩くたび小さく揺れた。

 ミュラーは振り向き、 口の端だけ動かした。

「……なんだよ」

 言いながら、 もう一度手の甲で額を拭う。

  動作が雑で、 隠す気がない。 サラはため息をつき、 すぐに言い返す。

「なんだって、探したのよ。連絡も全然返してくれないし心配してたんだから。」

「はいはい」

 ミュラーは肩をすくめ、 柵から背を離した。缶を一口飲んで、 苦い顔をする。

「うるせーのが来たから戻るかな」

「ちょっと、 ミュラー!」サラが一歩詰める。

 目線が、 ミュラーの額に留まった。 汗の筋。 乾ききっていない湿り。

 サラは言葉を飲み込み、 視線をそらさずに小さく息を吐く。

(ミュラー......あなた、 まだ良くなってないのね)

 サラは気づいたことを言葉にはしなかった。

「お父様も貴方に会いたがってたのよ。 明日の視察の件、 ちゃんと挨拶して」

 ミュラーの目が一瞬だけ硬くなる。 それでも、 声は軽く作った。

「......いや、 いいよ俺は。」

 サラは資料を抱え直し、 屋上の扉へ顎をしゃくった。

「するの。 明日になったら話す時間なんてないんだから。」

「うるせーなあ...」

 ミュラーは頭をかき、 歩き出す。

  屋上の扉が閉まる音が、 金属に短く響いた。

 ⸻


 航宙アカデミー、通称LAAは、地球圏の外、宇宙空域を地球に沿って回る学園コロニーの中にあった。

 連合軍に加盟する各国から集まり、パイロットや管制官などを育成している。

 一般市民の住む居住区画とは別にLAAは広大な敷地内に一つの町みたいに寮や食堂、訓練施設等が併設していた。


 エレベーター前の廊下は、 学生の靴音と、 端末の通知音が混ざっていた。

  壁のモニターにはニュースが流れている。 帝国側の小さな衝突。 境界付近の緊張。

  けれ ど画面の音量は低く、 ここではまだ“遠い話”だ。

 エレベーターの扉が開いた。

「――ミュラー中尉、 何やってるんですかこんなところで」

  広報担当者が先に言った。 スーツの襟を正し、 顔が硬い。

 ミュラーは露骨に嫌そうな顔をした。

「げ」

 隣でサラが背筋を伸ばす。

「大統領。会談は終わったんですか?」

 中には、 ブライトン大統領がいた。 穏やかな笑い方をする人で、 疲れの影を見せない。

「ああ、 ちょっと早く終わってね。 サラ、 段取りは問題ないかい?」

「はい、 予定通りです」

 大統領がミュラーを見る。 視線は柔らかいのに、 圧がある。

「ミュラー君も乗りたまえ」

 ミュラーは反射で背筋を正し、 敬礼した。

「はっ! 失礼します」

 扉が閉まる。 機械音が静かに唸る。密室の空気がきれいすぎて、 ミュラーは息の置き場を探すみたいに視線を泳がせた。

 大統領がミュラーを見て微笑んだ。

「いつも、 娘と仲良くしてくれているようだね」

 ミュラーは咳払いをひとつして、 曖昧に返す。

「あ、 いえ、 まあ同級生ですので」

「ははは。 これからもよろしく頼むよ。 娘は仕事ばかりでね、 たまには息抜きに付き合って くれると助かるよ」

「おと......! 大統領、 やめてください!」

 サラが顔を赤くして、 資料をぎゅっと抱え、後ろに立っていた広報担当者が、目を逸らす。

 ミュラーは、 笑うべきか困るべきか分からず、 口元だけ引きつらせた。

 エレベーターが到着して、チン、 と澄んだ音が響いた。

 ミュラーは一歩前に出て、 もう一度きっちり敬礼した。

「それでは、 私はここで失礼いたします」

「うん。 頼むよ」

 扉が閉まる直前、 サラが小さく睨んだ。

 ミュラーは見ないふりをして、 廊下へ出た。扉が閉まりきったあと、 大きく息を吐いた。

「......よろしくって......はあ......めんどくせえなあ」

 頭をかきながら、 教室の方向へ歩き出す。廊下のモニターが、 戦場のニュースを淡々と流し続けていた。


 ーーー


 訓練場の空気は、 パイロット候補生達の熱気で溢れていた。

 整備音は控えめで、 床は乾いている。

 訓練用の機材が整然と並び、 壁面スクリーンに今 日のメニューが出ている。生徒たちは体操服の上に訓練用ベストを着て、 列を作っていた。

 ミュラーは生徒の前に立って、名前を呼び、 返事を受け取る。それだけで、 場の空気が少し締まる。 生徒は“教官”がいる時の顔になる。

「今日は基本。 フォームと手順。 余計なことはやるな」

 ミュラーは短く言って説明を長くしない。

  訓練は、 身体に入れていくものだ。クリスが肩を回しながら軽い口調で言った。

「教官、 大統領もう来てるんですよね?」

 スザンナはグローブの締め具合を確かめ、 アミューが端末でログの 表示を開いていた。ミュラーは軽く目を向けただけで返した。

「来てる。 余計なことすんなよ」

 クリスは一瞬だけ目を開いたがすぐに口元を緩ませて続ける。

「余計なことって何ですか」

「お前が今考えたこと全部」

 笑いが起きる。 大きくない笑い。

 いつもと同じ、授業前の穏やかな時間が流れていた。

 スクリーンの端で、 ニュースのテロップが短く流れる。

  警備強化、 安全確認。

 生徒の視線が一瞬だけそっちに寄る。

 アミューがスザンナの腕の辺りを肘で突いた。

「ほら、聞いてみろよ」

 ミュラーが手に持っていた端末を見ながらスザンナに目を向ける。

「なんだ、質問か?」

 スザンナはアミューを横目で少し睨むと、ミュラーに顔を向けて言った。

「REDROSEが教官の教え子って本当ですか?」

 画面に戻そうとしていた視線がスザンナの顔に戻る。

「……そうだけど」

 アミューとクリスが声を上げる。

「すげえ」

「本当なんだ!」

 スザンナが続けて話した。

「訓練生の先輩が、ミュラー教官の生徒は現場でコードネームが付くパイロットになるって」


 コードネームの付くパイロット

 その言葉の真実を、生徒達は知らない。

 今目の前にいる彼らは、目を輝かせ、SKYという人型兵器で空を飛ぶ事を目標としている。

 ミュラーはため息を一つ落として答えた。

「いいか、お前たちにコードネームが付くかどうかはお前たち次第」

「俺が6年教えてきて、コードネームが付いたのはREDROSEだけ」

 クリスが眉間に皺を寄せて呟いた

「え、少な。」

 ミュラーは、 声のトーンを変えずに続けた。

「そう、非常に少ない」

 端末に視線を落とし、手でSKYを指しながら生徒を誘導する

「つけたきゃ優秀な成績を上げろ。ほら、 準備しろ」

「ログ取れ。 手順守れ。 ――見栄張るな」

 訓練の合間、 ミュラーは訓練場の外に出て、 通路の端から校舎内を見た。

 生徒が行き交い、 職員が式典の準備で忙しそうに走っている。

  サラが遠くで誰かに指示をしている。

 警備隊は静かに立っていて、 目立たないようで目立っている。

 明日は大統領の学校訪問記念式典がある。

 だから、学園コロニーはいつもよりも色めきだっている。

 でも、ここは学校だ。

 子どもたちが、 子どもとして過ごせる場所だ。


(……何も起きてくれるなよ)


 遠くでチャイムが鳴った。

 ミュラーは一度だけコロニーの人工の空を見上げ、 それから、 教官の顔に戻って訓練場へ歩き出した。


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