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SKY  作者: RUI
BASE UNION

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67/125

Sky67-森へ降りる空-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。



 ブリーフィングルームの照明は落とされていた。

 壁一面のスクリーンには地図が投影され、青い光が室内を淡く照らしている。海上戦艦の低い振動が床を通して伝わり、並べられた椅子の脚がわずかに震えていた。

 アスミは前列の席に座り、スクリーンを見上げていた。説明はまだ始まっていない。地図だけが静かに映し出されている。

 国境線がいくつも重なった地形だった。小さな国が寄り添うように並んでいる。線と線の間隔が狭く、どこからどこまでが一つの国なのか、見ているだけでは分からない。

 アスミは机の上で手を軽く組み、そのまま動かさずに画面を見ていた。青い光が、指の甲を薄く染めている。

 後ろの扉が開く音がした。振り向かなくても、足音で誰が入ってきたのか分かる。セリだ。

 ブーツの硬い足音が通路を進み、隣の席で椅子が引かれた。金属の脚が床を擦る音が、小さく響く。

 セリは椅子を少し後ろに引いたまま、先にスクリーンを見上げた。

「……もう来てたのか」

 そう言いながら腰を下ろす。アスミは横を見ずに小さく頷いた。

「うん」

 セリは背もたれに身体を預け、腕を組んだままスクリーンを見続ける。

「まだ始まってないな」

 その時、再び扉が開いた。

「ここ空いてる?」

 ユイの声だった。リオが椅子を片手で引きながら室内を見渡す。

「後ろ空いてる」

 二人はアスミたちの一列後ろに腰を下ろした。ユイは椅子の背にもたれ、首を後ろへ倒す。

「眠……」

 その横で、リオが軽く肘でつついた。

「お前さっきまで寝てただろ」

 ユイは目を閉じたまま顔をしかめる。

「寝てない。目閉じてただけ」

 リオは端末を机に置きながら小さく笑った。

「それを寝てるって言うんだよ」

 ユイは片目だけ開けてリオを見る。

「違う」

 ぼそぼそとした声だった。

 その時、前方の扉が開いた。作戦担当官が資料端末を持って入ってくる。胸の参謀章がスクリーンの光を受けて、小さく光った。

 担当官はスクリーンの前に立ち、端末を操作する。地図がゆっくりと拡大された。一度室内を見渡してから、言う。

「始める」

 レーザーポインタの赤い光がスクリーンに現れた。

「今回の任務は小国防衛戦」

 赤い光が地図の一点をなぞり、そこで止まる。

「作戦区域はここだ」

 表示されたのは、グラディウス共和国だった。

 アスミは背筋をわずかに伸ばし、スクリーンを見上げる。隣でセリが腕を組み直した。

 参謀の声が続く。

「現在、この地域では帝国軍の侵攻が確認されている」

 画面が切り替わり、衛星写真が表示された。平原の中に広がる都市。その周囲に、軍の配置を示すマークが重なっている。

「帝国軍は国境線を越え、グラディウス共和国主要都市へ進軍中」

 赤い矢印が都市へ向かって伸びた。

 後ろでユイが体を起こし、肘を机についたままスクリーンを見上げる。

「……また国境か」

 リオは椅子の背にもたれ、腕を組んだまま答えた。

「この辺、いつも燃えてるよな」

 ユイはスクリーンに表示された数字を指先で示す。

「人口、三百万」

 リオが眉を上げた。

「そんなにいんのか」

「難民入ってる」

 ユイは肩をすくめる。

 参謀の声が続いた。

「NTO主力は、この戦域に増援を投入する」

 スクリーンの端に部隊名が並ぶ。

 第三艦隊。

 第七艦隊。

 西方防衛軍。

 セリは目を細めて画面を見ている。アスミは机の上で組んだ指先をほんの少しだけ動かし、また止めた。

 参謀がレーザーポインタを動かす。

「我々の任務は空域制圧および地上戦支援」

 地図の南側に青いラインが引かれた。

「帝国軍は地上部隊を大量投入している。市街戦になる可能性が高い」

 都市の上に赤い円が重なる。

 セリが小さく息を吐き、背もたれに身体を預けたまま呟いた。

「……地上か」

 アスミは何も言わない。ただ、スクリーンの都市を見ている。

 道路。

 建物。

 川。

 そこに重なる赤い矢印。

 縮尺のせいで、建物の一つひとつは点にもならない。それでも、その中に三百万という数字がある。

 後ろでリオが肘を机につき、身を乗り出した。

「近いな」

「何が」

 ユイが横目で見る。

 リオは顎でスクリーンを指した。

「街」

 ユイは視線を落とすが、何も言わない。

 参謀の声が続く。

「NTO主力が帝国軍と正面衝突する」

 青と赤の矢印が、地図の上で向かい合った。

「戦闘開始は四十八時間以内と予測されている」

 タイムラインが表示される。

 アスミはゆっくり瞬きをした。都市の名前が画面の端に出ている。

 グラディウス。

 見たことのない街。でも、そこには人がいる。

 参謀は最後のページを表示した。

「詳細ブリーフィングはこの後、各編成ごとに行う」

 端末を閉じる。その音が、静かな室内に小さく響いた。

「以上だ」

 すぐに立ち上がる者はいなかった。スクリーンの青い光だけが、しばらくのあいだ室内に残っていた。


   *


 小さなブリーフィング室には、艦の金属の匂いが薄く残っていた。

 壁のスクリーンには作戦区域の地図が表示され、机の中央には作戦端末が一台だけ置かれている。天井が低く、四人が座るとそれだけで部屋がいっぱいになった。

 第〇小隊の四人は、机を囲むように席についている。

 アスミは椅子の背にもたれず、足を揃えて座っていた。両手は机の上に静かに置かれ、視線だけがスクリーンに向けられている。

 セリは隣の席で椅子の背にもたれ、腕を組んで画面を見上げていた。後ろではリオが椅子を半分横向きにして座り、端末を膝の上で回している。ユイは机の端に肘をつき、スクリーンの地形データを黙って見ていた。

 部屋の前に立った参謀が端末を操作すると、地図がさらに拡大される。山地と森林が広がる区域だった。等高線が密に重なり、谷の底が黒く潰れている。

「第〇小隊の任務は地上降下支援」

 参謀の声は落ち着いていた。レーザーポインタの赤い光がスクリーンをなぞる。

「降下地点はこの森林域」

 赤い点が一つ表示された。

「現在、この地域では難民の移送が行われている。帝国軍がそのルートを把握した可能性が高い」

 画面に細い白線が現れ、森の中を横切るように伸びる。

「NTO地上部隊は移送列の護衛に入る。君たちは上空から支援」

 リオは椅子の背にもたれたまま、顎でスクリーンを指した。

「つまり森の中でドンパチ?」

 参謀が視線を向ける。

「最悪の場合はそうなる」

「稜線多い」

 ユイがスクリーンの標高表示を見ながら言った。

「そうだ」

 参謀は頷く。

「視界が切れる。第三勢力がいる可能性もある」

 その言葉に、セリが腕を組み直した。

「識別は?」

「困難だろうな」

 参謀は端末を操作する。

「独断での発砲は避けろ。難民列が近い」

 ユイが軽く息を吐いた。

「……市街地から離れてやればいいのに」

「言うねえ」

 リオが小さく笑う。

 参謀は四人を見回した。

「質問は最後にまとめて一度」

 部屋が静かになる。

 アスミはスクリーンを見たまま口を開いた。

「降下高度」

「三千」

「了解」

 セリが続けて聞く。

「上空警戒は?」

「分散」

 参謀は画面を指した。

「二機は高高度待機」

「稜線を見る」

 ユイが小さく頷く。

 リオが椅子を前に引いた。

「森の中は?」

「地上部隊が処理する」

 参謀は端末を閉じて、小隊を見回す。

「以上」

 机の上に端末が置かれる音だけが、小さく響いた。

 誰もすぐには立たない。スクリーンの森の地形だけが、静かに表示されている。

 やがて参謀が言った。

「解散」

 椅子が動く音が重なる。

 質問は最後にまとめて一度。返答は結論から。数字と時刻が先に並ぶ。

 アスミは最後まで椅子に背を預けず、足を揃えて座っていた。

「了解しました」と言う声は、いつも通りに出た。

 いつも通りに出せたことだけが、少しだけ怖い。


   *


 廊下に出ると、艦内の足音が戻ってくる。忙しなくて、でも人の歩幅だ。

 セリが横を歩きながら肩をすくめた。

「……次、地上支援だってさ」

「うん」

「森だって。慣れてないだろ、気をつけろよ」

「……了解」

「了解って言うの、早くなったな」

 アスミは顔だけ向けて、笑う形を作った。

「仕事だから」

 セリはそれ以上言わなかった。言わないことを選ぶ時の、いつもの顔だった。

 格納庫前で、地上部隊の連絡士官が待っていた。言葉は丁寧で、目線は端末の確認が先だ。

「レイナー一等兵、アンダーソン一等兵。地上降下支援。降下点は森林域、座標は送信済みです。現地での優先は難民列の移送確保。第三勢力の可能性あり。識別困難の場合、独断での発砲は避けてください」

「了解しました」

「了解」

 端末が、座標を静かに更新した。地図の上に赤い点が一つ打たれ、そこへ線が引かれる。

 アスミはヘルメットを被り、ハーネスの締め具を確かめた。指の感触が冷たい。

 降下高度、三千。


   *


 海上戦艦を離れた四機のヴィーラは、推力を揃えたまま戦域へ向かった。

 背部スラスターが低く唸り、機体は雲の上を安定した姿勢で滑っていく。編隊の外側を、二機が少し高度を変えて巡っていた。

 通信が入る。

 《上空警戒、リオ。雲の上はクリア》

 少し上の高度で機体を安定させながら、リオが空域を見張っている。

 《ユイ、右側稜線を見てる。動きなし》

 ユイの機体は編隊の外側で上体をわずかに傾け、センサーを山側へ向けていた。

「了解。上は任せた」

 セリが短く返す。

 《了解》

 《了解》

 二つの声が重なった。

 アスミは外の景色を見ていた。

 コクピットの透過部の向こうで、空が青く遠い。雲の上には何もない。境目も、影も、目印になるものが一つもなかった。

 ――乗る理由で埋めようなんて思ってない。正しい事をしたい。それは変わらない。

 変わらないはずなのに。

 艦長に言われた言葉が、頭から離れない。

 機体はゆっくりと高度を落とし始める。

 高度と速度の数字が静かに並び、計器は安定していた。風の流れも読みやすい。

 空のほうが分かりやすい。空では、敵の位置も動きも見える。距離も、逃げ場も、全部数字になる。

 森は違う。木が重なり、地形が隠れる。どこに何がいるのか分からない。人がいて、声があって、撃てば何かが壊れる。

「降下準備」

 セリの声が入る。

 アスミはスロットルを絞った。計器の高度表示が、ゆっくり下がっていく。胸の内側で、重心が上へ抜けるような感覚があった。

 雲の切れ間を抜けた瞬間、森が広がった。

 濃い緑が視界いっぱいに近づいてくる。上から見ると、木の一本一本は見えない。ただ、盛り上がった緑の面がどこまでも続いていて、その下に何があるのかは分からなかった。谷の筋だけが、影になって黒く走っている。

 降下の合図と同時に、森が一気に迫った。

 脚部の姿勢制御が細かく働き、機体が降下姿勢に入る。膝が畳まれ、重量が背部へ移る感覚が、シート越しに伝わってきた。

 次に聞こえるのは、自分の呼吸と、スラスターの出力が上がっていく低い唸りだけだった。

 ヴィーラはそのまま、森の上空へ滑り込んだ。


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