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SKY  作者: RUI
REDROSE

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Sky-5-本物の世界-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

北方基地の朝は、風の音から始まる。

 鉄骨を叩く低い唸りと、窓ガラスを揺らす雪混じりの突風。古びた宿舎の壁が、ときおり小さく軋んだ。

 目を覚ましたアスミは、薄暗い天井を見上げたまま、しばらくその音を聞いていた。

(地表の基地って、音が近いんだな)

 上掛けから手を出すと、指先がひやりとする。

 ここがインシオンの地表だということを、毎朝のように思い知らされる。

 ――そして、ここが今、自分の戦場だということも。

「訓練スケジュール。午前はシミュレーション、午後は実機点検」

 食堂でトレーを手に列へ並んでいると、隣に立つセリがタブレットを片手にぼそりと言った。

 金属製の食器が触れ合う音と、隊員たちの低い話し声が、広い食堂の中で絶え間なく重なっている。

「ほら。Sランク様の今日の予定」

 からかうように画面を向けてくる。

 アスミは嫌そうに口元を歪め、セリが見せた画面へ視線を落とした。

「様はやめて」

「恥ずかしいのか? 薔薇とか呼ばれてるの」

「……誰が言い出したの、それ」

「さあな。整備班じゃないか?」

 アスミは、少しだけ眉をひそめた。

 昨日、格納庫で向けられた視線を思い出す。

(“薔薇”なんて……嫌だな)

「ほら、席が空いたぞ」

 セリが顎で示す先、食堂の隅に二人分のテーブルが空いていた。

 二人が腰を下ろすと、壁面モニターの映像がニュース番組へ切り替わる。

《――新暦三一一二年、帝国軍は南方海域で再び挑発行為を――》

 画面に映し出された地図の上へ、赤い線が次々と引かれていく。

 南の海。東の国境。そして、北方方面の文字。

《NTO統合軍広報は、前線付近で小規模な交戦はあったものの、被害は最小限と――》

「最小限ねえ」

 セリがスプーンを指先で弄びながら、ぼそりと呟いた。

 画面が切り替わる。

 避難民の列。その中で、小さな子どもが薄い毛布を握りしめたまま、カメラを見上げていた。

(……あのコロニーの教室で見ていたニュースも、こんな感じだった)

 アスミはスープを一口飲み、温かさだけを喉の奥へ落とした。

(あの時は、画面の向こう側の“現実”から守られていた。でも今は、その“現実”の中にいる)

 モニターから流れる音声が、急に遠ざかっていく気がした。

 アスミは意識的に、もう一度スプーンを口へ運ぶ。

「ちゃんと食えよ。午前のシミュレーション、どうせ吐きそうになるんだから」

「ならない。……LAAで散々やったもの」

「そうだといいな」

 意地悪そうに笑うセリを、アスミは上目遣いで軽く睨んだ。

 第一訓練区画。

 半円状に並んだ複数のポッドが、低い振動音とともに起動している。

 壁際には教官席用のモニター群。その前には、監視用の長机が置かれていた。

「ヴィーラ用戦術シミュレーター、起動確認。各機、リンクを開始してちょうだい」

 インカムから聞こえるのは、訓練担当教官――ルイス中尉の落ち着いた声だった。

 アスミはポッドの内部へ座り、シートベルトを締め直す。

 閉じたハッチの内側。薄暗い空間に、ホログラフィックのインターフェースが浮かび上がった。

(……この画面)

 見覚えがある。

 LAAの訓練区画で、何度も見たレイアウト。

 あの頃は、授業の一環として、ゲームと現実の違いを教え込まれるための教材だった。

《ヴィーラ・シミュレーション、モードA。難度、初級。戦場環境、低軌道宙域》

 機械音声が淡々と告げる。

「シミュレーション開始まで、あと三十秒」

 カウントダウンの表示が、視界の隅に浮かぶ。

(あの時は、ここで撃墜されても何も失わないって知ってた)

 自分の呼吸が少しだけ浅くなっていることに、アスミは気づいた。

(でも今は――)

 訓練の先にあるのは、本物の出撃。

 出撃の先にあるのは、本物の死だ。

 それが、画面の向こう側ではなく、自分の延長線上にある。

 アスミは小さく息を吐き、スティックへ手を掛けた。

「アスミ・レイナー二等兵、準備完了」

「セリ・アンダーソン二等兵、同じく」

「了解。北方第七基地としての面子も掛かってるわよ、二等兵ども」

 からかうような声色に、アスミはわずかに目を細める。

「LAA首席と次席の腕前、こっちにもちゃんと見せてちょうだい」

(……あの頃の延長線上じゃない。今は、ここから現実に繋がってる)

「――開始」

 視界が、宇宙の闇へ切り替わった。

「結果としては、合格点ね」

 訓練後のブリーフィングルームで、ルイス中尉が淡々と評価を告げた。

 壁面モニターには、先ほどの模擬戦闘の軌跡が色分けされて表示されている。

「アンダーソン二等兵。もう少し味方との距離感を意識しなさい。前へ出すぎる癖は、実戦だと真っ先に狙われるわよ」

「了解しました」

「レイナー二等兵は、もう少し自分を信用してもいいわ。避けられるくせに、一度目で全部避けようとするから、視野が狭くなる」

「……はい」

「でも、二人とも“死にたくない動き”がちゃんと身についているのは悪くない。担当教官が優秀だったのね」

 そう言って、ルイス中尉は手元の資料を閉じた。

「以上。午後は実機点検。整備班を舐めると、あとで痛い目を見るからね。しっかりやりなさい」

 ブリーフィングが終わり、アスミとセリが部屋を出る。

 廊下の壁にもたれ、湯飲みを片手に立っているハイルトンの姿があった。

「お疲れさん。元気そうで何よりだ」

「……グレイ大佐」

「北はどうだ」

 ハイルトンは、にやにやしながら二人へ視線を向ける。

「寒いです」

 アスミが即答すると、ハイルトンは愉快そうに口元を緩めた。

「そうか。風邪をひくなよ。薬がもったいない」

「司令官、それ昨日も言っていましたよね」

 セリが呆れたように言う。

「大事なことだからな」

 ハイルトンは湯飲みへ口をつけ、それから、何でもないことのように続けた。

「ということで、お前たち二人に初任務だ」

 アスミは一瞬、言葉を失った。

「……はい?」

「基地の南に村がある。オルディア系難民の村だ。異常がないか、見回りに行ってこい」

 セリとアスミは、互いに顔を見合わせた。

 昨晩から降り続いた雪は、基地の目の前に広がる地表を白く覆っていた。

 真っ白な地平線を見ていると、どこまでが道路で、どこからが雪原なのか、境界が分からなくなる。

「すごい。こんなに白くなってるの、初めて見た」

 アスミは、支給された紺色のコートの襟を、風が入り込まないよう片手で押さえた。

「雪を見るのも初めてだろ、お前は」

 セリが隣で歩くたび、きゅっ、きゅっ、と雪を踏み締める音がした。

 基地から南へ一キロほど歩くと、小さな村がある。

 もともとは難民キャンプだった場所が、NTOの協力のもと、村として再建されたのだとキヌアから聞いていた。

 自分以外のオルディア人が暮らしている。

 そう考えると、アスミはわずかに緊張した。

 基地と村を繋ぐ一本道は、途中で小さな森に遮られている。

 その入口へ差し掛かったところで、セリが不意にアスミの肩を掴んだ。

 足を止め、周囲へ鋭く視線を巡らせる。

「セリ?」

 セリは口元へ人差し指を当て、声を出すなと合図した。

 それから森の奥を指し、身を隠せと目で促す。

 アスミとセリが道を外れ、木の陰へ身体を寄せる。

 吹き抜ける風の音に混じって、やがて遠くから低い駆動音が聞こえてきた。

 木々の隙間から、黒いホバー車両が雪原を滑るように走り抜けていくのが見えた。

 装飾のない車体。細く閉ざされた窓。雪を巻き上げながら進む姿は、周囲の白さから不自然なほど浮いて見える。

 セリは車両を目で追いながら、低い声で言った。

「……BATOR。バートルだ」

 BATOR――バートル。

 オルテア帝国皇王府直属の特殊部隊。

 オルディア人を捕獲し、移送する任務を担う。一般には、その任務そのものを指すように「オルディア狩り」と呼ばれていた。

 これまで、ニュースや教科書の中でしか知らなかった名前。

 それがいま、自分の目の前を走り抜けていく。

「……急いで村へ行こう」

 アスミは木の陰から立ち上がり、そのまま一本道へ戻った。

「おい。まずは報告だろ。アスミ、止まれ」

 呼び止めても、アスミは足を止めない。

 セリは腰の無線機を取り、基地へ簡潔に状況を伝えた。それから小さく舌打ちをして、先を行くアスミを追いかける。

 村の中は、ひどく静かだった。

 雪を踏み締める二人の足音だけが、家々の間に響いている。

 周囲に人の気配はなく、先ほど見たバートルの車両も、すでにどこにも見当たらない。

「……静かすぎない?」

 アスミは足を緩め、後ろから追いついてきたセリへ声を掛けた。

 わずかに息を切らしたセリが、近くの家の窓から室内を覗き込む。

「……荒らされた様子はないな」

 アスミは、一軒ずつ家の扉をノックしてから、中を確かめていった。

「……誰もいない」

 さっき見たバートルのホバー車両は、大きさからして、せいぜい八人乗り程度だった。

 あの車一台だけで、村人全員を運べるとは思えない。

 セリが外の様子を確認している間に、アスミはもう一度、開いた扉の奥へ視線を向けた。

 カタ、と小さな音がした。

 アスミは腰の銃へ手を掛け、家の中へ足を踏み入れる。

 室内は綺麗に整えられていた。

 壁や棚の上には、家族の写真がいくつも飾られている。暖炉の火は消えていたが、炉の奥にはまだ赤い熱が残っていた。

 奥へ進み、寝室の扉へ手を伸ばす。

 その時、背後で大きな物音がした。

「離せ!」

 アスミは反射的に振り返り、声のした方へ駆け戻る。

 家の外では、セリが十歳くらいの少年の腕を掴んでいた。

「セリ、何してるの」

 アスミは銃から手を離し、少年へ近づいた。

「こいつが、後ろから木の棒で俺を殴ろうとしたんだよ」

 セリは取り上げた棒を雪の上へ放り投げると、暴れる少年の両腕を背中側へ回し、片手で押さえた。

「お前たちがバートルだって、分かってるんだからな!」

 少年はセリを見上げ、強く睨みつける。

 雲の切れ間から差し込んだ陽の光が、その瞳を赤く照らした。

 セリは掴んだ手の力を緩めず、少年へ問い掛けた。

「お前、一人か? ほかの村人はどうした」

 アスミは少年の前へしゃがみ込み、目線の高さを合わせる。

「私たちは、北方基地からこの村の巡回任務に来たの。さっき、バートルの車を見掛けた。誰か連れていかれた?」

 少年は答えなかった。

 しばらく二人の顔を見比べてから、静かに首を振る。

「今日は、みんな街に働きに行ってる。いるのは、子どもだけだ」

 少年は一度言葉を切り、目線だけを森へ向けた。

「……みんな、バートルが見えたら、大人に言われた通り、森の中の地下に作った隠れ場所へ逃げる」

「そう」

 アスミは少年から目を離さないまま、静かに尋ねた。

「君は、どうしてここにいるの? 避難所から出てきたの?」

 その時、アスミの背後で、小さな足音がした。

「……お兄ちゃん」

 室内の床下から、小さな女の子が姿を現す。

 セリとアスミは、一瞬だけ視線を交わした。

「ハル!」

 少年が女の子へ向かって叫ぶ。

 セリが拘束を解くと、少年はハルと呼ばれた女の子へ駆け寄った。

「よかった! 避難所にいなかったから、連れていかれたかと思ったんだぞ!」

 抱きしめられたハルは、泣き出しそうな顔で、兄の服を小さな手で力いっぱい掴み返した。

「ころんじゃって、みんな見えなくなっちゃって……。家の床に、隠れてたの」

 ハルの声は、まだ震えていた。

 セリは腰の無線機へ手を当て、基地からの連絡へ耳を傾ける。

 短く応答すると、子どもたちのそばへ歩み寄り、アスミの隣に立った。

「応援が来る。子どもたちはひとまず、保護者が戻るまで基地で預かる」

 アスミは、兄の服を握りしめたまま離さない、ハルの震える手を見ていた。

「……うん。分かった」

 基地の一角にある小さな会議室には、森の避難所と村に残っていた五人の子どもたちが保護されていた。

 暖房の効いた室内では、隊員たちが簡易ベッドを組み立て、毛布や温かい飲み物を運び込んでいる。

 村の代表者へ連絡を取り、保護者が迎えに来る頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 降雪も強まり、そのまま帰路へ就くには危険がある。

 そのため、保護者を含む村人たち数十人も、今夜は基地で休むことになった。

「俺は、巡回任務を言いつけただけだったんだがな」

 廊下の壁際で、ハイルトンは腕を組み、寝具を運ぶ隊員たちを眺めていた。

「そんなことを言って。司令官が通信室で、昨夜からオルテアの暗号断片を拾わせていたの、分かってるんですよ」

 名簿を確認していたキヌアが、呆れたようにハイルトンへ視線を向ける。

「今回は問題ありませんでしたが、次はきちんと作戦として増員してください。配属されたばかりの二等兵二人へ任せる規模ではありません」

「はいはい」

「返事は一度で結構です」

 ハイルトンは口元を緩め、キヌアの目から逃げるように、廊下の向こうへ視線を移した。

 食事を載せたトレーを両手に抱え、アスミとセリが会議室へ入っていく。

 子どもたちの声が、扉の向こうから微かに聞こえた。

「まあ、あの二人が使えるってことは分かったな」

 ハイルトンは、どこか満足そうに呟いた。

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