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SKY  作者: RUI
ARCLINE

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47/125

Sky47-南下の地図-

本作『SKY』は作者本人が小説家になろうにて連載・管理しています。無断転載・無断利用を禁じます。

 


 アルクトリを出発してから、数ヶ月が経っていた。


 第一作戦室に入ると、壁一面のスクリーンには、もう地図が映し出されていた。

 青い海と、陸地の輪郭と、国境線。いつもの、どこかの補給船を叩く作戦とは、少し表示の範囲が違う。広い。

 席に着くと、隣にサジが腰を下ろした。オレンジのジャケットを背もたれに引っかけながら、だらしなく椅子を倒す。

「今日のは、でかいぞ」

 あくびを噛み殺すように言う。

「どのくらい?」

「分かんねぇ。でも、ミナが昨日から端末握りしめてた」

 その言葉の意味は、すぐに分かった。スクリーンの地図が、さらに広い範囲へ切り替わる。帝国領から、小国群を挟んで、NTOの南方基地まで。

「遅かったじゃない、ボリー」

 パーカーを羽織ったリアが、椅子の脚に足を絡めながら振り返る。

「整備長にちょっと」

「ああ、タミルに絡んだのね。生きて帰ってきたの偉いわ」

「絡んでない。感想を言っただけ」

「それを絡むって言うの」

 軽口に苦笑しかけたところで、ミナが静かにこちらを見た。

「着席を。リンク開始まで三分」

 その声は柔らかいのに、有無を言わせない何かがある。カイトは、自分の席に座り直した。

「じゃ、そろそろ始めようか」

 室内のスピーカーから、ニコのあくび混じりの声が響く。

「本日のメニュー。一、世界地図。二、帝国が何考えてるか。三、俺たちが何やらされるか。以上」

 サジが「ざっくりしてんなぁ」とぼやく。

「詳細はこれから。ミナ、お願い」

 促されて、ミナが立ち上がった。レーザーポインタを手に取り、スクリーンの地図に赤い線を走らせる。

「帝国の南下ルートです」

 赤い矢印が、地図の上を滑っていく。帝国領――小国群――NTO南方基地。矢印の通り道に、いくつもの小国の名前が並んでいた。

 グラディウス共和国。

 ヴェルナー自由都市。

 ラインフェルト公国。

 どこも、地図で見るだけなら綺麗な線で囲まれている。けれど、その線の向こう側にどれだけの人が住んでいるかなんて、この部屋の誰もが知っていた。

「この小国群が、今、挟み撃ちの状態です」

 ミナの声は、淡々としていた。

 カイトは地図を見つめる。小国群。その中に、どれだけの街があって、どれだけの人が住んでいて、どれだけの人が逃げようとしているのか。

 難民船団。沈んだ一隻。ブリッジヘッドの炎。全部、この地図の上の話だ。

「連合は?」

 ウィリスが短く問う。

「公式には、静観姿勢。表向きは〝中立国の自治を尊重〟という名目です」

「表向きは、って」

 カイトが思わず口を挟むと、ミナは地図に新しい青い点線を追加した。NTO――小国群。

「裏では、小国群に武器を流しています。ただし、連合軍の正式な介入はありません」

「要するに、代理戦争ってやつか」

 サジが椅子をぎしりと傾ける。

「……そうとも言えます」

 ミナが頷く。その頷きの向こう側で、カイトは地図の上の小さな国境線を見つめていた。矢印の通り道。挟まれた小国群。どこも、誰かが暮らしていて、誰かが逃げようとしている場所だ。

「ろくでもないわね」

 リアが小さくぼやいた。誰も否定しなかった。

「じゃあ、続き」

 スピーカーの向こうで、ニコが端末を叩く音がする。スクリーンの地図が、また少し拡大された。

 そこで、ドアが開く音がして、全員が振り向いた。

 入ってきたのは、ケイだった。煙草を咥えていない。珍しい。代わりに端末を片手に持って、スクリーンの前に立つ。

「……続けて」

 ミナが一度だけ頷き、席に戻る。ケイが、地図に目を向けた。

「このままじゃ、小国が全部〝緩衝材〟にされる」

 その声は、いつもより少しだけ低かった。ケイは、地図の上の小国群を指先でなぞる。

「帝国は南下を止めない。NTOは正面で睨むだけ。小国は、その間で潰される」

「……で、俺たちは?」

 ウィリスが、腕を組んだまま訊く。

「NTOは正面。俺たちは裏側から、帝国の足をかじる」

 スクリーンに、新しい矢印が追加される。ARCLINE――帝国補給線・輸送ルート。

「補給線を叩く。輸送船を沈める。オルタイト鉱山のルートを塞ぐ」

 ケイの指が、地図の上をなぞった。

「帝国の南下を、少しでも遅らせる。それが、俺たちの仕事だ」

 室内が、静かになる。笑い声も、軽口も、今は誰も口にしない。地図の上で動く矢印が、全部、誰かの命の重さに繋がっている。

「またろくでもない仕事が来たな」

 ニコの声が、スピーカーから落ちてくる。

「ろくでもなくない仕事なんて、この世界にあるの?」

 リアがサジを見ながら微笑んだ。

「ないな」

 サジが即答する。

「……ない」

 ウィリスも、短く返す。

 短い笑いが、室内に広がって、すぐに消えた。

 ケイは、スクリーンの地図をしばらく見つめていた。その横顔が、いつもより少しだけ疲れて見える。

「質問は?」

 誰も手を挙げなかった。

「じゃあ、準備しろ。出撃は明日〇六〇〇」

「了解」

 椅子が一斉に軋む。メンバーが、それぞれの持ち場へ散っていった。


 カイトは、最後まで地図を見ていた。

 帝国の南下ルート。挟まれた小国群。NTOの青い点線。ARCLINEの矢印。

 そして、地図のずっと北側と西側に、小さく表示されている文字。

 北方第七基地。

 西方本部基地。

 その文字を、カイトは目で追う。

 ――赤いヴィーラは、北方から西方に移った。

 モニターで見た映像。雪の戦場。赤い残光。あれから、どのくらい経ったんだろう。

 ――西方でも、まだ飛んでいる。

 スクリーンの赤い矢印を見る。帝国の南下ルート。その先には、NTOの基地がある。北方も、西方も、全部、この矢印の先を守っている。

 ――アスミは、この矢印の先を守ってる。

 視線を落とす。ARCLINEの矢印。帝国の補給線を叩く。輸送船を沈める。オルタイト鉱山のルートを塞ぐ。

 ――俺は、この矢印の根っこを削ってる。

 同じ地図。違う場所。会えない。会っても、何も言えない。

 でも、俺がここで足を削れば、あの矢印が、少しでも遅くなる。

 それだけでいい。今は、それだけでいい。

 地図の上の、西方の文字をもう一度見る。

「ボリー、行くぞ」

 ウィリスの声に、カイトは振り返った。

「ああ」

 スクリーンから目を離し、作戦室を後にする。背後で、地図の光だけが静かに残っていた。


 *


 休憩室は静かだった。作戦室から一枚隔てただけなのに、空気がまるで違う。テーブルの上に、簡易チェス盤。マグカップが二つ。どちらも中身は冷めている。

 サジが椅子にどさっと腰を落とし、盤を指で弾いた。

 カイトとサジは、いつもの休憩時間と同じように駒を並べ始める。

「なあ、カイト。結局さっきの話、俺らは〝遅らせる〟だけなんだよな?」

「ああ」

 カイトは答えながら、白のナイトを一つ進めた。盤面の中央には、すでに駒が密集している。

「正面はNTO。俺らは裏から足削る係。……まあ、いつもの汚れ役だな」

 サジは笑いながら、黒のポーンを前に出す。軽い手つきだった。

「正面で派手にやる方が、まだ気持ちいいぜ」

「派手なのは、目立つからな」

 カイトはそう言って、ビショップを斜めに滑らせる。サジのナイトの進路を、さりげなく塞ぐ位置に。

 サジは気にせず話を続けた。

「帝国もさ、小国もさ。地図の上じゃ線一本だけど、中に人がいるって考えると、気分悪いよな」

「……そうだな」

 返事は短い。カイトは盤面から目を離さない。

 サジがルークを動かした。守りを固めたつもりの配置だった。

「でも、俺らがやらなきゃ、もっと酷いことになるって話だろ?」

「ああ、そうだ」

 白のクイーンが、ゆっくりと前に出る。サジの視線は、まだその意味に届いていない。

「要するにさ、誰かが嫌な役を引き受けないと、終わらないんだよ」

 サジはそう言って、黒のビショップを動かした。

 その瞬間、カイトの指が止まった。

 ほんの数秒。考えているようで、もう決まっている間だった。

 白のナイトが跳ねる。

 サジは、まだ笑っていた。

「……ん?」

 盤を覗き込む。自分のキングの周りを、初めて見渡す。

「え?」

 クイーン。ナイト。ビショップ。逃げ道が、いつの間にか消えている。

「……あっ」

 カイトは何も言わない。サジがもう一度、盤を見る。

「マジかよ……」

 間の抜けた声が漏れた。

「だから、お前とやるの嫌なんだよ!」

 椅子にもたれ、天井を仰ぐ。

「いつの間に詰めてんだよ。さっきまで、普通に喋ってただろ」

 カイトは駒を戻さない。

「話してたから、だよ」

「意味わかんねえ……」

 サジは苦笑して、カップを持ち上げた。

「お前、本当性格悪いわ」

 カイトは少しだけ笑いながら、盤を片付ける。駒を一つずつ、丁寧に箱へ戻していく。

 最後に、白のキングを持ち上げて、静かに伏せた。

 ちょうどその時、机の端末が短く鳴った。盤面から目を上げるでもなく、指先で最後の駒を箱に収める。それから端末に手を伸ばした。

 明日の作戦詳細。進路、時刻、投入機。ミナの署名。行間に、余計な言葉は一つもない。

 表情は変わらないのに、空気だけが少しだけ固くなる。

 カイトは立ち上がった。

「先に戻る」

「おう。次は手加減しろよ」

 振り返らず、カイトは言った。

「無理」

 扉が閉まる。

 サジは一人、空になった盤を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。

「……気づいた時には、何も残ってねえんだよな」

 さっきまでの笑い声が、嘘みたいに遠い。残ったのは、駒のいない盤と、冷めたままのコーヒーだけだった。


 *


 格納庫に戻ると、タミルが機体の下で作業をしていた。

「お、ボリー。もう終わったのか」

「はい」

「明日〇六〇〇出撃だろ? 早く寝ろよ」

「……分かってます」

 カイトは、機体の脚を軽く叩く。冷たい金属の感触が、手のひらに残った。

 あいつらが飛んでる空と、同じ地図の上。

 見上げると、格納庫の天井には鉄骨と配管が走り、その継ぎ目に作業灯の光が溜まっている。その向こうに、空がある。

 同じ空を、違う場所から見てる。

 目を閉じる。北方の雪。西方の砂。南の海。全部、同じ空の下だ。

 タミルの声が、遠くで何か言っている。カイトは機体の腹をもう一度叩いてから、通路へ向かった。

 格納庫の灯りが、背中越しに長く伸びていた。

 明日も、根っこを削りに行く。


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