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SKY  作者: RUI
BASE UNION

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72/125

Sky72-すれ違う火線-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 



 都市西区の上空は、朝だというのに薄く煙っていた。

 崩れた外壁の粉塵と、燃え残った建材の匂いが風に乗って流れ、避難誘導のサイレンが遠くで途切れ途切れに鳴っている。

 高い建物は少ないが、そのぶん屋根の高さが揃っていて、白い機体が低空を抜けるたび、窓ガラスが小さく震えた。

 第〇小隊は西側街区の外縁から侵入し、民間施設の密集地帯をかすめるようにして戦線へ入る。

 先頭を飛ぶのは、アスミの機体だ。NTOの白い装甲は鈍い朝の光を受けて淡く光り、その継ぎ目と関節部では、いつもなら青く走るはずの反応光が、赤く細く脈打っている。

 背後にセリ、外縁寄りにリオ、上空にユイ。隊列としては整っている。だが、セリにはその並びがまだしっくりこない。

 昨日から、アスミは何も聞かなくなった。射線も、施設との距離も、味方との間隔も、前なら一つは確認していたはずなのに、今日は命令をそのまま受け取って、ただ前へ出た。

 その違和感が頭の奥に引っかかったまま、セリは機体を少し後ろへ引いて街区全体を見る。

 道路の真下では、避難車両がまだ完全に抜けきっていない。屋上に残された簡易通信塔、給水設備、電線の束。戦場として見れば障害物だが、そのひとつひとつの向こうに人がいる。

 民間施設に近い区域だというヘイルの言葉を思い出し、セリは無意識に歯を噛みしめた。

 《北西より接近、帝国機三》

 ユイの声が上から落ちる。次の瞬間、建物の隙間から黒い機体が一気に飛び出してきた。

 煤けたような黒い装甲の継ぎ目では、青い反応光が刃みたいに走っている。

 敵は三機。二機が左右へ開き、一機が真正面から速度を上げてくる。

 《Alpha2より各機、射線管理しろ。民間ラインの中だ》

 セリの指示に、リオが短く返す。BRAVO3の機体が右へ膨らみ、建物の列に沿って回り込んだ。上空ではユイが索敵角度を調整し、敵の動きを細かくHUDへ送り続けている。

 先頭のアスミは迷わない。

 黒い一機が道路上の信号塔を盾にするように沈んだ瞬間、アスミの機体は上体を半身に切り替え、腰を捻るようにして射線を通した。脚部の姿勢制御でわずかに高度をずらし、右腕の銃口が黒い装甲の肩口を捉える。

 発砲。閃光が走る。黒い機体の肩が弾け、姿勢を崩したところへ二射目が入った。今度は胸部中央。装甲が内側から裂け、そのまま一機目が建物の向こうへ落ちていく。

 《撃墜一》

 管制の声がすぐに重なった。

 早い、とセリは思う。速いだけじゃない。昨日よりも、迷う時間そのものがなくなっている。

 残り二機が同時に高度を変えた。一機は屋根の高さに沿って低く滑り、もう一機はビルの角を使って一瞬だけ視界から消える。

 普通なら、ここで一度見る。どちらが先に撃つか、どちらが民間ラインに近いか、施設との距離を測って、それから引き金を引く。

 だが、アスミはもう撃っていた。

 建物の影から出る瞬間を待つこともせず、角度だけを読み切って先へ置く。白い機体の腕がぶれずに伸び、予測線の先に出た黒い機体の脚部を正確に撃ち抜いた。脚を失った敵が傾き、そのまま地面へ落ち切る前に、追うように胸部へもう一発が入る。

 《撃墜二》

 リオが通信越しに息を漏らした。

 《……今日、やばくない?》

 ユイは返事をしない。その代わり、淡々と次の情報を送る。

 《東南東、別機体。三機じゃない》

 セリの視界に新しい識別が立つ。敵機だ。

 だが、さっきまでの三機と軌道が違う。無理に高度を取らない。都市の上を最短で飛ぶんじゃなく、建物の切れ目と避難ラインの外側だけを、まるで最初から見えているみたいに縫ってくる。

 《第四波じゃねぇな》

 リオの声から軽さが抜けた。

 《……線の取り方が違う》

 ユイが低く言う。その一言で、セリもようやく視界の違和感を言葉として掴んだ。

 黒い帝国機のように、押しつぶすための軌道じゃない。かといって、こちらを避けているわけでもない。必要な場所にだけ入り、必要な場所だけを切る。

 しかも、その動きはアスミの機体の射線にだけ、妙に正確に噛んでくる。

 先頭のアスミが照準を一度右へ流した。その瞬間、街路の向こうから別の機体が滑り込んでくる。

 白い装甲。連合の機体とも、帝国の黒い機体とも違う白だ。関節と継ぎ目にはヴィーラ特有の青い反応光が走り、肩には、はっきりと青い識別ラインが入っていた。

 敵でも味方でもないような軌道で、その一機はアスミの機体の前を横切る。撃たせないためだけに入ってきたような角度だった。

 セリの手が、操縦桿の上でわずかに固くなる。

 ――……まさか。

 その白い機体は、次の瞬間にはもう別の建物の影へ沈み、また違う角度から現れた。速い。だが速さよりも、線の引き方が正確すぎる。

 民間施設も、避難ラインも、こちらの射線も、全部分かった上で、一番嫌な場所にだけ入ってくる。

 リオが思わず声を上げた。

 《Vectorじゃね! あれが! ARCLINEの!》

 ユイの声が、その直後に重なる。

 《本当に線引きが正確。ちゃんと考えないと、こっちも危ない》

 セリはその白い機体から目を離さないまま、短く言った。

「第三勢力だ。手は出すな」


 *


 セリの制止が戦場の音に溶けるより先に、アスミの視線はもう、その白い機体へ吸い寄せられていた。

 帝国機みたいに押し切ってこない。連合軍機みたいに編隊へ寄り添いもしない。民間施設の屋根と屋根の間、電線塔の影、避難車両の抜けたあとの細い空白だけを、最初からそこに道が見えているみたいに縫ってくる。

 そのくせ、さっきからずっと、自分の射線にだけ入ってくる。敵機へ照準を合わせるたび、その白が視界の端に滑り込む。撃たせないためだけに邪魔をしているみたいな動きだった。

 ……Vector。あれが。

 さっきからずっと、私の視界に入って邪魔してくる。撃たせないつもり。

 HUDの端で、白い機体がまた横切った。建物の壁面に反射した光が一瞬だけ装甲を撫で、その肩の青い線だけが、鈍い戦場の色の中で妙に鮮やかに浮く。

 アスミは操縦桿を握りながら、前方へ入ってくるその機体に視界を奪われていた。

 鬱陶しい。

 苛立ちが先に立つ。何度撃とうとしても、その一機のせいで角度が潰される。こちらの手を読んでいるみたいに、いちばん嫌なところへ入ってくる。

 視界の端に、また入ってきて――。

 引き金を引く。

「邪魔!!」

 白い閃光が一直線に走った。発射の衝撃が腕から肩へ突き抜け、REDROSEの関節部に走る赤い反応光が一瞬だけ強く脈打つ。

 だが、Vectorの白い機体は、その瞬間にはもう半身だけ軸をずらしていた。

 肩の青い線が細く揺れ、閃光は装甲の脇を掠めて、そのまま背後の空へ抜ける。

 当たってはいない。逃げ方はVectorのほうが上手だった。

 セリが制止するよりも早く、アスミの引き金は引かれていた。


 *


 操縦席で、セリの手がかすかに震える。

 戦場の中心で最も見たくなかった光景を、とうとう自分の目で見てしまったみたいに、息が胸の奥で詰まった。

 無線に乗らない声を落とす。

「……やめろ」

「やめろ、アスミ」

 喉の奥で擦れた声だった。無線へ乗せれば隊長の声になる。命令になる。だから乗せられなかった。

 これは命令じゃない。ただの祈りだ。

 その白い機体が、また建物の影から現れる。肩の青い線が朝の薄い光を弾いた。

 見間違えるはずがなかった。

 あれはカイトだ。

 撃つな。やめてくれ。

 Vectorはカイトだ。

 お前達がこんなところで戦う必要なんてない。

 セリの心臓が、ひどく速く打つ。

 視界の中では、アスミの赤い光と、Vectorの肩の青が、同じ都市の空に交差していた。


 *


 白い機体の操縦席で、カイトは短く息を呑んでいた。

 装甲の脇を掠めた一撃の熱が、わずかに機体表面の塗装を焼いている。肩の青いラインのすぐ下に細い擦過痕が残り、警告表示が一瞬だけ立ち上がって、すぐに消えた。

 REDROSE。映像で見た時よりも動きが速くなっている。

 迷いがない。

 視界の中央で、白い機体の関節部が赤く光る。連合の白とも、帝国の黒とも違う、あの光。

 その赤が、今の一撃は偶然じゃないと、嫌でも理解させてくる。

 本当に撃てるようになったんだな、アスミ。

 都市の煙の向こうで、まだ戦闘は続いている。だが、カイトの耳にはしばらく、自分の機体を掠めた一撃の残響しか残らなかった。

 その直後、警告表示が短く明滅する。

 左下。

 黒い帝国機が一機、瓦礫の影から這い出すように持ち上がり、民間施設の屋根すれすれを滑ってくる。さらにその奥では、別の黒い機体が高架道路の残骸を盾にしながら、都市区画の中央へ射線を通そうとしていた。

 カイトは視線を上げる。

 白い連合機の列。その先頭で、赤く光る関節を持つ機体が、もう一度こちらへ照準を向けている。

 来る。

 操縦桿を握り直した。肩に走る青い識別線が、外光を受けて細く光る。

 逃げることはできる。

 逃げれば、アスミの射線はその先の黒い帝国機へ向く。その機体の位置が悪い。後ろには低い集合住宅の列と、避難の遅れた民間車両が、まだ道路脇に残っていた。

 ウィリスの声が回線に落ちる。落ち着いているのに、いつもより低い。

 《Vector、右下の黒を切る。中央は触るな》

 サジがほとんど同時に、食い気味で言った。

 《いやいやいや、中央やばいだろ! REDROSE、また撃つ気だぞ!》

 腕に緑のラインが入ったサジの機体が、崩れたビルの壁面を蹴るようにして高度を変える。白い装甲の腕部が一瞬だけ朝の光を返し、そのまま黒い帝国機へ火線を浴びせた。

 だが、相手も都市戦に慣れている。片脚だけを引き、装甲板の厚い肩で弾を受け流しながら、なお中央へ食い込もうとしていた。

 少し上では、腿から脚部に紫のラインを入れたウィリスの機体が、半身になって射線を通している。片腕でも姿勢は乱れない。上空から交差点全体を押さえ、黒い機体の逃げ道と進路を、じわじわ潰していく。

 《サジ、前だけ見ろ。中央はVectorが見る》

 《はぁ!? あれ見て見ぬふりできる空気じゃねぇだろ!》

 サジの声は騒がしいのに、機体の動きは無駄がない。緑のラインが翻り、白い機体が民間施設の屋根をかすめる直前で腰を切る。その背後を、黒い帝国機の弾道が薄く尾を引いて通り過ぎた。


 *


 一方、第〇小隊側では、リオが歯を剥くみたいな顔で街路の間へ機体を滑り込ませていた。白い機体の足裏が、崩れた外壁の破片を風圧で弾き飛ばす。

 《おいおい、まだやるのかよ……!》

 リオの視界の先で、アスミの機体が再びVectorへ正面を向ける。さっきの一撃で終わらなかったことに苛立っているのが、機体の角度だけで分かった。

 ユイは上空から全体を見下ろしたまま、淡々と情報を落とす。

 《左後方、帝国機一。高架下に民間車両》

 《REDROSE、そのまま撃つと抜ける》

 リオがすぐに返した。

 《分かってる! だから怖ぇんだろ!》

 赤く光る機体は、それでも照準を切らない。民間施設の屋根、道路標識、避難ライン、その全部の隙間を最短距離で縫いながら、アスミの銃口はなおVectorを追っていた。

 セリの喉が乾く。操縦席の中で、心拍だけがひどく速い。

 さっき叫んだ声はアスミに届いていない。届くはずもない。無線に乗せなかったのだから。

 それでも、もう一度止めたかった。

「やめろ……」

 今度は声がほとんど音にならなかった。

 目の前の都市が、戦場ではなく、事故現場の一歩手前に見える。

 アスミの機体が、脚部姿勢制御を細かく入れながら半歩だけ左へ滑った。撃つ角度を作るための、癖みたいに滑らかな動きだった。赤く脈打つ関節光が、装甲の継ぎ目に沿って細く走る。

 Vectorの機体も動く。肩の青いラインがきらりと揺れ、建物の影を使って角度をずらした。

 だが今度のアスミは、ずらされた先まで読んで銃口を追わせている。

 セリはその瞬間、考えるのをやめた。

 機体がスラスターを短く噴かす。腰を捻り、肩を入れ、赤い光と青い線の間へ、自分の機体を無理やり押し込む。

 都市の上を飛ぶ人型兵器としては、最悪に近い入り方だった。隊列も射線管理も関係ない。ただ、間に合うかどうかだけの突っ込みだった。

 その直前、アスミはもう二度目の引き金へ指をかけている。

 視界の中で、Vectorの肩の青いラインがまた動いた。逃げる。邪魔をする。こちらの射線を潰す。

 それだけで十分だった。

 鬱陶しい。もう一回、今度こそ。

 照準が重なる。発射のために腕部が沈み込んだ、その瞬間――。

 横から、白い機体が割り込んだ。

 セリの機体だと、すぐに分かった。

「セリ! 撃てない!」

 アスミが声を張る。

「悪い、手が滑った」

 冗談みたいな言い方だった。けれどセリの機体は、冗談では済まない角度で、完全に射線の中へ入っている。白い装甲の肩がREDROSEの銃口を遮り、二機の距離が近すぎて、装甲同士が擦れる不快な振動が操縦席まで伝わった。

「セリ――」

 アスミが息を呑む。意味が分からない、という苛立ちが、声の頭に乗っていた。

 その間を、戦場が見逃すはずがなかった。

 高架道路の残骸の影に潜んでいた黒い帝国機が、いまの乱れへ射線を通す。

 サジが舌打ちと一緒に機体を振った。

 《っ、来る!》

 緑のラインを引いた白い機体が中央へ滑り込もうとする。だが距離が遠い。間に合わない。

 上からウィリスの声が落ちた。

 《サジ、右を切れ。中央は――》

 最後まで言い切るより先に、Vectorが動いた。

 肩の青いラインが翻る。白い機体が建物の縁を蹴るように姿勢を変え、セリとアスミのさらに前へ入ろうとする。都市の煙と瓦礫の粉を巻き上げながら、その動きだけがやけに静かに見えた。

 リオが歯を食いしばる。機体が外側から回り込み、別角度の黒い帝国機を押し返すために火線を吐いた。

 ユイは上空で息を潜めるみたいに静かになり、全機の位置と民間ラインを一気に更新している。

 《セリ、下がれ!》

 リオの怒鳴り声が戦場へ飛ぶ。

 だがセリは下がらない。下がれるわけがなかった。

 いま機体を引けば、その先にいるのはVectorだ。

 アスミはそれを知らない。知らないまま、また撃つ。

 装甲越しに、セリの呼吸が浅くなる。

 目の前では、赤い反応光と、青いラインと、黒い帝国機の火線が、狭い都市の上でひとつに絡まりかけていた。




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