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SKY  作者: RUI
BASE UNION

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72/93

Sky72-すれ違う火線-

 



 都市西区の上空は、朝だというのに薄く煙っていた。

 崩れた外壁の粉塵と、燃え残った建材の匂いが風に乗って流れ、

 避難誘導のサイレンが遠くで途切れ途切れに鳴っている。


 高い建物は少ないが、そのぶん屋根の高さが揃っていて、

 白い機体が低空を抜けるたび、窓ガラスが小さく震えた。


 第0小隊は西側街区の外縁から侵入し、民間施設の密集地帯をかすめるようにして戦線へ入った。

 先頭を飛ぶのは、あすみの機体だ。

 連合軍の白い装甲は鈍い朝の光を受けて淡く光り、その継ぎ目と関節部では、

 いつもなら青く走るはずの反応光が、今日は赤く細く脈打っている。


 背後にセリ、外縁寄りにリオ、上空にユイ。隊列としては整っている。

 だが、セリにはその並びがまだしっくりこない。


 昨日から、あすみは何も聞かなくなった。

 射線も、施設との距離も、味方との間隔も、前なら一つは確認していたはずなのに、

 今日は命令をそのまま受け取って、ただ前へ出た。


 その違和感が頭の奥に引っかかったまま、セリは機体を少し後ろへ引いて街区全体を見る。

 道路の真下では避難車両がまだ完全に抜けきっていない。


 屋上に残された簡易通信塔、給水設備、電線の束。

 戦場として見れば障害物だが、そのひとつひとつの向こうに人がいる。

 民間施設に近い区域だというヘイルの言葉を思い出し、セリは無意識に歯を噛みしめた。


 《北西より接近、帝国機三》


 ユイの声が上から落ちる。

 次の瞬間、建物の隙間から黒い機体が一気に飛び出してきた。帝国機だ。

 煤けたような黒い装甲の継ぎ目では、青い反応光が刃みたいに走っている。


 敵は三機。二機が左右へ開き、一機が真正面から速度を上げてくる。


 《アルファ2より各機、射線管理しろ。民間ラインの中だ》


 セリの指示に、リオが短く返す。

 ブラボー3の機体が右へ膨らみ、建物の列に沿って回り込む。

 上空ではユイが索敵角度を調整し、敵の動きを細かくHUDへ送り続けていた。


 先頭のあすみは迷わない。

 黒い一機が道路上の信号塔を盾にするように沈んだ瞬間、

 あすみの機体は姿勢を半身に切り替え、腰を捻るようにして射線を通した。


 人型兵器の骨格で狙いを作る動きだ。

 脚部の姿勢制御でわずかに高度をずらし、右腕の銃口が黒い装甲の肩口を捉える。


 発砲。


 閃光が走る。

 黒い機体の肩が弾け、姿勢を崩したところへ二射目が入った。

 今度は胸部中央。装甲が内側から裂け、そのまま一機目が建物の向こうへ落ちていく。


 《撃墜一》


 管制の声がすぐに重なる。

 早い、とセリは思う。速いだけじゃない。昨日よりも、迷う時間そのものがなくなっている。


 残り二機が同時に高度を変える。

 一機は屋根の高さに沿って低く滑り、もう一機はビルの角を使って一瞬だけ視界から消えた。

 普通なら、ここで一度見る。どちらが先に撃つか、どちらが民間ラインに近いか、

 施設との距離を測って、それから引き金を引く。


 だが、あすみはもう撃っていた。


 建物の影から出る瞬間を待つこともせず、角度だけを読み切って先へ置く。

 白い機体の腕がぶれずに伸び、予測線の先に出た黒い機体の脚部を正確に撃ち抜いた。

 脚を失った敵が傾き、そのまま地面へ落ち切る前に、追うように胸部へもう一発が入る。


 《撃墜二》


 リオが通信越しに息を漏らす。


 《……今日、やばくない?》


 ユイは返事をしない。

 その代わり、淡々と次の情報を送る。


 《東南東、別機体。三機じゃない》


 セリの視界に新しい識別が立つ。

 敵機だ。だが、さっきまでの三機と軌道が違う。無理に高度を取らない。


 都市の上を最短で飛ぶんじゃなく、建物の切れ目と避難ラインの外側だけを、

 まるで最初から見えているみたいに縫ってくる。


 《第四波じゃねぇな》


 リオの声から軽さが抜ける。


 《……線の取り方が違う》


 ユイが低く言う。

 その一言で、セリもようやく視界の違和感を言葉として掴んだ。


 黒い帝国機のように、押しつぶすための軌道じゃない。

 かといって、こちらを避けているわけでもない。


 必要な場所にだけ入り、必要な場所だけを切る。

 しかも、その動きはあすみの機体の射線にだけ、妙に正確に噛んでくる。


 先頭のあすみが照準を一度右へ流した。

 その瞬間、街路の向こうから別の機体が滑り込んでくる。


 白い装甲。

 連合の機体とも、帝国の黒い機体とも違う白だ。

 肩には、はっきりと青い識別ラインが入っている。


 関節と継ぎ目にはSKY特有の青い反応光が走り、

 その青と肩の青い線が、都市の煙の中でも妙に鮮やかだった。


 敵でも味方でもないような軌道で、その一機はあすみの機体の前を横切る。

 撃たせないためだけに入ってきたような角度だった。


 セリの手が、操縦桿の上でわずかに固くなる。


(……まさか)


 その白い機体は、次の瞬間にはもう別の建物の影へ沈み、また違う角度から現れる。

 速い。だが速さよりも、線の引き方が正確すぎた。


 民間施設も、避難ラインも、こちらの射線も、全部分かった上で、一番嫌な場所にだけ入ってくる。


 リオが思わず声を上げる。


「Vector!あれが!ARCLINEの!?」


 ユイの声が、その直後に重なる。


「…本当に線引きが正確。ちゃんと考えないと、こっちも危ない」


 セリはその白い機体から目を離さないまま、短く言った。


「第三勢力だ。手は出すな。」


 セリの制止が戦場の音に溶けるより先に、あすみの視線はもうその白い機体へ吸い寄せられていた。


 白い装甲。肩に青い識別線。

 帝国機みたいに押し切ってこない。連合軍機みたいに編隊へ寄り添いもしない。


 民間施設の屋根と屋根の間、電線塔の影、避難車両の抜けたあとの細い空白だけを、

 最初からそこに道が見えているみたいに縫ってくる。


 そのくせ、さっきからずっと、自分の射線にだけ入ってくる。


 敵機へ照準を合わせるたび、その白が視界の端に滑り込む。

 撃たせないためだけに邪魔をしているみたいな動きだった。


(……Vector、さっきからずっと邪魔してくる。撃たせないつもり?)


 HUDの端で、白い機体がまた横切る。


 建物の壁面に反射した光が一瞬だけ装甲を撫で、

 その肩の青い線だけが、鈍い戦場の色の中で妙に鮮やかに浮いた。


 鬱陶しい。

 苛立ちが先に立つ。


 何度撃とうとしても、その一機のせいで角度が潰される。

 こちらの手を読んでいるみたいに、いちばん嫌なところへ入ってくる。


 視界の端に入ってきてーー


 引き金を引く


「邪魔!!」


 白い閃光が一直線に走る。

 発射の衝撃が腕から肩へ突き抜け、RED ROSEの関節部に走る赤い反応光が一瞬だけ強く脈打った。


 だが、Vectorの白い機体はその瞬間にはもう半身だけ軸をずらしている。

 肩の青い線が細く揺れ、閃光は装甲の脇を掠めて、そのまま背後の空へ抜けた。


 当たってはいない。逃げ方はVectorの方が上手だった。


 セリが制止するよりも早く、あすみの引き金が引かれた。


 操縦席で、セリの手がかすかに震える。

 戦場の中心で最も見たくなかった光景を、とうとう自分の目で見てしまったみたいに、息が胸の奥で詰まった。


 セリは無線に乗らない声を落とした。


「……やめろ」

「やめろ、あすみ」


 喉の奥で擦れた声だった。

 無線へ乗せれば隊長の声になる。命令になる。だから乗せられなかった。


 これは命令じゃない。ただの祈りみたいな声だった。


 その白い機体が、また建物の影から現れる。

 肩の青い線が朝の薄い光を弾き、関節部の青い反応光が細く走る。見間違えるはずがなかった。


「あれはカイトだ!」


 撃つな。

 やめてくれ。


「Vectorはカイトだ!!」


 お前達がこんなところで戦う必要なんてない。


 セリの心臓がひどく速く打つ。

 視界の中では、あすみの赤い光と、Vectorの肩の青が、同じ都市の空に交差していた。



 白い機体の操縦席でカイトは短く息を呑んでいた。

 装甲の脇を掠めた一撃の熱が、わずかに機体表面の塗装を焼いている。


 肩の青いラインのすぐ下に細い擦過痕が残り、警告表示が一瞬だけ立ち上がって、すぐに消えた。


 REDROSE…映像で見た時よりも動きが速くなっている。

 迷いがない……


 視界の中央で、白い機体の関節部が赤く光る。

 連合の白とも、帝国の黒とも違う、あすみだけのあの光。


 あの赤い光は、今の一撃が偶然じゃないことを、カイトに嫌でも理解させた。


 本当に撃てるようになったんだな、あすみ。


 都市の煙の向こうで、まだ戦闘は続いている。

 だが、カイトの耳にはしばらく、自分の機体を掠めた一撃の残響しか残らなかった


 都市の煙の向こうで、まだ戦闘は続いている。

 だが、カイトの耳にはしばらく、自分の機体を掠めた一撃の残響しか残らなかった。


 その直後、警告表示が短く明滅する。


 左下。

 黒い帝国機が一機、瓦礫の影から這い出すように持ち上がり、民間施設の屋根すれすれを滑ってくる。

 さらにその奥では、別の黒い機体が高架道路の残骸を盾にしながら、都市区画の中央へ射線を通そうとしていた。


 カイトは視線を上げる。

 白い連合機の列。その先頭で、赤く光る関節を持つ機体が、もう一度こちらへ照準を向けている。


 来る。


 Vectorの操縦席で、カイトの指が操縦桿を握り直した。

 肩に走る青い識別線が、外光を受けて細く光る。逃げることはできる。


 だが、逃げればあすみの射線はその先の黒い帝国機へ向く。

 その機体の位置が悪い。後ろには低い集合住宅の列と、避難の遅れた民間車両がまだ道路脇に残っていた。


 ウィリスの声が回線に落ちる。

 落ち着いているのに、いつもより低い。


「Vector、右下の黒を切る。中央は触るな」


 サジがほとんど同時に食い気味で言った。


「いやいやいや、中央やばいだろ! あの赤いの、また撃つ気だぞ!」


 腕に緑のラインが入ったサジの機体が、崩れたビルの壁面を蹴るようにして高度を変える。

 白い装甲の腕部が一瞬だけ朝の光を返し、そのまま黒い帝国機へ火線を浴びせた。


 だが、相手も都市戦に慣れている。片脚だけを引き、装甲板の厚い肩で弾を受け流しながら、なお中央へ食い込もうとしていた。


 少し上では、腿から脚部に紫のラインを入れたウィリスの機体が、半身になって射線を通している。

 片腕でも姿勢は乱れない。上空から交差点全体を押さえ、黒い機体の逃げ道と進路をじわじわ潰していく。


「サジ、前だけ見ろ。中央はVectorが見る」


「はぁ!? いや、あれ見て見ぬふりできる空気じゃねぇだろ!」


 サジの声は騒がしいのに、機体の動きは無駄がない。

 緑のラインが翻り、白い機体が民間施設の屋根をかすめる直前で腰を切る。


 その背後を、黒い帝国機の弾道が薄く尾を引いて通り過ぎた。


 一方、第0小隊側では、リオが歯を剥くみたいな顔で街路の間へ機体を滑り込ませていた。

 白い機体の足裏が、崩れた外壁の破片を風圧で弾き飛ばす。


「おいおい、まだやるのかよ……!」


 リオの視界の先で、あすみの機体が再びVectorへ正面を向ける。

 さっきの一撃で終わらなかったことに、苛立っているのが機体の角度だけで分かった。


 ユイは上空から全体を見下ろしたまま、淡々と情報を落とす。


「左後方、帝国機一。高架下に民間車両」

「REDROSE、そのまま撃つと抜ける」


 リオがすぐに返す。


「分かってる! だから怖ぇんだろ!」


 赤く光る機体は、それでも照準を切らない。


 民間施設の屋根、道路標識、避難ライン、

 その全部の隙間を最短距離で縫いながら、あすみの銃口はなおVectorを追っていた。


 セリの喉が乾く。

 操縦席の中で、心拍だけがひどく速い。さっき叫んだ声はあすみに届いていない。

 届くはずもない。無線に乗せなかったのだから。


 それでも、もう一度止めたかった。


「やめろ……」


 今度は声がほとんど音にならなかった。

 目の前の都市が、戦場ではなく事故現場の一歩手前に見える。


 あすみの機体が、脚部姿勢制御を細かく入れながら半歩だけ左へ滑る。

 撃つ角度を作るための、癖みたいに滑らかな動きだった。


 赤く脈打つ関節光が、装甲の継ぎ目に沿って細く走る。


 Vectorの機体も動く。

 肩の青いラインがきらりと揺れ、建物の影を使って角度をずらす。


 だが今度のあすみは、ずらされた先まで読んで銃口を追わせていた。


 セリはその瞬間、考えるのをやめた。


 セリの機体が、スラスターを短く噴かす。


 腰を捻り、肩を入れ、赤い光と青い線の間へ、自分の機体を無理やり押し込む。

 都市の上を飛ぶ人型兵器としては最悪に近い入り方だった。


 隊列も射線管理も関係ない。ただ、間に合うかどうかだけの突っ込みだった。


 その直前、あすみはもう二度目の引き金へ指をかけている。


 視界の中で、Vectorの肩の青いラインがまた動いた。

 逃げる。邪魔をする。こちらの射線を潰す。

 それだけで十分だった。


 鬱陶しい。

 もう一回、今度こそ。


 照準が重なる。


 発射のために腕部が沈み込んだ、その瞬間――


 横から白い機体が割り込んだ。


 あすみ「セリ!撃てない!」


 セリ「悪い、手が滑った」


 それは冗談みたいな言い方だった。

 けれどセリの機体は、冗談では済まない角度で完全に射線の中へ入っている。


 白い装甲の肩がREDROSEの銃口を遮り、二機の距離が近すぎて、

 装甲同士が擦れる不快な振動が操縦席まで伝わった。


「セリ――」


 あすみが息を呑む。

 意味が分からない、という苛立ちが声の頭に乗っていた。


 その間を、戦場が見逃すはずがなかった。


 高架道路の残骸の影に潜んでいた黒い帝国機が、いまの乱れへ射線を通す。

 サジが舌打ちと一緒に機体を振る。


「っ、来る!」


 緑のラインを引いた白い機体が中央へ滑り込もうとする。

 だが距離が遠い。間に合わない。


 上からウィリスの声が落ちる。


「サジ、右を切れ。中央は――」


 最後まで言い切るより先に、Vectorが動いた。


 肩の青いラインが翻る。

 白い機体が建物の縁を蹴るように姿勢を変え、セリとあすみのさらに前へ入ろうとする。


 都市の煙と瓦礫の粉を巻き上げながら、その動きだけがやけに静かに見えた。


 リオは歯を食いしばる。

 機体が外側から回り込み、別角度の黒い帝国機を押し返すために火線を吐く。


 ユイは上空で息を潜めるみたいに静かになり、全機の位置と民間ラインを一気に更新していた。


「セリ、下がれ!」


 リオの怒鳴り声が戦場へ飛ぶ。

 だがセリは下がらない。下がれるわけがなかった。

 いま機体を引けば、その先にいるのはVectorだ。


 あすみはそれを知らない。知らないまま、また撃つ。


 装甲越しに、セリの呼吸が浅くなる。

 目の前では、赤い反応光と青いラインと黒い帝国機の火線が、狭い都市の上でひとつに絡まりかけていた。


 次の瞬間、何かが起きる。


 その予感だけが、全員の身体に同時に走っていた。


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