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SKY  作者: RUI


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47/68

Sky47-南下の地図-

 



 アルクトリを出発してから、数ヶ月が経っていた。



 第1作戦室に入ると、壁一面のスクリーンには、もう地図が映し出されていた。


 青い海と、陸地の輪郭と、国境線。いつもの「どこかの補給船を叩く」作戦とは、少し表示の範囲が違う。


 席に着くと、隣にサジが腰を下ろした。オレンジのジャケットを背もたれに引っかけながら、だらしなく椅子を倒す。


「今日のは、でかいぞ」


 あくびを噛み殺すように言う。


「どのくらい?」


「分かんねぇ。でも、ミナが昨日から端末握りしめてた」


 その言葉の意味は、すぐに分かった。スクリーンの地図が、さらに広い範囲に切り替わる。帝国領から、小国群を挟んで、連合の南方基地まで。


「遅かったじゃない、ボリー」


 パーカーを羽織ったリアが、椅子の脚に足を絡めながら振り返る。


「整備長にちょっと」


「ああ、タミルに絡んだのね。生きて帰ってきたの偉いわ」


「絡んでない。感想を言っただけ」


「それを絡むって言うの」


 軽口に苦笑しかけたところで、ミナが静かにこちらを見た。


「着席を。リンク開始まで三分」


 その声は柔らかいのに、有無を言わせない何かがある。カイトは、自分の席に座り直した。


 *


「じゃ、そろそろ始めようか」


 室内のスピーカーから、ニコのあくび混じりの声が響く。


「本日のメニュー。一、世界地図。二、帝国が何考えてるか。三、俺たちが何やらされるか。以上」


 サジが「ざっくりしてんなぁ」とぼやく。


「詳細はこれから。ミナ、お願い」


 ニコの声に促されて、ミナが立ち上がった。レーザーポインタを手に取り、スクリーンの地図に赤い線を走らせる。


「帝国の南下ルートです」


 赤い矢印が、地図の上を滑っていく。帝国領――小国群――連合南方基地。矢印の通り道に、いくつもの小国の名前が並んでいた。


 グラディウス共和国。

 エルネスト自由都市。

 ラインフェルト公国。


 どこも、地図で見るだけなら綺麗な線で囲まれているけれど、

 その線の向こう側にどれだけの人が住んでいるかなんて、この部屋の誰もが知っている。


「この小国群が、今、挟み撃ちの状態です」


 ミナの声は、淡々としていた。


 カイトは地図を見つめる。


 小国群。

 その中に、どれだけの街があって、どれだけの人が住んでいて。


 ——どれだけの人が、逃げようとしているのか。


 難民船団。

 沈んだ一隻。

 ブリッジヘッドの炎。


 全部、この地図の上の話だ。


「連合は?」


 ウィリスが短く問う。


「公式には、静観姿勢。表向きは"中立国の自治を尊重"という名目です」


「表向きは、って」


 カイトが思わず口を挟むと、ミナは地図に新しい青い点線を追加した。連合――小国群。


「裏では、小国群に武器を流しています。ただし、連合軍の正式な介入はありません」


「要するに、代理戦争ってやつか」


 サジが椅子をぎしりと傾ける。


「……そうとも言えます」


 ミナが頷く。その頷きの向こう側で、カイトは地図の上の小さな国境線を見つめていた。矢印の通り道。挟まれた小国群。どこも、誰かが暮らしていて、誰かが逃げようとしている場所。


「ろくでもねぇな」


 リアが小さくぼやいた。誰も否定しなかった。


 *


「じゃあ、続き」


 スピーカーの向こうで、ニコが端末を叩く音がする。スクリーンの地図が、また少し拡大された。そして――


 ドアが開く音。全員が振り向く。


 室内に入ってきたのは、ケイだった。煙草を咥えていない。珍しい。代わりに、端末を片手に持って、スクリーンの前に立つ。


「……続けて」


 ミナが一度だけ頷き、席に戻る。ケイが、スクリーンの地図に目を向けた。


「このままじゃ、小国が全部"緩衝材"にされる」


 その声は、いつもより少しだけ低かった。ケイは、地図の上の小国群を指先でなぞる。


「帝国は南下を止めない。連合は正面で睨むだけ。小国は、その間で潰される」


「……で、俺たちは?」


 ウィリスが、腕を組んだまま訊く。


「連合は正面。俺たちは裏側から、帝国の足をかじる」


 スクリーンに、新しい矢印が追加される。ARCLINE――帝国補給線・輸送ルート。


「補給線を叩く。輸送船を沈める。オルタイト鉱山のルートを塞ぐ」


 ケイの指が、地図の上をなぞる。


「帝国の南下を、少しでも遅らせる。それが、俺たちの仕事だ」


 室内が、静かになった。笑い声も、軽口も、今は誰も口にしない。地図の上で動く矢印が、全部、誰かの命の重さに繋がっている。


「またろくでもない仕事が来たな」


 ニコの声が、スピーカーから落ちてくる。


「ろくでもなくない仕事なんて、この世界にあるの?」


 リアが肩をすくめる。


「ないな」


 サジが即答した。


「……ない」


 ウィリスも、短く返す。短い笑いが、室内に広がって、すぐに消えた。


 ケイは、スクリーンの地図をしばらく見つめていた。その横顔が、いつもより少しだけ疲れて見える。


「質問は?」


 誰も手を挙げなかった。


「じゃあ、準備しろ。出撃は明日0600」


「了解」


 椅子が一斉に軋む。メンバーが、それぞれの持ち場へ散っていく。


 *


 カイトは、最後まで地図を見ていた。


 帝国の南下ルート。挟まれた小国群。連合の青い点線。ARCLINEの矢印。


 そして、地図の、ずっと北側と西側に、小さく表示されている文字。


 北方第七基地

 西方本部基地


 その文字を、カイトは目で追う。


(……赤い薔薇は、北方から西方に移った)


 TVで見た映像。

 雪の戦場。

 赤い残光。


 あれから、どのくらい経ったんだろう。


(西方でも、まだ飛んでいる)


 スクリーンの中の赤い矢印を見る。帝国の南下ルート。その先には、連合の基地がある。北方も、西方も、全部、この矢印の先を守ってる。


(あすみは、この矢印の先を守ってる)


 カイトは、視線を落とす。ARCLINEの矢印。帝国の補給線を叩く。輸送船を沈める。オルタイト鉱山のルートを塞ぐ。


(俺は、この矢印の根っこを削ってる)


 同じ地図。違う場所。


(……会えない)


(会っても、何も言えない)


 胸の奥が、きゅっと縮む。


(でも――)


 地図の上の、西方の文字をもう一度見る。


(俺が、ここで足を削れば)


(あの矢印が、少しでも遅くなる)


 それだけでいい。今は、それだけでいい。


「ボリー、行くぞ」


 ウィリスの声に、カイトは振り返った。


「うん」


 スクリーンから目を離し、作戦室を後にする。背後で、地図の光だけが静かに残っていた。


 *




 休憩室は静かだった。作戦室の喧騒から一枚隔てただけなのに、空気がまるで違う。


 テーブルの上に、簡易チェス盤。マグカップが二つ。どちらも中身は冷めている。


 サジが椅子にどさっと腰を落とし、盤を指で弾いた。


 カイトとサジは、いつもの休憩時間と同じようにチェスをしながら話し始めた。


「なあ、カイト。結局さっきの話、俺らは“遅らせる”だけなんだよな?」


「ああ」


 カイトは答えながら、白のナイトを一つ進めた。盤面の中央には、すでに駒が密集している。


「正面は連合。俺らは裏から足削る係。……まあ、いつもの汚れ役だな」


 サジは笑いながら、黒のポーンを前に出す。

 軽い手つきだった。


「正面で派手にやる方が、まだ気持ちいいぜ」


「派手なのは、目立つからな」


 カイトはそう言って、ビショップを斜めに滑らせる。

 サジのナイトの進路を、さりげなく塞ぐ位置。


 サジは気にせず話を続けた。


「帝国もさ、小国もさ。地図の上じゃ線一本だけど、

 中に人がいるって考えると、気分悪いよな」


「……そうだな」


 返事は短い。

 カイトは盤面から目を離さない。


 サジがルークを動かした。

 守りを固めたつもりの配置。


「でも、俺らがやらなきゃ、

 もっと酷いことになるって話だろ?」


「ああ、そうだ」


 白のクイーンが、ゆっくりと前に出る。

 サジの視線は、まだその意味に届いていない。


「要するにさ、

 誰かが嫌な役を引き受けないと、終わらないんだよ」


 サジはそう言って、黒のビショップを動かした。

 その瞬間――


 カイトの指が止まった。


 ほんの一拍。

 考えているようで、もう決まっている間。


 白のナイトが跳ねる。


 サジは、まだ笑っていた。


「……ん?」


 盤を覗き込む。

 自分のキングの周りを、初めて見渡す。


「え?」


 クイーン。ナイト。ビショップ。

 逃げ道が、いつの間にか消えている。


「……あっ」


 カイトは何も言わない。


 サジがもう一度、盤を見る。


「マジかよ……」


 間の抜けた声が漏れた。


「だから、お前とやるの嫌なんだよ!」


 椅子にもたれ、天井を仰ぐ。


「いつの間に詰めてんだよ。

 さっきまで、普通に喋ってただろ」


 カイトは駒を戻さない。


「話してたから、だよ」


「意味わかんねえ……」


 サジは苦笑して、カップを持ち上げた。


「お前には勝てる気がしねえわ」


 カイトは答えなかった。


 その代わり、盤を片付ける。

 駒を一つずつ、丁寧に箱へ戻していく。


 最後に、白のキングを持ち上げて――

 静かに伏せた。



 ちょうどその時、

 机の端末が短く鳴った。


 一度だけ。

 呼び出し音というより、通知に近い音。


 カイトは、その音にだけ反応した。

 盤面から目を上げるでもなく、指先で最後の駒を箱に収める。


 白のキングを持ち上げて――

 静かに伏せた。


 それから端末に手を伸ばす。

 画面を見た瞬間、表情は変わらないのに、空気だけが少しだけ固くなる。


 カイトは立ち上がった。


「先に戻る」


「おう。次は手加減しろよ」


 振り返らず、カイトは言った。


「無理」


 扉が閉まる。


 サジは一人、空になった盤を見下ろしたまま、

 しばらく動かなかった。


「……気づいた時には、何も残ってねえんだよな」


 さっきまでの笑い声が、嘘みたいに遠い。

 残ったのは、駒のいない盤と、冷めたままのコーヒーだけ。





 格納庫に戻ると、タミルが機体の下で作業をしていた。


「お、ボリー。もう終わったのか」


「うん」


「明日0600出撃だろ? 早く寝ろよ」


「……分かってる」


 カイトは、機体の腹を軽く叩く。冷たい金属の感触が、手のひらに残る。


(……あいつらが飛んでる空と、同じ地図の上)


 上を見上げる。格納庫の天井の向こうに、宇宙が広がっている。


(同じ空を、違う場所から見てる)


 目を閉じる。北方の雪。西方の砂。南の海。全部、同じ空の下。


(……それでいい)


(今は、それでいい)


 タミルの声が、遠くで何か言っている。カイトは機体の腹をもう一度叩いてから、通路へ向かった。


 格納庫の灯りが、背中越しに長く伸びていた。


 明日も、根っこを削りに行く。


次回更新は2/3 0時になります。

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